【後編】「仮説のない質問に意味はない」。古賀史健と柿内芳文、ふたりの研鑽はつづく

「神保町編集交差点」(主催:BLOGOS、企画:株式会社ツドイ)は、現場で奮闘する若き編集者の方々に、一線級の「編集術」を届けることを目的とした、月に一度の連続トークイベントです。このnoteでは、そのレポートを掲載させていただきます。

 最終回のテーマは、「『あのころのオレ』との戦い方」。古賀史健さんと、柿内芳文さんにご登壇いただきました。前編未読の方は、ぜひ下記リンク先の記事からお読みください。

 前編に引き続き、こちらではイベント後編の様子をお届けします。

いつも自分自身にインタビューをしている

今井 古賀さんは考えるときは基本書くんですか?

古賀 いや、最初に考えるときは独り言ですね。

今井 へえ。

古賀 たぶん、ずーっと独り言を言ってます。

今井 それは社員さんが同じ部屋にいても?

古賀 うん。声に出さない独り言。口を動かして、音は出さない独り言をずっと。それはひとりのときもそうだし、会社にいてもそうだし、ずっと口をパクパク動かしてる。

今井 へえー。

柿内 すごいっすねえ。

古賀 いや、これは映像として考えると、かなり気持ち悪い。街を歩いてるときも、電車のなかでも動かしてるし。

今井 具体的に、なにをしゃべってるんですか? 原稿を書いてるんですか?

古賀 いや、ずっと「自分インタビュー」みたいなのをやってるんですよ。

今井 はい?

古賀 たとえば、こういうイベントみたいな場に立たされたっていう設定で、誰か司会者の人から「ライターってどんなお仕事なんですか?」と聞かれて、そのときオレはなんて答えるんだろう、みたいな想定問答を自分のなかでやってるんです。「幸福とは?」みたいな大きなテーマもあれば、「うどんと蕎麦、どっちが好きですか?」「それはなぜですか?」「関西風と関東風どっち?」とか、そういうどうでもいいようなテーマでしゃべってることもあって。あらゆる事柄について、自分の言葉で答えが出せるようにしておきたいんです。

柿内 それはぼくも一緒ですね。自分の言葉にしたいだけなんですよね。考えるって、自分の言葉にするっていうことに近いですね。

今井  そのクセはいつからですか? 

古賀 たぶん、学生のころからだと思います。それに初めて気がついたのは——これははじめて人前でする話なんだけど——大学を卒業する直前に当時付き合ってた女の子と別れて、ちょっと傷心旅行的なひとり旅をしたんですね。

今井 へー! 当時福岡ですよね?

古賀 うん。長崎に行って、長崎の中華街をとぼとぼ歩いていたんです。そうすると、うつむいて歩いている自分の視界に、動いている唇が入ってきたんですよ。

今井 はいはい。

古賀 で、「あ! オレ、いま唇を動かしてる!」と思って、それではじめて自分が独り言を言いながら生きてるってことに気がついて。頭のなかで考えているつもりの言葉が、ぜんぶダダ漏れだったんですよ。

今井 指摘されたこともなく?

古賀 うん。長崎の夜道ではじめてそれがわかって。われながら「気持ち悪っ!」って。

会場 (笑)。

古賀 それがなかったら気づいてもなかったと思う。

柿内 気づけてよかったですねえ。

古賀 でも、気づいたからといってねえ。いまもやめてないし、やめるつもりもないし。それはもう、頭の貧乏ゆすりみたいなものだから。

「お前みたいな自転車乗り、うんざりなんだヨー!」

今井 そういう、自分では自覚しきれていない強みみたいなものって、たくさんありそうですよね。

古賀 うん。ぼくがカッキーをすごいなあと思うのは、この人ってポジティブもネガティブも、とにかく感情の揺れを記憶しておく力が抜群なんですよ。たとえば、就活で自分を落とした50の出版社を、いまだに恨んでるんですよ。

柿内 そうですね。仕事で落ちた会社に行くときは、ちゃんと落とされたときの記憶を呼び起こしてからビルに入りますからね。

今井 新卒で柿内さんが入社した光文社以外の、全出版社ってことになりますよね、それ(笑)。

柿内 まあ、そのとき採用活動をしていた出版社ならね。

古賀 だからいまだに就活の本をやるし、なんでオレをあのとき落としやがったんだ、こいつら。っていう怒りがずーっとあって、熱が冷めないんですよこの人は。

今井 昨日のことのように?

古賀 そう。彼ってさあ、言ってもミリオンセラーを3つもつくったスーパー編集者じゃないですか、傍から見たら。光文社でも、星海社でも、コルクでも、フリーになってからも、ぜんぶですごい結果を出してる立派な人なのに、いまだに「あのときのオレ」っていうのを引きずってて、そのときの怒りを持続してる。たぶん70歳とか80歳とかになって、病院に行っても就活のこと言ってると思うんですよ。

柿内 間違いないですね(笑)。いまでもたまに思い起こして、あらためて噛み締めているんで。怒りの感情をリピートするんですよ。

今井 就活に限らずってことですか?

柿内 そうですね。ほんとうにくだらないことばかり覚えてて。知らないおっさんに毎年怒られる話とか。

古賀 えーっとね、これはもうちょっと丁寧な説明が必要な話です。

柿内 ぼくね、一年に一回は知らないおっさんに怒鳴られるんですよ。街頭で。

今井 ……? それはぜんぶ同一人物なんですか?

柿内 全然違う人です。それをぜんぶ記憶してるんですよねえ。いまだにそのときの階段とかを上ると思い出すんです。

古賀 池袋駅の階段ね(笑)。

柿内 池袋駅の山手線の階段で、「下り」と書いてあるところを上ってたらおっさんが通せんぼしてきて、「なんだ?」と思って見たら、「ここは下りだろうがああああー!!!」って。

今井 (笑)。

柿内 10年近く前の出来事なんですけど。ありありと思い出すし。

古賀 20回くらい聞きました(笑)。

柿内 あとは護国寺の歩道を自転車で走ってるときに、外国人の人がいきなり近づいてきて「お前みたいな自転車乗り、うんざりなんだヨー!」って言われたり。

会場 (爆笑)。

柿内 声色やイントネーションまで、何回もものまねしてるんで。

今井 両方、柿内さんが悪いですよね?

柿内 いやいやいやいや! まあ悪いんだけど! そこから怒鳴られた共通項をずっと考えてるんですよ。ぼくはたぶん、怒鳴りやすい見た目をしてるんですよね。たとえばもっとマッチョだったりとか、キレそうなタイプだったら、絶対そうされてなくて。他人に怒鳴る人っていうのは、やっぱり人を見てやってるんで。

今井 攻撃してこないと思われている。

柿内 そうそう。それで、ルールを違反していれば、赤の他人であろうと正義の代表として怒鳴り散らして良い権利を持っていると思っている人が、一定数いるんですよ。毎年一度はあるから、その時のために練習してるんですよ。たまに。

今井 え? 何をですか?

柿内 瞬時に言い返す言葉を。「あなたこそ赤の他人に対してその態度はなんですか、恥を知りなさい」ってね。ほら、いまスラスラ言えたでしょう? かなり練習してますから。

会場 (笑)。

柿内 冷静に淡々と言うのと、最後「恥を知りなさい」で終わるのがポイントです。

古賀 ばかすぎる(笑)。

柿内 でも、備えてると逆に来ないんですよね! まあこういう、普通だったらイラッとして終わりなんだけど、ぼくはずっとそのイラッとした喜怒哀楽について考えてるんですよね。

今井 それって、すごくいいことがあったときも考えるんですか? 

柿内 もちろん。そういう時に、なんでこうなるんだろうというのはすごく考えます。以前、古賀さんのnoteで、ぼくの行動原理について書いてもらったことがあって。

古賀 はいはい、書きました。

柿内 古賀さんによると、ぼくは本づくりからプライベートまで、すべて「納得いかない!」を行動原理にしているらしいんですよね。それを読んで、確かになと思いました。やっぱり納得いかない現象が起きたときに、その裏になにか理由があるんだろうとか、その共通項はなんだろうっていうのをずっと考えて、さっき言った自分の言葉化だったり、概念にまで落とし込んで、はじめて納得するみたいな感じが多いですね。

古賀 この怒られ話は……どのくらいおもしろいんだろう。ぼくはすごくおもしろいんだけど(笑)。

柿内 仕事の95%くらいは、そういうことしか考えてないですよね。日々やっていることはどうしようもないことばっかりで。自分でもくだらないなあと思っていることですよ。

古賀 うん、くだらない。

柿内 ただ、ぼくは確信を持ってそれをやっている。それが編集者の仕事だと思っている。かつ、誰かに理解されようとは、微塵も思っていない。

仮説のない質問に意味はない

今井 古賀さんは、さっきの「自分インタビュー」の他に、なにか自覚的にやられていることはありますか?

古賀 うーん。たぶん、他のライターさんとか編集者さんと違うのは、日常生活のすべてを「取材」だと思ってるところ。

今井 取材?

古賀 たとえば、今井くんと飲みに行って馬鹿話をするときも、今井くんに取材してる感覚なんですよ。で、それはこの場にいても、いまカッキーと今井くんの掛け合いを見ながら「オレだったら、これをどういう原稿にまとめるんだろうな」って考えているし、それは実家に帰って母親が愚痴を言ってきたとして、その愚痴を聞いているぼくの姿勢は「取材」なんですよ。

今井 聞き役になるということですか?

古賀 それだけじゃなくって、たとえばここに缶ビール、ありますよね?

今井 はい。

古賀 缶ビールは500mlと350mlっていうサイズが大半を占めていて、「なんで500mlなんだろう?」と考える。すると500mlは、キリのいい数字じゃないですか。1Lの半分で500ml。すごく納得しやすい。じゃあ、なんで350mlがあるのか? これって半端な数字でしょ? でも、そこには絶対制作者の意図があるはずなんです。たとえばむかし、ぼくが小学生くらいのころって、コーラとかオレンジジュースは、250ml缶に入っていたんですよ。で、「250mlじゃちょっと飲み足りないから、350mlにしましょう」って100を足しただけなんですよね、たぶん。じゃあ、250mlになったのはなぜなのか。それはまあ1Lの1/4。クォーターっていうのももちろんあるし、たぶん250ml缶の細さが、子供から大人までだれでも片手でつかめてちょうどいいってことで設計者が250mlにしたんだろうな……みたいなところまで考えていくと、この缶ビールの容量ひとつでも、いろんな取材がはじまるじゃないですか。

今井 そうですね。

古賀 「日常生活のすべてが取材なんだ」っていう意識でいれば、このイベントの打ち合わせの席もぼくにとっては取材だし、犬と遊ぶときでも、奥さんの話を聞いているときでも、ぜんぶが取材になるんです。

今井 それは、疲れませんか?

古賀 まったく。ぜんぶが取材なんだとわかってしまったら、 日常から無駄が一個もなくなるんですよ。電車のつり革広告でも、「この制作者はなんでこういうビジュアルとコピーにしたんだろう」になるし、本を読むときだって「こういうふうに書いてあるけど、なんでこう書かなかったんだろう」と考えたり。もう、会話だけじゃなく、テレビでも店の看板でもペットボトルでも、ずーっと取材してます。それはたぶん、他の人とは違うところですね。

今井 たとえば、ぼくが書いたものを読まれて、「なんでこう書いたんだろう?」って考えて、結果「コイツなにも考えてねえな」って思うこともあるんですか?

古賀 うん。3秒でわかる。

柿内 ははは(笑)。

古賀 いや、なにも考えてねえなっていうよりも、いまだとまあ、今井くんは「どんなトレーニングをしていますか?」っていう質問をしてるわけじゃないですか。

今井 はい。

古賀 で、ぼくが取材者としていつも意識しているのは、誰かに質問するときには「おそらくこの人はこう答えるだろう」っていう仮説を立てた上で質問しないとダメなんですよ。

今井 仮説。

古賀 仮に今井くんが「おそらく古賀さんはメモの話をするだろう」とか「読書術の話をしてくれたら、イベントが盛り上がってうれしいな」っていう仮説を持った上で、ぼくに「普段どんなトレーニングをしていますか?」って訊きますよね。

今井 はい。

古賀 そうすると、ぼくがいま話した「すべてが取材なんですよ」っていう答えに対して、自分の感情が動くんです。びっくりしたり、がっかりしたり。予想が当たったとか、予想が外れたとか。そうやって、自分自身の感情の起伏が生まれたところで書いた原稿は、必ずおもしろくなる。自分の感情がそこに乗っかっているわけだから。

今井 はああ。なるほど。

古賀 一方、仮説をなにも立てないで質問して、ぼくが「すべてが取材なんですよ」って言っても、「はああ。なるほど」で 終わっちゃうでしょ。感情の起伏がないんですよ。ただ新しい情報をインプットしただけ。自分が仮説を持った上でそれが裏切られるのか、自分の仮説が実証されるのか、良い方に裏切られるのか、悪い方に裏切られるのか。その自分の感情の起伏をいかにしてつくるのかは、その時々の瞬間に、仮説を持っているかどうかで決まるんです。ちなみにいま、今井くんは仮説がないままに質問したと思う。

今井 めっちゃ反省してます、いま。

古賀 だから日常会話でも、「この前 M-1で霜降り明星さんが優勝しましたけど、古賀さんどう思いますか?」って今井くんが質問するときには、「できれば古賀さん、こういうふうに霜降り明星をディスってくれないかな」みたいな仮説を持っていて欲しいんですよ。そして当てたり外れたり、自分の感情を揺さぶってほしいんですよ。それはライターや編集者にとってすごく大事なところだと思う。

今井 はい……気をつけます。

糸井重里さんへのラブレターだった古賀さんのnote

今井 ちなみに毎日noteを書かれるのも、トレーニングという意識でやってらっしゃいますか?

古賀 ああ、もう話してもいいのかな。これは友達の田中泰延さんっていう方がTwitter上でバラしちゃったんでお話ししますけど、ぼくは2015年から週日noteを更新しています。『嫌われる勇気』が自分の念願がかなっていい本になって、結果もちゃんとついてきて、一種の燃え尽き症候群みたいな状態になったんですね。

今井 はい。

古賀 それで、次にあれだけ本気になれる本ってなんだろうと思ったときに、ぼくがどうしてもやりたいと思えた企画が糸井重里さんの本だったんです。糸井さんって、対談集とかは沢山出されているけど、ご自身の言葉ですべてを出し切った本というのは、ほとんど出されていないと思っていて。ぼくはそういう本をつくりたいと思いました。で、どうやって糸井さんにアプローチしようと考えますよね。普通に行ったら絶対断られるんで、まずは1年間、毎日ブログを更新しようと決めたんです。

今井 それはどうして?

古賀 糸井さんは、もう20年目に突入しているんですが、当時でさえ17年間ぐらい毎日「今日のダーリン』というコンテンツを更新されていました。なので、「糸井さんを見習ってぼくも1年間毎日ブログを書きました。たった1年だけど、毎日やってこんなに苦しかったし、きつかったです。糸井さんはどうやってそれを17年も続けてるんですか?」というところから入っていけば、もしかしたら受けてくれるんじゃないか、少なくとも話は聞いてくれるんじゃないか、そう思ったんです。

今井 当時は一切面識なしだったんですか?

古賀 会ったことはあったけど、仲がいいというほどでは全然ないという感じ。だから、最初の1年のぼくのnoteは、ぜんぶ宛名のないラブレターなんですよ。それで1年間書き続けて、糸井さんに会いに行って、事情を説明して。

今井 なんて言われたんですか?

古賀 「そんなことしなくても受けたのに」って。

会場 (笑)。

古賀 言われたんだけど(笑)。まあ、それは糸井さんなりの愛情のあるジョークで。

今井 でもそれは古賀さん、うれしかったですよね。

古賀 それはもちろん。だって、1年間やった上で「ごめん、興味ない」ってなる可能性も十分にあったわけだから。質問に戻っていうと、そういう事情で書き続けているものだから、まあnoteは自分のトレーニングというよりも、「約束」っていうのがいちばん大きいですね。 糸井さんとの約束じゃなくて、自分との約束。糸井さんに会うためにこれを書き続ける。

今井 じゃあ、もう書く理由はなくなってるわけですよね?

古賀 承諾してもらったからといってここで書くのをやめちゃったら、堂々と会いに行けないもん。書いてるから会いに行けるわけで。とりあえず糸井さんが「今日のダーリン」を続けているあいだはぼくも続けるつもりでいるし、まあできれば20年とか、糸井さんに習って続けられたらいいなと思ってますけどね。

今井 さっきラブレターという表現がありましたけど、いまも糸井さんに読まれている意識はあるんですか? これ糸井さんが読んだらどう思うんだろうみたいな。

古賀 うんうん。背中越しの視線みたいなものは、ぼくの勝手だけど、すごく感じています。

今井 それがほんとうにすごいと思っていて。ぼくも古賀さんに毎日書きなよって言ってもらってnoteをはじめて、挫折して、また書きなって言われてはじめて挫折して……っていうのを4セットやったんですけど。

柿内 サウナみたいに言うね!

今井 古賀さんに読まれていると思うと打つ手が止まるし、どんどん執筆時間が延びていくんですよね。それで億劫になって……。

古賀 いや。でも、「書かない」っていう選択がいちばんよくないことじゃない。

今井 はい。確かに。

古賀 内容以前に、「書く」っていう選択をしただけでも、1ポイントはあるんですよ、絶対に。それはぼくみたいに5年目くらいのレベルでもそうだし、糸井さんみたいに20年とかやっている方だったら、なおさらその気持ちはわかるはずなんで。書きたくない日とか、つらい日は絶対にあるから。

今井 そうなんですよねえ。

古賀 ほぼ日のなかに「ほぼ日の塾」っていう場があるでしょ? ぼくが見学させていただいたとき、塾生の人が糸井さんに「どうやったら文章がうまくなりますか?」みたいな質問をしてきたんです。そうしたら糸井さんが、「とりあえず、ブログを3年くらい毎日書いてみたら?」って軽くおっしゃって。思わず「長っ!」って思っちゃったんだけど。

今井 大変ですよ。1000本ですもん。

古賀 今井くんが50回くらい挫折しないと辿り着かない月日じゃん。

今井 天寿を全うするでしょうね。その前に。

古賀 でも、20年毎日書いてきた糸井さんにとっての「3年」は、ものすごい軽い、「とりあえず」のハードルなんですよね。

今井 うーん。

古賀 だからこれ、今日のテーマにもつながるんですけど、ライターとして優秀ですね、ヒットメーカーですね、みたいなことを言われて、やっぱりぼくは調子に乗れない。天狗になれない。自信はあるんですよ、自分が書いたらこれよりうまくできるとか、これよりもおもしろくなるとか。そういう自信はあるんだけど、調子には乗れないんです。

今井 なんで乗れないんですか?

古賀 たとえばさ、サッカーのA代表の試合があるでしょう? それで先発メンバーが11人発表されるじゃないですか。そのなかにたとえばセンターバックに今井(仮名)っていう選手が入りましたと。サッカーファンであるぼくは、「今井(仮名)かよ!」って思うんですよ。

会場 (笑)。

古賀 別に吉田麻也と昌子でいいじゃん 、なんで今井(仮名)を出すんだよって。ぼくのなかで今井(仮名)っていう選手の評価がすごく低いからそうなるんですけど。この気持ち、わかりますよね?

今井 わかります。

古賀 じゃあ、仮に「物書きJAPAN」があったとしますよ。物書きの日本代表が、11人選ばれるとしますよ。大江健三郎さんだの、村上春樹さんだの、東野圭吾さんだのっていう錚々たるメンバーがいるとしましょうよ。

今井 小説家も!

古賀 そうそう。「物書き」だから。サッカーはさ、ジャンル分けしてるわけじゃないじゃん? 左サイドバックがうまいやつを11人選ぶわけじゃないでしょう。
 
今井 そうですね。はい。

古賀 そういうジャンル分けしてさ、さっきカッキーが言ってたみたいに「ビジネス書」だの「新書」だのってジャンル分けして、そこでの一等賞になったってよろこんでいるのはさ、サッカーのA代表に入れない人の発想なんですよ。サッカーの A代表に入るんだとしたら、村上春樹さんを筆頭とするいろんな人たちのなかに、自分が割って入れるかを考えないと。もちろんぼくは無理ですよ。ってことはオレ、物書きとして今井(仮名)以下なんだよ。

今井 (笑)。そうですね。

古賀 そしたら、謙虚にならざるを得ないじゃん。サッカーの今井(仮名)が調子に乗ってる姿を見てムカつくのに、物書きとしてそれ以下のオレが調子に乗るわけにいかない。そういう目で見ると、「この分野の、ここのジャンルナンバーワンです、わたしは」みたいな人は、無理やりそんなカテゴリーを探してるだけでさ、なんのいちばんでもない。ちゃんと A代表の11人を見て、その11人に入れない自分っていうのを自覚していないと、自分の道を誤るよっていうふうには思ってますね。

今井 いやあ、すごい……。それで言うと、柿内さんはそれこそ編集者の日本代表に入ってません?

古賀 入ってるでしょうね。

柿内 どうなんですかね。ぼくは全然、他人の目を意識しないので(笑)。

今井 それも、強いですねえ……。

柿内 「『好きなこと』の本はつくらない」

今井 いま思ったんですけど、柿内さんは映画や食べることがお好きですよね? でも、どっちの本もつくってないですよね。

柿内 そうだね、好きなものをつくろうという意識はゼロなんで。

今井 なんでなんですか? だってそれがいちばん楽しくできるし、いちばん力を出せそうじゃないですか。

柿内 これはスタンスなんですけど、ぼく、好きなものをつくりたいっていう欲求がないんですよね。というか、好きなものがないんですよ、とくに。もちろん映画とか飯を食うのは好きですよ。でも、その本をつくりたいっていう欲求はゼロで。編集者って拾う人間だと、ぼくは思ってるから。

今井 拾う、というのは?

柿内 自分が好きなものを読者に投げつけるのは、作家の仕事で。編集者としてのぼくは、ある意味「プロの素人」として、みんな(素人)の代表として、たまたま役割や職能として作家やテーマに対峙しているだけなんだ、っていう認識なんですよね。だから、テーマは別になんでもいいんですよ。ただそれがほんとうにおもしろいのか、どれくらい強いのか、コアは何なのか、っていうのを正しくジャッジする力を磨いているイメージです。

今井 ジャッジする力。

柿内 たとえるなら、魚を捕まえる網の目をめっちゃ細かくしているイメージかな。ちいさな魚が通り過ぎたとき、他の人だったらスルーするかもしれないことでも、ぼくの網目はキャッチするんですよ。それは魚釣りが好きだからじゃなくて、ぼくの網目が細かいから。好き嫌いとはまったく関係のないところの話なんです。

今井 なるほど。

柿内 よく「どういう本をつくりたいですか?」とか「注目している著者はいますか?」と訊いてもらうんですけど、ほぼないんですよね。むしろ身近にいたりとか、そのときたまたま出会った人とか。著者やテーマとの出会いは、ぜんぶ縁ですよね。縁で会った人の、他の人はたぶんスルーするんだけど、ぼくだけがキャッチした魅力、その人の本質を編集するという感覚です。キャッチしてから好きになるんですよ。好きだからやるんじゃなくて、全力で「好きになる」んですよね。誰もがみんなすごい魅力を持っていますから。

古賀「『好きな人』の本だけを作りたい」

今井 古賀さんはそこいくと、アドラーがずっと「好きな人」だったんですよね?

古賀 そうですね。たとえば『嫌われる勇気』が書かれていない世界で、アドラー心理学っていうものについて誰かが本をつくるとするじゃないですか。

今井 はい。

古賀 つまんないものができるんですよ、ほとんどの場合。一方、ぼくがやったらもっとおもしろいものになるっていう自信はある。ただし、ぼくがやる場合は、心身ともに崩れちゃうぐらいの没頭をしないとそのレベルのアウトプットはできない。だから、アドラー心理学ならアドラー心理学がそれだけの全力を傾けるに値するものなのか、っていう点はかなり真剣に考えますね。

今井 基本的には自分の好きなものについてやっている。

古賀 ライターって基本的に替えのきく仕事で、ほとんどの場合、企画を立てるのは編集者でしょう? その企画を編集者が依頼してきますよね。で、もしもぼくが断ったら、他のライターにそれを振るじゃないですか。で、他のライターに振ったら十中八九、ぼくよりつまんないものになるんですよ。

今井 その自信がある。

古賀 そこは、ある。それは文章力とかテクニックの問題じゃなくて。原稿を書くときの入り込み方とか熱意とか、最後の最後までどんだけ粘るかとか、そういう割と根性論レベルの話なんだけど、他の人がやるよりもぼくがやった方がおもしろいものができる。そこは自分に課している「おもしろい」のハードルが違うから。

今井 すごい。

古賀 それで、ぼく自身がどうでもいいと思っているテーマだったら、他の人がやってくれて構わないんですよ。書店の棚に1〜2週間並んで消えていく本がただ量産されるっていうことに、なんら心は痛まない。だけど、自分が本当に好きなテーマだったり、本当に好きな著者だったりすると、そうやって消費されるサイクルに入るのは悔しくてしょうがないんです。だから、そういう時には多少スケジュール的に無理があったりしても、オレがやりますよって手を挙げる。

今井 ぼく、最後に聞きたいことがあって。いま古賀さんも根性論レベルの話だとおっしゃいましたけど、おふたりとも、なんでそんなに粘れるんですかねえ。

古賀 余地があるんですよ。もっとよくなる余地っていうのは、いつでも残っていて。それをほんとうに、校了ギリギリまでその可能性を追っているのかと。もしかしたら、その一文字を変えることで、ガラッとなにかが変わるかもしれないとか。あと、自分が3年後に読み返したときに、「ここをこうしておけばよかった」みたいな後悔が生まる可能性をどこまでも潰しておかないと、あとで後悔するのがわかりきってるんで。

今井 それは、後悔したことがあるってことですか?

古賀 もちろん全部の本についてなにらかしらの後悔はしてます。紙媒体は、2刷とか3刷とかの段階で表現を変更するっていうこともできなくもないけど、初版の本を手にしている読者の方もいるわけだから。その人にとっては、もうそれでしかないわけでしょ。それはやっぱり紙媒体の難しいところで、最後の最後まで可能性は追求したい。うーん、そうだなあ。あとで後悔したくないっていうのがいちばん大きいかもしれないですね。

今井 それって、若いころからそうですか?

古賀 書籍をやりだしてからですね。週刊誌をやっていたときは、編集長から「一週間経てば世の中から消えちゃうんだから、賞味期限一週間の記事でいいんだよ」って言われていたんですよね。嘘が入っても、多少の煽りが入っても、一週間で消えちゃって一週間でみんな忘れちゃうんだから、とにかく引きの強いものを書けと。で、本の仕事に移ったら、今度は5年や10年の賞味期限を前提としたものをつくらなきゃいけなくなった。それまで週刊誌で培ってきたものが一切通用しないところに来たんだなという自覚はあって。そこからは、より誠実に原稿と向き合うようになりましたね。

才能は「やめるのに努力がいること」にこそある

今井 柿内さんはどうですか? こだわれる理由。

柿内 なんでなんだろうなあ。さっき楽屋で「最後にこの質問をします」って言われてからずっと考えてるんだけど、この質問自体が、ナンセンスだなと思ってて。

古賀 ははは!

柿内 さっきの今井くんのnoteの話じゃないけど、今井くんって、結局努力しないと続けられないことをやろうとしてるでしょ?  ぼくは逆で、努力しないとやめられないことをやってるんですよ。まわりの人から見た「柿内のこだわり」って、たぶんぼくはまったく努力していなくて。必須だからやってる、としか言いようがないんだけど。逆にそれをやめる方が大変なんだよね。

今井 やめる方が大変って、ほんとうはやめたいんですか?

柿内 わかんない。ただ、「やめるのに努力が必要なこと」をやれるような仕事ができている現状は、ラッキーなのかなと思っています。 趣味でサーフィンをやってて、本当に十数年間、毎週外房(千葉県の海)まで行ってるんだけど、「よく続けられますね」って同じようなこと言われるんですよね。特に今みたいな真冬には。

今井 思います。

柿内 でしょ? でも、続けようとがんばったことは一度もなくて、 逆に行かない方が努力が必要なんですよ。先週も一人で外房に行ってずっとこのクソ寒いなか、気づいたら4時間半入っていて。周りの人が入っては出て、入っては出て2回転ぐらいしてるなか、自分だけは4時間半ぶっつづけ。出るために時計をしてるんですよ。時計って、普通の人は時刻を確認するためにつけるものだけど、僕のサーフィンに限っては、これ以上は生物的に死ぬっていうラインを見極めるためのアラームですね。

今井 放っておくと、ずっとやっちゃうと。

柿内 そう。仕事もたぶん同じで。結局「やめるのに努力が必要なこと」をやっていればいいんじゃないかなと思います。そうすれば自然とこだわれるんじゃないですかね。質問の答えになってるかわからないけど。

今井 なるほど……。時間とか締切とか、そういう強制力がはたらかないとずっと書き続けたり、直し続けたりするようなことを仕事にしているから、ふたりはずっと「あのころのオレ」に勝てるわけですね。

柿内 気質を活かせるかだよね。自分の気質を見極める。その気質をさらに伸ばすために日々できることを設定する。作家もそういう部分を活かすと強さが出るんだけど、それは編集者も同じで。そういうところを探さないといけないし、そこを活かさないと。だから今井くんはもう、note書こうとか思わない方がいいよ!

古賀 ははは!

柿内 がんばっちゃだめだから!

今井 はい……! おふたりとも、ありがとうございました!

登壇者Twitter:古賀史健柿内芳文
撮影:飯本貴子

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