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JFCファクトチェック講座1:意見や推測ではなく事実を検証する

文:古田大輔

フェイクニュース、デマ、嘘、誤情報/偽情報...。呼び方は様々ですが、世の中には不正確な情報が溢れています。間違った情報を信じたり、拡散したりしないためには、基本的なファクトチェック(情報の検証)技術を学んでおく必要があります。

日本ファクトチェックセンター(JFC)の「ファクトチェック講座」では9回にわたって、ファクトチェックの基本的な考え方や便利なツールの紹介、新たな脅威として注目されるAIコンテンツへの対策まで解説します。

2016年のアメリカ大統領選が節目に

まず、講師を勤める私とファクトチェックの関わりから紹介します。

ファクトチェックが世界的に注目されたきっかけの一つは、2016年のアメリカ大統領選です。「ローマ法王がトランプ候補を支持」「ヒラリー・クリントンはドナルド・トランプの立候補を望んでいた」など全く根拠のない偽情報が、CNNやNew York Timesなどの主流メディアの記事よりもFacebook上で拡散していた、とBuzzFeed Newsがスクープしました。

当時、BuzzFeed Japan創刊編集長だった私は、日本でも同じような状況が広がると考え、ファクトチェックの特設コーナーを開設し、2017年総選挙の言説の検証などに取り組みました。

BuzzFeed Japanのファクトチェックコーナー

BuzzFeed退職後は、Google News Labティーチングフェローとしてジャーナリストや学生らを対象としたデジタル報道トレーニングを実施し、ファクトチェック講座など2年間で延べ2万人超に講義してきました。

自分自身でも幅広い手法を学ぶため、国際ファクトチェックネットワークが提供する「ファクトチェック講座」やナイトセンターの「プラットフォーム上の調査報道」などを修了しています。

JFCファクトチェック講座では、私が学んできたことだけでなく、JFCで活用している実践的な検証技術をコンパクトに解説します。初回となる今回は、ファクトチェックの基本的な考え方です。

ファクトチェックの3つの流れ 校閲・発言チェック・真偽検証

ファクトチェックには歴史上、3つの流れがあります。

一つは伝統的な手法で、公開前の記事に事実関係の誤りがないかをチェックすること。日本メディアでは校閲や、出稿を管理する役職(デスク)が担ってきた機能です。

21世紀になって広がったのが、政治家の発言などを専門に検証するファクトチェックです。アメリカではFactcheck.org(2003年開設)、Politifact(2007年開設)などが早くから取り組み、成果を挙げました。

近年、世界で注目されるのが、インターネット上に急速に拡散する誤情報や偽情報を検証するファクトチェックです。2016年のアメリカ大統領選、新型コロナウイルスに関連するワクチンデマ、ロシアのウクライナ侵攻に関わるプロパガンダ、AIが作り出すテキストや画像など、対象は広がり続け、世界的には、新興団体だけでなく既存メディアも検証に取り組んでいます。

国際ファクトチェックネットワークに加盟するファクトチェック組織のリストの一部。世界中の新興組織だけでなく、ワシントン・ポストなどの大手も加わっている

意見ではなく事実を検証する

ファクトチェックにおいて、最も重要なのは「事実について検証する」ということです。意見や将来の予測などは対象にしません。具体的な切り分け方を挙げると、以下のようになります。

古田大輔作成(画像はいらすとや)

Aさんが「雲が出ている。雨が降りそうだ。傘を持とう」と発言したとします。この中でファクトチェックの対象になるのは「雲が出ている」という部分です。

雲が出ていなければ「誤り」、雲がほんの少ししか出ていなかったら「不正確」、雲は出ているが明らかに雨雲でなければ「ミスリード」などの検証結果となるでしょう。

一方で、雲が出ていなくても「雨が降るかもしれない」と考えて傘を持って出かけるのは、その人の自由です。ファクトチェックは推測や意見を検証しないため、対象外になります。

岸田首相の施政方針演説で検証できるのは?

岸田首相の2023年の施政方針演説の事例で考えてみましょう。

(DXで)強調したいのは、デジタル社会のパスポートであるマイナンバーカードです。様々な工夫を重ね、昨年初めに、5500万件だった取得申請を、8500万件まで増やしました

これはファクトチェック可能です。「申請数を5500万件から8500万件に増やした」という部分を検証することができ、検証結果は「正確」となります(デジタル庁「政策データダッシュボード(ベータ版)」)。

(デジタル庁のデータが偽物の可能性があると思った方。詳しくは今後の連載で解説します)

(GXは)官民で、10年間、150兆円超の投資を引き出す『成長志向型カーボンプライシング』。国による20兆円規模の先行投資の枠組みを新たに設けます

これはファクトチェックが難しいタイプの言説です。枠組みを設けるかどうかは検証できますが、「10年間で150兆円超」は予測に過ぎず、検証できないからです。

憲法改正もまた、先送りできない課題です。先の臨時国会では、与野党の枠を超え、活発な議論をいただきました。この国会において、制定以来初めてとなる、憲法改正に向け、より一層議論を深めていただくことを心より期待します

これはファクトチェックできません。何をもって「活発な議論」を指すのかが不明確な上、「議論を深めてほしい」という「期待」は意見であり、事実ではありません。「憲法改正は先送りできない」という文言も、人によって見方が異なります。これも検証は難しいでしょう。

この前提に立つと、ファクトチェックができる分野は限定されることがわかります。それではそのようなファクトチェックに効果はあるのでしょうか。次回、説明します。


講座目次

  1. 意見や推測ではなく事実を検証する

  2. 検証は効果あり 検索やAIにも反映される

  3. 検証の4ステップ 「横読み」で効率的に

  4. 実践的な検索技術 効率的にソースを探す

  5. 画像の検証 GoogleレンズとTinEye

  6. 動画の検証 InVIDとYouTube検索

  7. AIコンテンツの検証 細部を見る

  8. 公開情報こそ重要 OSINT技術を使いこなす

  9. 国際的な標準ルール 透明性を確保する


筆者略歴


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