待っていた見返り美人

 祖父が亡くなって一か月が経ち、ようやく元気を取り戻した祖母から父に電話が来た。
「姉ちゃんも兄ちゃんも、父ちゃんの持ち物を次々に持ち帰っとるど。おめは来ねえのけ」
 不動産、証券、会員権、絵画など祖父が残した財産の分割協議は四十九日後と決まっていたので、末っ子の父は正直にその日を待っていたのだ。
「そんな馬鹿な」と、あわてて父が田舎に帰ってみると、祖父が大事にしていたライカのカメラやB&Wのスピーカー、Nゲージの鉄道模型……の類が無くなっていた。書棚にすべて揃っていた乱歩賞の初版本もごっそり抜けていたという。
 どれも目録に挙げて協議するほどのものではないが、それなりに価値があるものばかりだ。「形見に貰っていくわね」といったノリで伯母や伯父が持ち去ったそうだ。
「おめはいつまでたっても呑気なガキだな。目ぼしいものは残っていないけど、これだけは取っといてやったよ」
 父が持ち帰ったのは古びた切手帳だった。
「見ろよ。『見返り美人』に『月と雁』、『写楽』もある。切手趣味週間のものはどれも貴重なんや」
 父は嬉しそうに僕に教えてくれる。祖父の手ほどきで切手収集に励んだころの懐かしい思い出だという。
「爺ちゃんの友達が郵便局の局長してたから、記念切手が出るたびにいつも確保してくれてたんやったな」
「じゃ、お父さんも切手帳持ってるんでしょう。見せてよ」
 と聞いてみると、一枚も残っていないという。
「中学の時に全部売ってしもた。五円の『見返り美人』が五千円で売れた。趣味というより子供だてらに投資気分やったからな」
 当時の少年雑誌には変動する切手相場が毎号掲載され、子供たちの射幸心をあおっていたらしい。
「切手ブームが終わっても爺ちゃんは大切に残してたんや。懐かしいなあ」
「よかったわね」
 父にとってかけがえのない形見になった切手だ。
 さて現在価格は、とちょっと期待してネットで調べたわたしは思わずずっこけた。
「なんだ、全部で五万円にもならないじゃない」
 どうりで伯母さんたちが見向きもしなかったわけだ。
「おばあちゃんの言うとおり、お父さんって呑気だわ」
 でも、とわたしは思いなおす。
 父は、たとえ真っ先に実家に乗り込んでいたとしても、この切手帳を持ち帰っただろうと思ったからだ。
 

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