Blizzard香港問題からルールとコミュニティを考える (後編)

前編ではBlizzard香港問題についての様々な意見を分類し、その背景を解説しました。
後編となるこの記事では、Blizzard香港問題をケーススタディとし、ゲームのパブリッシャーや大会運営者がどう振る舞うべきか、ルールの運用とコミュニティの関係について論じます。

延焼を食い止めたRiot Games

Blizzard香港問題でeスポーツ界が揺れる10月9日、香港に関連して新たな問題が発生した。
米国Riot Games社のLeague of Legendsの世界大会で、香港に拠点を置くチーム「Hong Kong Attitude」について、実況、解説者が「HKA」という略称を使い、「Hong Kong」が含まれるフルネームで呼ぶことを避けているという疑惑が浮上したのだ。

10月10日、RiotのコミュニティリーダーRyan Rigney氏は公式声明を発表。
「略称とフルネームはどちらも使用可能」「我々は香港と言うことを避けておらず、むしろフルネームで呼ばれるようにしたい」としながらも、「内部に混乱があり、修正に取り組んでいる」と説明した。

さらに10月12日、RiotはグローバルeSports部門ヘッドJohn Needham氏名義の声明文を投稿し、

「我々はさまざまな国、文化のファンにサービスを提供しており、政治や宗教などの繊細な問題について、個人の見解を守る責任があると考えている」
「これらの問題は、非常に微妙かつ、深い理解、傾聴する意欲を必要とするため、我々の放送が提供するフォーラムで表現することはできない」
「そのためキャスターと選手に、これらの問題を放送中に議論しないよう注意した」
「我々は公式プラットフォームでの声明や行動が、潜在的に敏感な状況をエスカレートさせないよう、最善を尽くす責任があると考えている」

と、政治的発言を制限することおよび、その意図を表明した。

現時点では若干の批判は見られるものの、Blizzardへの抗議と比較して遥かに小規模で、Blizzard香港問題からの波及を最小限に抑えたと言える。

BlizzardとRiotを比較する

ここでBlizzardとRiotの対応を比較してみよう。

・Blizzard
8日:香港デモ支持発言に対する処分発表
「公式競技ルールを遵守しなければなりません」

12日:批判の高まりを受けて再説明
「異なる文化や背景を持つ世界中の人々が、ゲームへの情熱を競い、共有する機会のため」
「今後も公式競技ルールを適用し、公式放送の焦点をゲームに維持し、社会や政治の意見を分裂させるプラットフォームにならないようにする」
「中国での関係は、我々の決定に影響を与えなかった」

・Riot
12日:香港デモ支持発言を事前規制
「原則として、我々は放送の焦点を、試合と選手に維持したい」
「政治や宗教などの繊細な問題について、個人の見解を守る責任がある」
「敏感な状況をエスカレートさせないよう、最善を尽くす責任がある」

まとめると、

両社とも中心的な意見は「政治的な中立を保つ」だが、Blizzardは問題発生時はルールを根拠にしており、再説明時もルールを意識。
対してRiotはルールには触れずに(大会ルールが一度も登場しない)、政治問題についてより踏み込んで発言している。

説得力のない「ルールが根拠」

こうして見ると、Blizzardが主張する「競技ルールの遵守」は、全くプレイヤーを説得できていないと言えるだろう。
問題発生時の「ルールが根拠」とした説明(前編でのb2)はほぼ無視され、経済的な理由による中国への配慮(b3)であると見なされてしまった。そしてその批判(a2)は、わざわざ「中国の影響はなかった」と再説明で述べたあとも、収束していない。

多くのプレイヤーはルールとは別の道徳的な規範を持っており、ルールと規範が一致するときは納得するが、ルールと規範が一致しないときは規範を優先し、ルールを無視するのだ。

そのため、ルールとプレイヤーコミュニティの規範が戦ったとき、ルールは負けることが多い。

本問題においても、Blizzardは「ルールの遵守」を維持できなかったことに注意しよう。
ルール上、処罰の根拠は公式競技ルールのSection 6.1にあるが、Section 6.1には「賞金は0ドルに減額される」とあり、Blizzardが賞金のはく奪を撤回したことは、ルール違反にあたる。

2019 Hearthstone Grandmasters Official Competition Rules v1.4 Section 6.1
自身に対する世間の悪評を招く行為、公衆の一部または集団を怒らせる行為、Blizzardのイメージを損なう行為に関与した場合、Blizzardの独自の裁量によって、選手はGrandmastersから解任され、賞金は0ドルに減額されます。(筆者訳)
https://bnetcmsus-a.akamaihd.net/cms/page_media/w4/W4NWIBHB74T31564507077190.pdf

パブリッシャーや大会運営は、ルールにあぐらをかかずに、コミュニティと対話し、コミュニティの社会規範に訴えなければならない。
問題発生時にBlizzardはルールを盾にコミュニティとの対話を怠り、Riotは政治的な中立を保つ(b1)ことをコミュニティに説明した。これが最大の違いである。

では、ルールにはプレイヤーの行動を変える力がないのだろうか?
そんなことはない。ルールにはコミュニティの社会規範に訴えるツールとしての役割がある。

ルールを通じたコミュニティへの働きかけとは

まずは以下の図を見てほしい。

画像6

これは筆者が考える、パブリッシャーや大会運営が個々のプレイヤーに影響を与えるプロセスを、簡単に示したものだ。

トップダウン型では、運営はルールを使ってプレイヤーを統制する。
これまで見てきたように、トップダウン型の運営は成功しない。プレイヤーにはゲームから離脱する選択肢があり、統制が十分働かないためだ。

これに対し、コミュニティの社会規範を考慮に入れたのが規範形成型。
運営は自らの考えを、声明文やテキスト・動画コンテンツなどで説明する。コミュニティの意見をくみ上げ、返答することも必要である。

このとき運営の考えを具体化し、運営手順に落とし込んだものとしてルールが存在する。
ルールを制定することで、コミュニティは運営の考えを参照できるようになる。また、運営がルールに沿った行動をとることで、運営自身が説明した考えと一貫した行動をとることができる。

ここでのルールには、より抽象的かつ強制力の低い「ガイドライン」なども含まれる。
運営の考えを統一し、具体化し、言語化することが重要で、裏を返せば、ルールを制定、運用するときには、そのルールがどのような考えを表現するものか意識する必要がある。

コミュニティとの対話

上記のように、プレイヤーに最も強い影響を与えるものとしてコミュニティの社会規範を認識し、ルールによる直接的な統制を少なくすることが、eスポーツに適した運営方針である。

これはeスポーツ運営以外でも近年重要な考えで、コミュニティと対話し、ビジョンを示し、ファンの愛着を深めることで、個々の顧客にアプローチすることが、主要なプロモーション戦略になりつつある。

eスポーツでは、通常のゲームプレイよりもプレイヤーの主体的な関わりが必要なので、コミュニティとの対話はさらに重要だろう。

パブリッシャーの社会的な責任

最後に、RiotがBlizzardと比較して、
「政治や宗教などの繊細な問題について、個人の見解を守る責任がある」
「敏感な状況をエスカレートさせないよう、最善を尽くす責任がある」
と、より政治的に踏み込んだ発言をしていることにも注目したい。

前編でも触れたように、パブリッシャーには経済的な自由があり、経済的な要因で中国に配慮するのも自由なはずだ。しかし、コミュニティはBlizzardの対応を許さず、中国への警戒心をあらわにした。

Blizzardが問題拡大後に主張したのは「競技と政治の分離」である。
ではなぜ、「政治問題が存在しないかのごとく振る舞う」ことが許されないのだろうか。

筆者の考えでは、これはBlizzardに課せられた社会的な責任である。
Blizzardのような大企業は、営利を目的とした集団であると同時に、公共的な存在でもある。営利のために公共の問題を無視することは、社会的責任を放棄したと見なされるのだ。

Blizzardは政治問題に触れることを恐れ、拒否したため、結果として政治問題を引き起こしてしまった。
「競技と政治の分離」を達成するためには、政治を無視するのではなく、対峙する必要がある。それはBlizzardが公共性のある企業だからである。

ここでRiotの声明文に「責任」(responsibility) という単語が2回登場するのに気づくだろう。
恐らくRiotは自らの公共性を自覚している。そして、コミュニティはそのような姿勢を評価するのだ。

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(以上です!今後も気が向いたときに記事を書いていきます。「スキ」いただけたらモチベーションが少し上がります!)

(前編はこちら)

(参考文献)


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