Blizzard香港問題からルールとコミュニティを考える (前編)
Blizzardの香港問題は、瞬く間に広がり、eスポーツ全般やアメリカ社会の問題となりつつあります。
この記事では、Blizzardの香港問題について様々な意見が見られるなか、代表的なものを紹介し、6つに分類した上で背景について解説します。
また、後編ではBlizzardをはじめとするeスポーツタイトルのパブリッシャーがどのように振る舞うべきか、筆者の考えを論述する予定です。
Blizzardの香港問題とは何か?
米国のBlizzard社が開発、運営を行うオンライン対戦ゲーム「Hearthstone」のトーナメント「Hearthstone Grandmasters」のライブ配信中に、「光復香港,時代革命」と発言した香港人選手Blitzchung氏が、失格、1年間の出場停止、賞金はく奪の処分を下された問題。
「光復香港,時代革命」とは、「香港を開放せよ、私たちの時代の革命」 を意味し、香港デモのスローガンになっている。
10月8日、Blizzardの下した処分が発表されると、瞬く間に非難の声が上がり
・#BoycottBlizzardハッシュタグでの不買・抗議運動
・Blizzard従業員による社内抗議デモ
・有名キャスターの出演拒否表明
・米国上院議員による非難
・大手同業他社Epic Games CEOによる「Epicは自社ゲームFortniteプレイヤーが政治、人権について発言する権利を支持する」旨の発言
などに発展。
10月12日、Blizzardは社長名義の声明文を公開し、Blizzardとeスポーツイベントのビジョンおよび処分意図について説明するとともに、出場停止期間の短縮、賞金はく奪の撤回など処分の軽減を発表。
これを受けてBlitzchung氏は、Blizzardが処分内容を再検討したことに感謝し、今後は香港への支持を個人のプラットフォームで主張する旨を表明した。
この問題の最も重要な論点は、Blitzchung氏への処分が妥当か否かだろう。
「処分は不当」「処分は妥当」「処分は妥当だが、量刑は不当」など多くの見解が見られ、同じ見解の中にも複数の立場がある。
この記事では、それらのうち代表的なものを紹介し、解説したい。
a:「処分は不当」派
a1:選手の言論の自由は保護されるべきである
最も多く見られる立場である。
この立場の背景として、ゲームコミュニティにおける表現規制への嫌悪感がある。
ゲームに対する表現規制は近年厳しさを増しており、規制への反発も根強い。特に2014年の「ゲーマーゲート論争」以来、表現の修正や、検閲を連想させることは「悪」とされる傾向にある。
ゲーマーゲート論争に端を発したゲーム表現・言論の自由、表現の多様性の要求は、いわゆる「ポリティカル・コレクトネス」が重視される社会への反動であり、トランプ政権の誕生に象徴される保守勢力の台頭とも相関があるとされている。
この立場からの抗議として、ファンアートや「クソコラ」によるカウンターがある。
Blizzardの「Overwatch」に登場するキャラクター「メイ」を香港デモ支持のシンボルに仕立て上げ、中国での発禁処分を誘発しようとするものや、「天安門事件の戦車男」の構図をBlizzardのゲームで再現したものが代表例。
なお、上記のような「クソコラ」カウンターの特性として、抗議だけでなく、娯楽目的の投稿が含まれていることは認識する必要がある。
Blizzardの対応をおちょくる行為の「面白さ」が、このカウンターの広がりを助長している。
a2:香港デモで主張される事柄は、普遍的な価値を持っており、その支持によって処分を受けるべきではない
さらに踏み込んだ立場として、Blitzchung氏の発言内容への支持も見られる
中国のゲーム業界への影響力は、近年急速に高まっている。
・中国企業の資本参加による影響
・中国の消費者の声による影響
・中国内での政府による直接的な表現規制
により、世界展開を前提としたタイトルは、中国市場における基準を考慮する必要がある。
中国は欧米諸国や日本と比較して、表現、報道の自由に乏しく、中国の影響力がゲーム(または、エンターテイメント全般)に広がることは、表現の自由を損なう要因になりかねない。
そのため、中国の政治的な姿勢に対する戦場の一つとして、本問題がクローズアップされており、この文脈においてBlizzardを批判する声がある。
時期を同じくして、北米バスケットボールリーグ「NBA」においても類似の問題が発生しており、エンターテイメントにおける中国の影響は、アメリカ社会の注目を集めている。
b:「処分は妥当」派
b1:競技と政治は分離されるべきであり、政治的発言は許容すべきでない
競技としてのゲームを優先する立場からは、処分は妥当とする意見がある。
競技や選手の政治利用を防ぎ、競技を政治から守るため、競技と政治は厳密に分離されるべきという考えだ。
競技と政治の分離はオリンピック憲章にも見られる。
1936年のベルリンオリンピックなど、歴史上、スポーツは政治的な宣伝に利用されてきた。
政治利用からスポーツを守るための遮断は、スポーツの世界において歴史的な背景を持った原則である。
Blizzardは12日の声明文では
「Blizzardのeスポーツは、異なる文化や背景を持つ世界中の人々が、ゲームへの情熱を競い、共有する機会のために存在する」
「公式放送はトーナメントに関するものであり、全員が歓迎されるものである必要がある」
「そのため、試合に焦点を当てた公式放送を維持したい」
と、この立場から処分意図を説明している。
また、Blizzardの対応を支持する意見のうち、最も多く見られるのもこの立場である。
b2:大会規約で定められた禁止行為にあたるため、処分は妥当である
大会への参加や賞金の支払いを、個人と企業の契約に基づいた行為と見なしたとき、問題となるのは契約書、つまり大会規約の文言である。
大会に参加する選手は大会規約(ルール)に同意しており、その契約の完遂を前提とすると、ルールで禁じられている行為は慎む必要がある。違反があったときは規約に基づいて処分が下される。
8日の処分発表当初、Blizzardは
「我々のeスポーツ大会への参加を選択した選手や参加者は、公式競技ルールを遵守しなければなりません」
と、この立場から処分理由を説明していた。
b3:Blizzardには経済的な自由があり、営利企業としての合理性を追求する権利がある
Blizzardは一営利企業であるという点も忘れてはならない。
a2で述べたたように、選手の香港デモ支持声明を許容した場合、Blizzardは中国市場を失う可能性があり、このことは営利企業として看過できないリスクと言える。
a2とb3は、経済活動を通じた中国の政治への影響力行使にどう対峙するかという点で表裏一体であり、私企業に抵抗を求めるか、許容するかの違いである。
c:「処分は妥当だが、量刑は不当」派
処分を行うこと自体は妥当としても、刑の重さには議論が必要だ。
Hearthstoneの解説者およびカードゲーム選手として有名なBrian Kibler氏は、b1の立場から理解を示しつつも、
「獲得済み賞金のはく奪、1年間の出場停止は極端で、完全に不当かつ不公平と思える」として、Hearthstone Grandmastersへの出演拒否を表明した。
刑の重さを検討するとき、客観的な判断材料としては、前例や他タイトルでの事例が考えられる。
多くの対戦ゲームにおいて、賞金のはく奪および1年間の出場停止は、重大な不正行為や、犯罪行為、または複数回のヘイトスピーチなどに下されることが多い。
また、選手が政治的主張を行った前例は多くないが、2011年、Blizzardのオンライン対戦ゲーム「StarCraft II」のトーナメント「Global StarCraft II League」(大会運営は韓国企業)において、日韓の領土問題についての主張がされたことがある。
これらを鑑みても、本問題で当初下された刑は、初犯としては重い部類に入るものと言えるだろう。
Blizzardは12日の声明文で賞金のはく奪を撤回し、出場停止期間を6か月に短縮しており、この批判を受け入れた形だ。
まとめ
以上のように、Blizzardの香港問題についての見解には大きく分けて、
a1:言論の自由の要求
a2:中国に対する警戒
b1:競技と政治の分離
b2:大会規約の形式的な遵守
b3:経済的自由の尊重
c:量刑への不満
がある。
当初、Blizzardは「b2:大会規約の形式的な遵守」を主張していたように見えるが、「a1:言論の自由の要求」「c:量刑への不満」の批判を受け入れ、処分の理由が「b1:競技と政治の分離」にあると明確化した、とまとめることができるだろう。
ここまで、Blizzardの香港問題における議論を整理してきた。
後編では新たな論点として、処分の是非だけでなく「Blizzardの説明は適切だったか」という観点を加え、パブリッシャーに求められる責任や、ルールとコミュニティの関係について筆者の考えを論じていきたい。
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(後日執筆予定です!「スキ」いただけたら少しモチベーションがあがります!)
(10月16日追記:書きました)
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