【前編】「編集者は『没頭』と『俯瞰』を何十回も往復せよ!」。古賀史健と柿内芳文、ふたりの研鑽はつづく

「神保町編集交差点」(主催:BLOGOS、企画:株式会社ツドイ)は、現場で奮闘する若き編集者の方々に、一線級の「編集術」を届けることを目的とした、月に一度の連続トークイベントです。このnoteでは、そのレポートを掲載させていただきます。

 最終回のテーマは、「『あのころのオレ』との戦い方」。古賀史健さんと、柿内芳文さんにご登壇いただきました。

 古賀史健さんは、累計75万部売れた『16歳の教科書』というシリーズを書かれたのち、いまや若手ライターのバイブルとなっている『20歳の自分に受けさせたい文章講義』を執筆。一方の柿内芳文さんは、『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』『漫画 君たちはどう生きるか』などの本の編集を担当されました。

 そんなおふたりがタッグを組んで作られたのが、言わずと知れた名著『嫌われる勇気』です。世界的ベストセラー並びにロングセラーとなり、今もなお売れ続けています。

 うらやましいほどの経歴を持つおふたりに共通するのは、現状に満足せず、最大のライバルは「自分」と語る点でした。名作を生み続ける編集者やライターは、どのように「あのころのオレ」と向き合い、過去の自分を乗り越えているのでしょうか。

「あのころのオレ」がどの「オレ」なのかも推測しながら、当日の様子をおたのしみください。聞き手は、株式会社ツドイの今井雄紀です。

3人の関係と、今回のテーマ

今井 (会場に向かって)本日は「神保町編集交差点」にお集まりいただき、どうもありがとうございます。これから本日のゲストをお招きするわけですが、最初にゲストのおふたりとぼくの関係についてお話しさせてください。

今井 まずは柿内芳文(@kakkyoshifumi)さん。『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』やホリエモンの『ゼロ』、『漫画 君たちはどう生きるか』などの編集で知られる方ですが、柿内さんはぼくの前職、星海社で星海社新書の編集長を務められ、ぼくにとっては直属の上司だった方です。一緒にお仕事させていただいた2年間はもちろん、職場が別になったあとも、ほんとうにたくさんのことを教えていただきました。

今井 続いて古賀史健(@fumiken)さん。古賀さんは、その柿内さんが一番尊敬していると明言されているライターさんで、星海社新書の『20歳の自分に受けさせたい文章講義』、それから『嫌われる勇気』などの本を柿内さんと一緒につくられています。ぼくはお仕事で直接ご一緒させていただいたことはないのですが、柿内さんを通じて公私ともどもお世話になっている方です。

今井 本日はそんなおふたりをお招きして「神保町編集交差点」の最終回を開催したいと思います。それではゲストのおふたり、ご登壇ください!

会場 (パチパチパチ)

今井 半年間かけて全6回、この「神保町編集交差点」を開催してきましたが、実は最初に決まったのがこの古賀さん×柿内さん回でした。

古賀 ふーん。

今井 おふたりともが「イベントには基本出ません」と公言されているのは知っていたのですが、公私ともよくしていただいているご縁もあり、今回ご好意で出ていただいています。

柿内 今井大先生様のお願いなので断れませんでした!

今井 恐縮です(笑)。おふたりにどうしても出ていただきたいと思ったのには理由がありまして……。おふたりにはもう、圧倒的な実績があるんです。しかも、一発屋じゃないんです。特大ホームランを、何発も打ってらっしゃると思うんですね。だから、もちろん実力も半端ないわけで。

古賀 いや、今井大先生にはとても(笑)。

今井 (会場のほうを向いて)あ、みなさん、今日の古賀さん・柿内さんはフランクに、時に怖い感じでお話しされると思うんですけども、それは二人の人間性がそうだということではなくて、距離の近い後輩のぼくの前だからだという、そういう前提で聞いていただければと思います。

古賀 よろしくお願いします。

今井 話を戻しまして。おふたりは実力も実績もすごいんだから、もうとっくに「あがり」を迎えたりとか、もうちょっと「調子にのる」ような感じがあってもいいと思うんですけど、本当に怖いぐらいにそれがないんです。それこそ古賀さんの言葉で、鳥肌が立つくらい感動したんですけど、ある時お話ししていたらですね……古賀さんのこの『20歳の自分に受けさせたい文章講義』って、これ読まれた方いますか?

会場 (多数挙手)

古賀 ああ、すごい。ありがとうございます。

今井 これ、すごくいい本じゃないですか。ぼくは今も、常に手に取れる位置に置いて仕事してるぐらい好きだし指針にしてる本なんですけど。

古賀 そういう嘘が嫌なんだよ。

今井 い、いや、ほんとうなんですけど、この本の内容を古賀さんは「恥ずかしい」とおっしゃるんですよ。つまり、いま読み返すと、ほんとうにクオリティーが低くて書き直したくてたまらないと。これはいつの本ですか?

古賀 6年くらい前じゃない? 2012年ですかね。

今井 ですよね。それ聴くと「もうやめてよ!」って思っちゃうんです。実績も実力もすごいんだから、せめて努力ぐらいやめてくれないと一生追いつきようがないじゃないですか。ふたりとも偉そうにしていい、ふんぞり返ってても誰も文句言わない力があるのにそれをしないし、むしろ前のめりに、貪欲に自分を伸ばしていくことを考えている。その気の持ちようと日々の努力の話を、今日会場に来た皆さんにも是非してほしいなと思ってお呼びしました。ずっと自分と戦って、常勝を収めているおふたりですので今回は「『あのころのオレ』との戦い方」というテーマでやらせていただきます。まず……。

柿内 ぶおおおお!!(思い切り鼻をかむ)

会場 (笑)。

柿内 ちょっと、いつもの鼻炎で。

「この編集者、ちょっと頭おかしいぞ」

今井 せっかくいい流れで来たのに! 早速「あのころのオレ」ということで話を聞いて行きたいんですけども。柿内さんは『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』を担当されたとき、何歳だったんですか?

柿内 25歳くらいかな。新卒で入って3年目の終わりですね。

今井 で、170万部ですよね。

柿内 それくらいですかね、はいはい。

今井 古賀さんはそのとき、柿内さんという編集者の存在をご存知だったんですか?

古賀 いや、そういう本が売れてるってことはもちろん知ってたけど、こういう人がいるっていうのは知らなかった。

柿内 古賀さんと僕の出会いは変ですよね。

古賀 うん、変ですね。カッキーが、あ、ぼくは柿内さんのことをカッキーと呼んでいるんでそのまま呼びますけど。もう10年以上前ですよね、とある経済系の企画で、彼がつぶしちゃった企画があったんですね。カッキーが著者の方にインタビューを繰り返して、本づくりを進めていたんだけど、どうまとめていいか分からないし、プライベートでも悩みごとがあった時期でぐずぐずになって、けっこう長いあいだ塩漬けしていたものが。

柿内 ああ、うーん。

古賀 それでしびれを切らした著者の方が、「いつまで待たせるんだ! もう、この原稿は引き上げる! 資料も取材音源もぜんぶ他の出版社に持ち込んで、どうにかしてもらう!」となっちゃったんです。

今井 大変ですね。

古賀 それで、他の版元の編集者さんが「あのー、『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』の編集者がやっていたこういう素材があるんですけど、古賀さん書いてくれませんか?」って振ってきて。つまり、カッキーのつくった取材音源や資料の山が、ぜんぶぼくのところに来たんです。

柿内 ……ほんとうにすみません(笑)。

古賀 いや、謝ってほしいのはここから(笑)。仕事を受けちゃったぼくとしては、当然渡された資料の山に目を通すことから仕事をはじめますよね。ところがその資料ってのが、ほんっとに今まで見たことないタイプの、曼荼羅みたいな資料で。なんて言うんだろう。テープ起こしの量もすごいんだけど、あのね、著者の人に取材したものじゃないですか? だから当然、普通はその人の話がいっぱい書いてあるはずですよね? でも半分以上この人(柿内さん)のサーフィンの話だったんですよ。

会場 (笑)。

柿内 いやいや、そんなことないでしょ!?

古賀 千葉にこういうサーフィン用の家を借りて、そこにサーフボードを置いて、週に1回サーフィンに行ってるっていう、その「おれのサーフィンの喜び」をずーっと語ってて。

今井 ははは !

柿内 そんなにサーフィンの話ししてましたかね?

古賀 めっっっちゃくちゃしてた。とにかく6割7割サーフィンの話で、もう相手の話全然聞いてない。

柿内 その著者もサーフィンをやってて、その共通の話題として! っていうのはちょっと補足させてください。

古賀 あとはまあ、関連資料として集めたんだろうけど、ほんとになんに使うんだろうっていうような資料の束がものすごい厚さで、ダンボール1箱分くらいあって。 クリアファイルあるじゃないですか? 100枚くらいの紙が収まるやつ。あれ一個に収まらないんですよ。関連資料そのものが。あふれきったクリアファイル自体が4つくらい、少なく見積もっても1000ページ分あったかな? 誰がなんのためにつくったのかもわからないような資料の山をドサッと渡されて、「これをどうにかしてください」みたいな状態で。それをなんとかまとめていくなかで、「この編集者、ちょっと頭おかしいぞ」って興味を持ったんです。

柿内 自分のフォローをするとですね、おそらくなんですけど、それだけたくさんの資料を集めて、一見関係ない話を山ほどしているというのは、著者の方と話しながらその人のコアになるテーマを見つけようとしているんですよね(笑)。

古賀 ああ、うんうん。多分そういう話も今日出るんだと思います。

編集の仕事にはセオリーがない

今井 そんなおふたりが、タッグを組んでつくられたのが『20歳の自分に受けさせたい文章講義』であり、『嫌われる勇気』ということになるんですけども。おふたりが出会う前、駆け出し時代のお話を聞かせてください。古賀さんがもうオレ食えるな、というかちょっと普通の人より書けるかもって思ったのは、どれくらいの時期なんですか?

古賀 うーん、それはねえ。もうこういう場に出てきて、みなさんになにか持って帰ってもらわないといけないので正直に言うけど、小学校のときから。

今井 ははは(笑)。

古賀 食えるというか、こういうことが得意なんだなと。自分で言うのは変だけど、作文とかスラスラと書けたんですよね。ただ、それでどうにかなりたい気持ちはまったくゼロで。なんて言うんだろう、学者になりたいのに足が速い、みたいな全然別の要素だったんです。ぼくは漫画家か、プロレスラーか、映画監督か、の三択しか夢がなかったんです。なので、全部の夢を諦めた後に「じゃあもう仕方がないか」「これで生きていくしかないか」っていうふうにしてライターになったっていうのがほんとうのところです。聞く人が聞けば嫌味っぽく聞こえるので、あまり言わないんですけど。

今井 はー。すごいですね。じゃあ、割とすぐに売れっ子ライターになった感じですか?

古賀 ううん。最初はぜんぜん。特にフリーのライターって、「編集者に見つけてもらうところ」から仕事がはじまるんですよね。だから、「早く誰か見つけてくれないかな」っていうのはずっと思ってました。

今井 ははは。こんないいのがいるのにって?

古賀 そうそう。いろんな人の書いたいろんな原稿を読んで、「オレが書いたらもっとおもしろくなるのにな」って思いながら、早く見つけてくれないかなあと。そうこうしてるうちに、こういう人(柿内さん)に出会ったという感じですね。

今井 なるほど。柿内さんは、オレ大丈夫かも、いけるかもって思ったタイミングはあるんですか?

柿内 あんまり考えたことないけど……。どうだろうなあ。古賀さんとは逆で、まだ確信はないかもしれない。むしろ、今やっと編集者のスタートラインに立ったというか。本とか企画の仕事って、アートみたいなところがあって、基本的に一点物じゃないですか。状況も違うし、著者の性格も主張も違うから、「このパターンを使えばぜんぶ通用する」っていうセオリーみたいなものは基本ないんです。なにをもって編集者と呼ぶのか、なにをもってプロと呼ぶのか、基準も定義もあいまいで。

今井 たしかに。

柿内 だから、編集者としての「自分はこれがあるからプロなんだ」っていうところを磨いておかないとダメになるっていう危機意識が、常にありますね。もともと弱者の発想なんですよ。だからぼくは弱者が勝つドラマが大好きなんです。感情移入は常にそっち。自分が強者の側にいるっていう意識がないんですよね。

今井 今でもないんですか?

柿内 全くないですね。性格だと思うんですけど。就職のときだって、古賀さんのように夢みたいなものはなくて、父親が編集者だし、本は嫌いじゃないし、っていう消極的な選択で、やりたいことが何もないからせめて知っている職業を、ということで編集者を目指したんです。そんな感じだから、どこも受からないわけですよね。出版社ばっかり50社くらい落ちちゃって。最後の秋採用の、新卒じゃなくて中途も一緒にやるタイミングでギリギリ拾われるという有様だったので。

今井 今なら各社取り合いになるでしょうに……。

柿内 まあそれで、最初に新書の編集部に配属されたんですけど、新書って基本的に「50代以上の人が50代以上に向けて」つくっているメディアなんです。なので、22歳の新卒が入っても、なにをやったらいいのか、どうしたらいいのか、まったくわからない。

古賀 わからないよねえ。

柿内 しかも本って、自分で企画を立てて、著者を口説いて、原稿にして、って1年ぐらいかけて自分一人で全部やっていかないといけないから、新人にはすごくシビアな現場なんですよ。雑誌はチームプレーだから編集長とかデスクに手取り足取り教えてもらえるんですけど、書籍は個人競技の要素が強いので、やっぱり3年間は使い物にならなかったですね。その苦しい3年間で「編集者ってなんだろう?」「はたして編集部に所属していれば編集者なのか?」「どのレベルに達すればプロと名乗れるのだろう?」みたいなことをずっと考えていました。その「使い物にならない」原体験があるから、いまだに弱者視点ですね。

「他のライターがこれを書いていたら、古賀さん悔しいでしょう?」

今井 ありがとうございます。続いて、そんなおふたりが考える「理想のライター・編集者」についてお聞きしたいなと思います。これは基点になるものがありまして。cakesというメディアに掲載されている記事の中で古賀さんが、「優れた編集者の5条件」 を挙げていらっしゃるんですね。

① 原稿を受け取ったら1秒でも早く返信する
② 褒め言葉は感情的に、直しの指示は論理的に
③ 褒めることに照れない、直すことに怖気づかない
④ 答えではなく、選択肢を提示する
⑤ 本を出した後のアフターフォローをきちんとする

何年も前の対談記事ですが、今見てどうですか?

古賀 うん。そんなにズレはないと思いますね。こういう人と組めたら嬉しいなあという気がします。

今井 ですよね? それでぼく、ずっと気になっていたんですけど、これを柿内さんに当てはめたとき、どうなんでしょうか?

古賀 えーっと……。

柿内 まあ、①の「1秒でも早く返信」は自分でも違うと思います。

会場 (笑)。

古賀 締切が過ぎたあと、編集者から逃げ回る作家やライターって、よくいるんですよ。電話がつながらなくなったり、メールの返信が返ってこなかったり。

今井 ええ、ええ。よくドラマなんかでもありますね。

古賀 ところが、彼の場合は逆なんですよ。とにかく、この人が捕まらないんです。『20歳の自分に受けさせたい文章講義』や『嫌われる勇気』をつくっているときはまだLINEよりもメールのやりとりがメインだったんですけど、もちろん返事は返ってこないし、電話をかけても不在だし。だから①の「原稿を受け取ったら1秒でも早く返信する」は、まったく当てはまらないです。

今井 なるほど、むしろ柿内さんのほうが作家側だと。

古賀 で、②の「褒め言葉は感情的に、直しの指示は論理的に」という条件でいうと、前者の「感情的に」に関しては、彼は抜群にうまいというか……それしかできない(笑)。

今井 わはは(笑)。

柿内 あれ? ぼく、論理的な方かなーと自分では思ってたんですけど!?

古賀 それこそ『嫌われる勇気』をつくっていたころですけど、コイツすげえなって感動したやりとりがあって。一章くらいまで書いたサンプル原稿を送ったんですよね。「いま、こんな感じで書いてますけど、どうですかね?」って。そしたら、「早く続きが読みたいです!」っていうひと言がどんっと返ってきて。それはもう、いちばんいい返事ですね。ぼくからすると。感想でもあり、後押しでもあり、催促でもあり。

今井 はあー! おもしろいですねえ!

古賀 あとはそうですね、もうちょっと進んだ段階のまた原稿を送ったら、「これは素晴らしいですね」っていう話をしつつ、「だって、他のライターがこれを書いたら、古賀さん悔しいでしょう?」って言うんです。

今井 すごいやりとりですね。実際、古賀さんは他のライターさんがあの原稿を書いていたら……。

古賀 そりゃ悔しいだろうし、それはきっと彼も同じだったんじゃないですかね。ほかの編集者さんがこんな本をつくっていたら悔しいと。

今井 続いて、「直しの指示は論理的に」とされていた、原稿への指摘についてはどうですか?

古賀 直しの指示については、ほんとうにねえ……(笑)。これは彼だけがやってくることなんですけど、たとえば原稿の最後10ページくらいに、ぐるぐるぐるって赤ペンでぜんぶマルをつけてあるんですよ。で、なんだろうと思って最後のページを開いたら、でっかい文字で「フィナーレ感を!」ってひとこと書いてあって。

会場 (笑)。

柿内 ぼく、おもしろいこと言いますね! 全然覚えてない。

古賀 なんだろうフィナーレ感って?って(笑)。まあ、編集者はいろんなスタイルの方がいて、丁寧に赤入れをして「ここをこういう風に変えましょう」っていう指示をする方もいれば、ぼんやりした感情を伝える方もいるし、ほんとにいろいろなんですけど。カッキーのボキャブラリーは独特ですね。

今井 読み解く側が苦労しそうな(笑)。

古賀 でも、それは正解なんですよ。ぼくが出した原稿には、たしかに「フィナーレ感」が足りなかった。そうやってお題を与えられて、「じゃあこういうふうにしたら、あいつもびっくりするんじゃないか?」みたいなコールアンドレスポンスが、彼とはよくできてる気がします。

柿内 「フィナーレ感」はいい表現だなあ。ちょっと使わせてもらいます。

古賀 だから、あんたが言ったんだよ(笑)。

今井 えーっと、では残りの3要素はいかがでしょうか。③の「褒めることに照れない、直すことに怖じ気づかない」、④の「答えではなく、選択肢を提示する」、⑤「本を出したあとのアフターフォローをきちんとする」。

古賀 うーん。

会場 (笑)。

柿内 まあでも一個できればいいってことでよろしいでしょうか!

古賀 うん。褒めることに照れない、っていうのはカッキーの得意技かな。ぜんぜん照れない。

今井 「直すことに怖気づかない」はどうですか? 柿内さん、結構ギリギリまでやられるイメージがあるんですけど。

古賀 ああ、それはそうなんですけどねえ。ただ、ぼくがこの記事(編集者の5条件)で言っていた「直し」ってのは、赤入れレベルの話なんですよね。著者やライターに遠慮せず原稿に手を入れて直せるかという話。もっといえば、心がけひとつで誰にでもできる話しかしていない。で、カッキーの場合は、「ぼくはもっとこういう原稿が読みたい!」っていう無理難題を、最後の最後、ギリギリのタイミングまで投げ続けてくるっていう感じなので。直すというより、「要求することに怖気づかない」がカッキーですね。

柿内 もちろん、それは相手が古賀さんだからっていうのもありますよ! コミュニケーションの仕方は人によって違ってくるので。でもやっぱり、いちばん重要なのは「フィナーレ感」。

会場 (笑)。

柿内 自分をフォローするために言いますけど、って、今日はずっと自分のフォローしかしてないですけど(笑)、当時のぼくは100%それが足りないと確信したんですよ。そして「フィナーレ感」という、あのとき、あのタイミングの古賀さんに対していちばん適切な言葉を出せた。それは、深く潜れた証拠なんです。

今井 深く潜れた証拠?

柿内 没頭、没入ができている。ぼくの場合、深いところまで潜っていけたときほど、指摘が抽象的になる傾向があります。やっぱり「てにをは」レベルの細かい指示しか出ていないっていうのは、そこまで没頭してない証拠なんですよね。ロジックだけを見て、当事者じゃないところから観察してる感じ。観察してるときは、論理の指示になると思うんですけど、没頭してるときって感情の指示しか出ないですね。

古賀 すばらしい。そういう話が聞きたかった。

柿内 あと、もちろん早く返信した方がいいっていう理屈はわかってるんですが、自分の中でそのモードになんないといけないんですよね。これが自分のダメなところで。

古賀 なんのモードだよ。

今井 えーっと、それって、他にやらなきゃいけない雑務があるとできないってことですか?

柿内 みたいな場合もそうだし、とにかく100%の意識が向いて没頭状態になっていないとできない。真剣勝負のテンションが24時間続いてるようなマッチョな人だったらよかったなあと思うんですけど、ぼくはそうではないんで。

ライバルは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』

今井 そうしたやりとりのなかで、古賀さんが得た学びみたいなものはあるんですか?

古賀 もちろん。書籍って、定期購読されるような雑誌と違って、基本的に「立ち読み」が入口にあるメディアじゃないですか。立ち読みしておもしろくなかったら、そこでパタンと閉じておしまい。だからぼく、ずーっと「導入」を大切にしてたんですよね。本は導入が命で、「入口をどう設計するか?」でお客さんがレジまで持っていってくれるかどうかが決まる、という意識でずっとやっていたんです。

今井 入口の設計。

古賀 うん。それはそれである程度うまくいっていたんですけど、彼と本をつくるようになっておどろいたのは、彼は完璧にフィナーレ感、つまり「出口だけ」を意識してるんですよ。「出口をどう設計するか?」を必死に考えているのが彼で、入口の設計を必死に考えているぼくとは真逆だったんです。たぶん、その組み合わせがうまくいったんだろうと思います。

今井 おもしろい。柿内さん、いかがですか?

柿内 確かに「出口」はすごく意識しているし、特に『嫌われる勇気』はそうですよね。本の入口って、どちらかというとプレゼン的な要素があるじゃないですか。その本のゴールはどこなのか、なぜ「私」がこれを書くのか、自分になにをもたらしてくれのるか、どうやってゴールにたどり着くのか、その根拠はどこにあるのか、みたいな論理的な説得が必要なんですけど、出口は感情なんです。ぼくが出口をすごく意識するのは、完全に映画の影響ですね。あらゆるエンタメのなかで映画がいちばん好きで、ぼくが編集するときのベンチマークは、常に映画。どの本も『バック・トゥ・ザ・フューチャー』とか、クリストファー・ノーランの映画と戦っているつもりなんですよね。ああ、ほんと、『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART1』のラストシーンの興奮を超えるものって、世の中にそうそうないですよ! ……って、あれ? なんか会場のみなさんリアクション薄いですけど、いまめっちゃいいこと言ってますよ(笑)。

今井 (笑)。

柿内 もう、かまわず進めますけど、ぼくは親が映研出身だったということもあり、まだ字幕の読めない5歳の頃から、毎週のように映画館で映画を観てきました。そうするとどんどん、80年代ハリウッドの王道映画に染まっていって。小学校のときに『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の全作を劇場で観てるし、『グーニーズ』や『ゴーストバスターズ』なんかもそうです。ぼく、町田の出身なんですけど「まちえいグリーン劇場・ローズ劇場」っていう小さな映画館があって、いまのシネコンと違って、昔の映画館は地下にあるんですよ。

今井 ああ、いまも単館系だとそういうところ、多いですよね。

柿内 そうそう。これ大事なところなんですけど、小学生って、昼間に映画を観に行くんです。土日の昼間がほとんど。それで『グーニーズ』とかに没頭して、席を立って、薄暗い階段を上がって地上に出たとき、外の光がバーっと目に入ってきて現実に戻る。だけど、まだ現実感がないというか、自分がどこにいるのかわからない。映画の世界に没頭しすぎちゃって、土日の昼間だったことを忘れてるんですよ。

今井 あー、なるほどなるほど!

柿内 本も基本は同じだと思っています。だから、他の本と比較して考えていないんですよね。元々そんな本好きでもないし。だから、僕がベンチマークにして、目標にしているのは、映画の体験なんです。

古賀 ここで少し現実的な話をすると、ぼくが「入口」を大事にしているっていうのは、「いかにして買ってもらうか?」に注力しているからなんですよね。一方、彼が「出口」を大切にして、フィナーレ感とか読後感を重視していることの効果は、読後感がよければクチコミにつながっていくんですよ。読後感がいい本については、「こんなおもしろい本があったんだよ!」ってみんな言いたくなるし、人に勧めたくなる。

今井 なるほど。

古賀 だから、ぼくは彼に出会うまで「買ってもらうための本づくり」をずっとやってきていて、彼と出会ってからは「買ってもらった本は、どう広まっていくか」を学んだっていう感謝の気持ちは確実にありますね。

今井 それは⑤の「本を出した後のアフターフォローをきちんとする」とはちょっと違う話ですかね?

古賀 まったく違います。

会場 (笑)。

没頭と俯瞰を行き来するのが編集者

今井 柿内さんは、理想の編集者というと、どんな条件を思い浮かべますか?

柿内 どう言えばいいのかな、同じ質問でも、その時によって回答が違うんですけど(笑)。僕はだいたい、その1週間前後に起きたり考えたりしたことと結びつけた話しか、しないんですよね(笑)。1か月以上前のことは、ほとんど忘れちゃうんで。

今井 柿内さんの口癖のひとつに「この話、したっけ?」がありますもんね。

柿内 そう。編集者ってすごく不思議な職業だと思うんです。自己紹介をするとき、出版業界の人間には通じますけど、そうじゃない人に言うと、いまいちなにをやってる人なのか伝わんないんですよね。「集めて編む」って書いてあるけど、なにを集めるの? って感じだし。ほら、医者とか弁護士だと免許があって、プロとしての証明書みたいなのものがあるじゃないですか。

今井 はい。

柿内 じゃあ編集者はどうなのか。編集者ってやる仕事の範囲が広くて、なんでも屋みたいな感じなんですよね。

今井 なんでも屋。

柿内 こうやって今井くんがやってるように、司会をすることも編集者の仕事でしょ。あるいは、作家をカンヅメするためにホテルの手配もやる。書店をまわる、プロモーションで地方に行く、宣伝もガンガンやる、企画ももちろんやる。必要なら雑巾がけでも裸踊りでもやる。が、ゆえによくわかんないし、編集者自身もよくわかってない。ぼくも含めて。

今井 柿内さんも、ですか?

柿内 うん。なので、自分なりの解釈や定義づけをしないと、自分の役割や強みがなんなのか、なにを鍛えていかないといけないかわからなくなるんです。作家には、表現する才能があります。それと対峙するときに、編集者としての自分はなにを武器とするのか。真摯に考えないと作家の才能に対して失礼だなと思うわけですよね。これは、編集者になってから十数年間、ずっと考え続けています。

今井 そんなに、長く。

柿内 ぼくは基本的に、なんでも自分で定義づけをしたい人間なんです。ぼんやり理解したくない。なので、言葉にするまで考えるクセがあるんですよ。しかも、同じことをずっと、十年間でも考え続けられるんですね。苦痛じゃないんですよ、それは。そのなかでひとつの答えというか、現時点でのぼくが理想とする編集者像を具体的に示してくれたのが、1週間ちょっと前に観た 『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』という映画でした。

古賀 へええ、観てない。

柿内 マクドナルド創業者のレイ・クロックの自伝をマイケルキートン主演で映画化したもので……今井くんは観たよね?

今井 今すぐ観ろって柿内さんがわざわざ電話してきたので、観ました。おもしろかったです!

古賀 その今井くんの取って付けた感、ほんと薄っぺらいよね(笑)。

会場 (笑)。

柿内 ぼくも、劇場では観てなくて。cakesの加藤さんに勧められて観た映画です。どんなお話しかというと……いいですか? このままお話しして?

古賀 もちろんどうぞ。

柿内 まだ「ファーストフード」という言葉もない1950年頃、アメリカの田舎町に、マクドナルド兄弟が経営する特殊なハンバーガーショップがありました。なにが特殊かというと、そのお店ではハンバーガーが工業製品のように分業制でつくられていて、注文からたった30秒で提供されるシステムができあがっていたんです。これは、マクドナルド兄弟が厨房の仕組みを徹底的に考えて、何回もトライアンドエラーを重ねた結果でした。そこに、レイ・クロックという、50歳を超えた、成功を夢見る営業マンがやってくるんですね。

古賀 はい。

柿内 彼はマクドナルドの仕組みに感動し、「自動車のフォードシステムに並ぶ発明だ! これはフランチャイズ展開しないとダメだ!」と兄弟に提案しました。提案が受理されて、レイ・クロックはこの店を全国に広げるんですけど、段々とマクドナルド兄弟とそりが合わなくなって、喧嘩して裁判して、最終的にはマクドナルド兄弟が権利を手放して、レイ・クロックが全部乗っ取っちゃったという話なんです。今井くん、あの映画、どう思った?

今井 いや、正直いうとマクドナルドのイメージが良くなったのか悪くなったのかわかんないというか。創業者の兄弟は職人タイプで、とにかく美味しいものを早くつくるっていうことだけに情熱を燃やしているんですけど……。

柿内 すごく真面目な、純朴な兄弟のなかに狼みたいな人間(レイ・クロック)がひとり入ってきて。でも、だからこそ現在のマクドナルドはできたという話ですね。レイは、ハンバーガーをどうつくるかというより、「マクドナルド」というブランドをどう広げるか、どうビジネス的に大成功するかにしか興味がない。

今井 柿内さんはマクドナルド兄弟とレイ・クロック、どちらに感情移入するんですか?

柿内 両者ですよ! この、ある意味対極にいる2組を頭のなかに同居させた存在を目指すべきではないか。それが、今日時点でのぼくの理想の編集者像です。

今井 そこ、もうちょっとわかりやすく説明を(笑)。

柿内 ええー、今の話で十分でしょ(笑)。まあもう少し説明しましょう。要は、マクドナルド兄弟が「没頭」で、レイ・クロックが「俯瞰」なんですよ。企画系の仕事だと、ディレクタータイプとプロデューサータイプって言われるような話です。ディレクターは現場に立ち細かい指示を出すのに対して、プロデューサーは広く俯瞰して全体最適を目指す。編集者に限らず、「君はディレクタータイプだね」とか「プロデューサータイプだね」とか言うじゃないですか。ぼくはそれを「没頭」と「俯瞰」だなと思っていて。

今井 へえー。

柿内 ぼくはよくディレクタータイプだとか、職人タイプだって言われることがあるんですけど、自分では全くそうは思っていないんですよね。あまりに現場に入り込んで没頭しているからそう見られるのかもしれないけど、ぼくが自認している自分の強みは、没頭と俯瞰の両方だなと。10段階で言うところのどちらも7〜8ぐらいのスコアで、両方を「上の下」レベルでは持っているんじゃないかと、思っています。

今井 へー! ぼくも柿内さんは、職人タイプ、モノとしての完成度を高めることに長けた人だと思っていました。そこに突き抜けたタイプかと。

柿内 今井くんさあ、近くにいるのに全然見えてないよね(笑)。没頭と俯瞰、どっちかのタイプに10振り切れてる人、もっといえば10以上に飛び越えてしまっているスーパーマンは、大勢いるんですよ。ただ、両方を高レベルで持っていて、そこをまあ、掛け算というか何十往復もしながら考えられる人っていうのは、実は少数派じゃないかと思っていて。ぼくが目指しているのは、このタイプです。

古賀 なるほど。

柿内 ここで、定義づけをしましょう。没頭の仕事というのは、ひとことで言えば「強さをつくる」ことであり、俯瞰の仕事は「文脈をつくる」こと。編集者の仕事っていうのは究極的にシンプルにいえば、この「強さをつくる」ことと「文脈をつくる」ことの、たった2つしかないんですよね。日々行っている広範囲の仕事は、すべてこの2つのどちらかに収斂していくものだと思っています。

今井 強さをつくるというのは、いいものをつくるってことですか?

柿内 うーん、いいものをつくるっていうより、作家その人自身やテーマの奥の奥の奥に眠っているコア、いわば「核」みたいなものを探って、掘り出すみたいなイメージかな。だいたいにおいてそれは、作家の狂気の部分であったり、テーマの本質にあるのですが。そしてそれを、最大限にまで燃やしていく。

今井 ああ、柿内さん、しょっちゅうコアや本質がどうのとか、爆発させたいって言ってますもんね(笑)。

柿内 でも、そうやって没頭でつくったものも、正しい文脈に置かれないと強さが活きなかったり、そもそも誰にも気づいてもらえないから、俯瞰の視点も絶対に必要です。レイ・クロックは兄弟のハンバーガー屋を裁判所と教会のようにどの町にも必ず存在する場所と位置づけ、教会のシンボルである十字架に並ぶ記号として、あの黄色いアーチをつくったりしましたが、まさにこれは「文脈をつくる」俯瞰の仕事ですよ。

今井 なるほど、なるほど。だんだん言っている意味がわかってきました。

柿内 ぼくは、没頭と俯瞰という2つの仕事を意識的に切り替えるようにしていて、没頭しながら俯瞰もしているし、俯瞰しながら没頭もしているっていう。マクドナルドは裁判になってしまいましたけど、ぼくの頭のなかだと仲良く同居しているんですよね。 マクドナルド兄弟とレイ・クロックが。

今井 喧嘩しないってことですか?

柿内 喧嘩しててもどっちの立場もわかるから。まあ今回はこっちだよねって。裁判しなくてもいい。

編集者とは「永遠の初心者」である

今井 古賀さんは今のを聞いてどうですか? その通りだと思われますか?

古賀 うーん。ちょっと話が長すぎて、よく分かんない(笑)。

会場 (笑)。

古賀 でも、彼と仕事すると、ものすごく俯瞰しているのは実感するんですね。それは『嫌われる勇気』でも『20歳の自分に受けさせたい文章講義』でも、いちばん最初にぼくが構成案と呼ばれる、目次案みたいなものをつくって、彼に見せるじゃないですか。

今井 はい。

古賀 そうすると、すぐに「2章のここと6章のこの話はバッティングしませんか?」みたいな答えが出てくるんですよ。

今井 ええーっ?

古賀 これはこの人の特殊能力で、構成案を見ただけで、本の姿が全部見えちゃうんです。もちろん一字一句までは見えないけど、大体のイメージっていうのは見えていて。例えば240ページの本があるとしたら、60ページ目にこういう話が出て、198ページ目ぐらいにこういう話が出てきて、こことここは重複するとか、そういう細かいところがかなり早い段階で、ぼくが原稿を書く前からもう見えちゃう人なんです。そういう俯瞰は常々実感していますね。ただし、それはトレーニングよりもセンスや才能の部分だと思うんだけど。

今井 そんなこと、普通できないです。

古賀 あえてたとえるなら、サッカー選手の中田英寿みたいな人が「なんでそんなとこ見えてんの?」っていうようなところにすごいパス出したりするじゃないですか。ああいう、ひとりだけフィールド全体が見えている姿に似ていて。ふつう、自分の視点というのは、スマホで撮影している動画みたいな絵なんだよね。カッキーの場合は、それと同時にドローンの空撮ができている。そういう力のある人です。

今井 柿内さんは、そうやって没頭と俯瞰を往復するために、なにか意識的にやられていることってありますか?

柿内 実は、日々めちゃくちゃ訓練していますね。もう15年ほど。そうだなあ、たとえば最近ぼく、料理に没頭しているんですよ。2年前ぐらいまではまったくしなかったんだけど、いま料理にハマってて。それで料理の入門書っていうのを100冊くらい買って読んだんですけど、驚くべきことに「真の入門書」が1冊もなかったんですよ。

今井 はい?

柿内 これ、「入門書ってなんぞや?」っていう話なんです。なにをもって「入門」っていうタイトルをつけてんの、と。だって最初のレシピから「塩 少々」とか「塩 ひとつまみ」って書いてあるわけですよ。

会場 (笑)。

柿内 いや、ひとつまみって、この面積(自分の指先を見せて)によって違うじゃないですか。え、少々ってなによ? 朝青龍と俺の少々は同じかよ、って。0.5グラムとか書いてくれないとわかんないよ、っていう。もっとびっくりしたのは、「醤油 大さじ1」とか書いてるじゃないですか? え、どの醤油? って。

古賀 わはは。

柿内 しかも平気で「砂糖」って書いてあるじゃないですか。それで砂糖を買いに行くじゃないですか。でも、スーパーに砂糖って置いてないんですよ。知ってました? 「砂糖」っていう商品はないんですよ。ナントカ糖しか。

今井 上白糖とか、グラニュー糖とか。

柿内 売り場の前で「OH! どれがあの本の『砂糖』なの!?」って思うわけですよ。黒糖でもいいの?

古賀 三温糖だったら味が違うだろ、とかね。

柿内  そう。砂糖って大まかなジャンルでしかないのに、堂々と「砂糖 大さじ1」って書いてあるわけだから。「キッコーマンの特選丸大豆しょうゆを大さじ1」とかって書いて欲しい。そこで思うわけですよ。レシピをつくった料理家と、オレがいまつくったやつ、絶対に味違うよ? って。だって、砂糖や醤油の種類が違うんだから! 火力も違うから、あんたの中火はオレの強火かもしれないって!

会場 (笑)。

柿内 結局これって、初心者目線でつくってないんですよ。料理家がレシピにそう書いちゃうのはいいんですよ。「少々」でOK。でも、編集者は違うじゃないですか。ちゃんと指摘しないと。こういうことを言うと「細すぎる」とか言われるんですけど、そうじゃないんですよ。前置きが長くなりましたけど、こうやって、みんなが逃しちゃう感覚を日々キャッチしてるっていうのは、あるかもしれませんね。

古賀 えーっ。いまの話、翻訳しましょう。

会場 (笑)。

古賀 彼はいろんな分野において、永遠の初心者なんですよ。初心者の自分をキープしているから、自然と俯瞰になる。細かいところに目がいっているように見えるけど、そうじゃなくって、いつだってその分野の「そもそも〇〇とは〜」から話が始まるわけです。それはどんな分野の本をつくるときでも同じで。

今井 柿内さんが「永遠の初心者」というのは、すごくわかる気がします。

古賀 ふつう、一冊の本をつくっていくと、その過程でどうしても編集者やライターが専門家になっていくんです。その分野の専門知識を知らないと、本なんてできるわけがないから。そして専門家になった結果、読者との距離が離れてひとりよがりな本になっていく。でも彼の場合、「初心者としての自分」を見失わないから、いつでも俯瞰に戻って物事を考えることができる。どんなに没頭していても、ほどよいタイミングで「そもそも、これってなんだっけ?」に立ち返る。 その往復運動みたいなことができるんですよね。

スーパーでも「俯瞰」

今井 なるほど。柿内さんの「そもそも、これってなんだっけ?」が俯瞰の視点で……。

柿内 ……もうひとつあった! スーパー!!

今井 急に大声出さないでください。

柿内 スーパーで、食材が見つからないときって店員さんに聞くじゃないですか?

今井 はい。

柿内 料理をやっていると、スーパーに行くのが楽しいんですよ。ディズニーランドみたいなものなんで。入場料無料のディズニーランドが街に3つ新設されたみたいな感じなんですよ。

今井 ちょっとなに言ってるかわからないですけど。

柿内 (無視して)2年も料理やっていると、新しい食材を試したくなるんです。でも、買ったことない食材って、どこに置いてあるのかわからない。店員さんに聞くと探してくれて、それで見つかることもあるんですが、「ちょっと、いま置いてないですね」って言われることもありますよね。ぼくはこの言葉、絶対に信じないんですよ。

今井 やば。

古賀 どうするの?

柿内 必ずもうひとり、別の店員さんにも聞くんですよね。そうすると案外あったりするんですよ。

今井 へえー!

柿内 これなんですよ。俯瞰と「疑い深い」ってほぼ同義だと思うんですけど、スーパー全体の視点から見ると、これは嘘というより必然なんですよ。スーパーってたぶん売り場ごとに持ち場が分かれていて、それぞれ担当があるわけです。

今井 そうでしょうね。

柿内 店員さんからすれば、移動中にたまたま呼び止められただけですよね。商品の在処を聞かれて「どこだろう?」と考えている時点で、その人はその売り場担当じゃない可能性が高い。担当なら、覚えているはずですから。

今井 なるほど。

柿内 二人目に聞くと、ないと言われたものが結構なケースで見つかるんですよね。野菜コーナーで探してた山椒の実が、実は瓶詰めコーナーにあったりとか。

今井 スーパーでそう考えるようになったきっかけとかあったんですか?

柿内 いや最初から俯瞰してるんで。そもそも信じてないんですよ、一人目を。

今井 なるほど……。

柿内 例がよくないですね。

会場 (笑)。

古賀 フォローできない(笑)。

「ビジネス書をつくったことは一度もない」

柿内  俯瞰って、なかなかむずかしいんですけどね。普段はほんとうにどこの文脈に置くかみたいなことばっかり考えてるんですよね。エロは、アートの文脈に置けば許される本当の理由はなんなのか、とか(笑)。

古賀 だから、さっき彼が「自分のライバルは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』だと思ってる」って言っていたのと一緒なんだけど、彼と本をつくっているときに、たとえば『もしドラ』みたいな本をつくりましょう、という話には絶対ならないんですよ。

今井 それはつまり、最近売れたものを作りましょうみたいな?

古賀 うん。それ以前に「類書」を考えるという発想がまったくない。なんなら、読んでない。代わりにたとえに出してくるのが、「『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のような本をつくりましょう」みたいな80年代の映画だったりするんですよ。そういう意味ではもう本っていう媒体そのものを俯瞰してるし、疑っちゃってますよね。エンタメっていうでっかいフィールドを見ていて、そのなかでこのテーマにいちばん合っている文脈はあの映画のなかにある、みたいなことを考えている人ですね。

柿内 たしかに、あんまり本にこだわってないかもしれませんね。心を動かされる対象ってなんでもいいと思っているんで。本を読んだ感動を誰かと分かち合えたとかでも、おいしいラーメンを食べたとかでも、感動を分かち合う対象はなんでもいいじゃないですか。ぼくはそれにあんまり差を感じていないですね。さっきも言ったように、そもそも、どうしても編集者になりたいと思っていた人間でもないので。

今井 変な話、いまでも編集者やめていいと思ってるんですか?

柿内 同居してますね。これが天職だという気持ちと、別にどんな仕事でもいいって気持ちが。あんまりこだわりはないです。

今井 職業を変えようと思ったことは、いままでないんですか?

柿内 それはやっぱり、これだけ長い間やってくると、培ったものを活かしていくっていう発想にはなりますけどね。ぼくの立場って、人によって解釈がまちまちなんですよ。新書やってるときは新書の人って言われたし、いまは「あー柿内、ビジネス書の編集者ね」って言われることもあるし。ビジネス書つくったこと、一度もないんだけどなと思ったり。

今井 ご自分では、そういう認識なんですね。

柿内 ぼくはずっと知と読者との架け橋や体験価値をつくっているだけで、ビジネス書というジャンルをつくったことはないんです。

今井 じゃあ、ただの「編集者」と言われれば納得感あるんですか?

柿内 それだったら、納得できますね。生き方としての編集者を目指したい。もちろん、新書にしろ、ビジネス書にしろ、漫画にしろ、やっていくなかで媒体の特性をどう活かすかみたいなところはすごく考えますが。

今井 柿内さんのその「考える」って、具体的になにをするんですか? メモを書くんですか?

柿内 たしかにメモは何百枚もとっていますが、見直すことはほぼないですね。基本的にずっと頭のなかでネチネチ考えているのと、あとめちゃくちゃ思ったことや考えたことを人に話しますね。ぼく、隣に自分がいたら嫌ですもん。

会場 (笑)。

今井 あ、いちおう自覚はあるんですね。

柿内 すごく、あります。新卒で入った会社の尊敬している先輩に、さっきの「スーパー店員の『置いてません』は一回疑った方がいいですよ!」みたいな馬鹿話をよくしてたんですけど、途中で「わかった柿内。じゃあそろそろ、仕事に戻っていいか?」って言われたりして。

会場 (笑)。

柿内 たしかに馬鹿話だし、一見まったく仕事に関係ない話をしているかのようだけど、ぼくのなかだと100%仕事の話なんです。

[後編は下記リンク先からお読みください。]

登壇者Twitter:古賀史健柿内芳文

撮影:飯本貴子

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