来年は、絶対に行こう

親子3代で通う、居酒屋がある。
親子3代というのは、私の父と、私と、私の息子。
息子は まだ9歳だから飲めないんだけど、居酒屋で誕生会をやる。
どうしても、そのお店の大きなお握りと、鶏肉の山賊焼という揚げ物が
食べたいのだ。
誕生日は 5月の連休前だから、その頃になると ウズウズして
「母ちゃん、いつになったら、お店予約してくれんの?」と聞く。
電話すると お店のお姉さんが「そろそろだと思ってたんだよ〜」と
笑いながら電話に出る。親父さんが「2階の部屋、取っといたよ」と
奥で言うのが聞こえる。

いつもの年は、妹が東京から帰ってきて、両親と私たち夫婦と妹と息子の6人で
2階の部屋で乾杯する。息子は 氷タップリのジョッキに烏龍茶を入れて飲む。

私が初めて 父と一緒にその店に行ったのは、20歳を過ぎて お酒が飲める
ようになってからだった。カウンターを予約していた父が美味しそうにビールを
大ジョッキで飲む姿をみて、私は中ジョッキで、と頼んだ。居心地の良い店には
いつも沢山の常連さんがいた。いつも 楽しそうな雰囲気だった。

小さい頃から 父はキリンの瓶ビールを飲んでた。ご機嫌が良い時も悪い時も。
巨人が勝てば、一本多くて、巨人が負ければ、やけ酒で一本多くて。
晩酌って 毎晩 飲むもんなんか?と思ってた。けど いつの間にか休肝日を
設けていた。そんな父が よくこの店で おじちゃんに「いつか娘と一緒に
ジョッキで飲みたい」と言っていたらしい。
私が結婚した相手も 実はこの店の常連さんだった、と後から知った。
父は 仕事柄 夫のことを知っていたのだけれど、この店に通っていたのは
知らなかったらしい。店のおじさんに「いやぁ、どこで どう繋がるかってのは
分からないもんだねぇ」と しみじみ言われたのだ。

飲兵衛の父と飲兵衛の夫の血を引いているのだから、息子が赤提灯が好きなのは
仕方ないのだけれども。小学校1年生のお誕生日に ケーキよりも「山賊焼」と
言った時は、流石にビックリしてしまった。
ところが それを嬉々として真に受けた父は 早速 電話して予約したのだ。
「これからは、孫も一緒に行くから」と。
息子はお店の名前を見て「僕ね、習った漢字で全部書けるよ!」と誇らしげに
言った。それで お店のお姉さんたちからも「僕は賢いなぁ」と褒められた。
何が自信に結びつくのかは、分からないものだ。
それで息子は すっかり漢字が得意になった気がしているのだから。

春、緑の美しい気持ち良い季節に 皆で飲む。笑いながら 騒ぎながら。

そんな誕生会が 今年は出来なかった。
「どうしてダメなの?どうして アイちゃんは、帰って来ないの?」
9歳の自閉症児は しつこい。自分が納得できないことは、納得しないから
納得できる説明がないと 本当にしつこい。
新型コロナでダメなんだよって、何度も説明しても 本当に納得なんて
出来ないんだから 説得もできない。
「僕の誕生日会なのに」
そうだよね、誕生日会は あの居酒屋で、やりたいんだよね。
今年は無理だよ、という代わりに、居酒屋からテイクアウトした。
山賊焼と、焼き鳥と、フライドポテトと サラダと もつ煮と。
「お握りは どうするの?」と聞くと「おにぎりは、あそこで 焼き立てを
食べたいんだ」とグルメな一言。はい、そうですか。
お店の2階じゃない、そして祖父母とも別々。でも いつものメニューで
誕生日会。桜の咲き終わった頃、緑に輝く山を見ながら。

「お店のチカチカした灯りが良いんだよ。赤い提灯も良いんだよ。」
知ってるよ、そんなこと。お店のおじちゃんもお姉さんたちも 元気にしてた。
「コロナが収まったら、ぜひ 来てねって 僕ちゃんに伝えてね。」って
言付かったんだよ。「おにぎりは ここじゃなきゃ、ダメなんだって」と
伝えたら、お店のおばちゃんが涙を浮かべながら「そんな事いわれちゃ、
もっと張り切らなくちゃね!!」って言ってた。
リモートで 私の両親と、妹と、私たちを繋いで「誕生会」をやった。
画面越しの顔ぶれだけど 楽しかったよね。

夏が来て、生ビールの美味しい季節になっても 新型コロナは収まらなかった。
妹は帰って来られなかった。だから 暑気払いもリモートで、そして
いつもの居酒屋のテイクアウトで。
「生ビール 飲みたいなぁ」という 父のボヤキが忘れられない。
妹なんて「私は、テイクアウトも無いんだから、文句しか無いわ」と言った。

我慢の夏が終わり、秋になっても 新型コロナが収まらず、お店のことも
心配になってきた。両親の結婚記念日が10月なので またテイクアウトで
お祝いしたいという。電話してみた。
「お陰様で近くの人たちが 夕飯食べに来てくれるんだよ。一人ずつでね。」
やっぱり おじちゃんの笑顔が見たいんだよね。
テイクアウトで色々 頼んで やっぱり リモートで飲み会をした。
「大きなコップ(ジョッキのこと)で 烏龍茶のみたいなぁ。」
今度は 息子がぼやいた。

こんなに何度も テイクアウトで飲み会やっても、あの高揚感は味わえない。
あの店で、ジョッキで 生ビール飲みながら 山賊焼を食べて もつ煮を
食べて、ビールじゃ無いけど ジョッキの烏龍茶を飲まないと
ちびっ子飲兵衛の誕生会には、ならないんだよな。

来年は、絶対に行こう。 あの店で 誕生会、やろう。
だから、今は 自粛しよう。 希望を捨てずに その時を待とう。

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