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人間性>アスリートとしての成長>競技での成功。アメリカアイスホッケーの育成が目指すもの

今年1月に帯広で行われた2019女子U18アイスホッケー世界選手権(トップ・ディビジョン)と併催されたシンポジウム「考えよう。みんなで『二刀流』− マルチスポーツの秘める可能性」( 日本アイスホッケー連盟主催)にて、アイスホッケー強豪国のアメリカの協会育成担当者が登壇し、アメリカの育成モデルについて紹介してくれました。その様子を本記事にてお伝えします。

プレゼンター:
Emily West(エミリー・ウェスト)氏
USA Hockey  ADM Manager for Female Hockey

こんにちは。USA Hockeyのエミリー・ウェストです。これからご説明するAmerican Development Model(アメリカ育成モデル。通称「ADM」)の女子アイスホッケー部門のマネージャーを務めています。

約9年前、USA HockeyでADMが始まりました。当時、アメリカの13~14歳前後の子供たちが、次々とアイスホッケーから離れていく状況が起きていました。そんな事態を受け、私たちはその原因が何なのか、そしてその年齢の子供たちに、より長期的な視点で競技を続けてもらうためには何が必要かを真剣に検討しました。

皆さんの中で、10歳のNHL(北米の最高峰プロアイスホッケーリーグ)のルーキーを知っている人はいますか…?いないですよね。年齢に着目してみると、アメリカのアイスホッケー女子代表チームの平均年齢は24歳でした。そして、NHLのルーキーの平均年齢は22.8歳です。

ところが当時、アメリカの選手は9〜11歳ころから、「試合で結果を出さなきゃ」とプレッシャーを受けすぎて、結果的に13・14歳ころには競技を辞めてしまっていました。理由は単純で、アイスホッケーを楽しめなくなっていたのです。

新しくホッケーを始める子供たちが、代表クラス・プロのステージに辿り着くためには、もっと長期的な観点からの育成モデルが必要だと痛感しました。選手の育成は、スプリントではなくマラソンだ、そう改めて気付かされました。我々は、時速100マイルで間違った方向に突き進んでしまっていたのです。

ADMの8段階のステージ

お見せしているのは、ADMの長期育成モデルの8つのステージを示したものです。各ステージとも、8歳以下・10歳以下・12歳以下などと、対象年齢が特定されています。そしてこのスライドで、最後の方のステージまで現れない、英語3文字の言葉があるのですが、分かりますか…?


そう、"Win"(勝利)ですね。

7段階目のステージ(Train to Win「勝利のためのトレーニング」、19歳以上対象)で初めて出てきます。ただ実際子供たちは、本来勝利など目指す必要のないステージ、例えばステージ3(Learning to Train「トレーニングのための学び」、12歳以下)といったずっと早い段階で、既に勝利を求められていました。

各ステージは、必ず一つ前のステージの内容を踏まえて構築されているので、最後のステージ、Hockey for Life(「生涯ホッケー」)を目指すにあたって、ステージを飛ばしたりすることはできません。

子供の成長速度に合わせたトレーニングを

次にお見せするグラフが、「Windows of Trainability」(最近では「Periods of Sensitivity」)と呼ばれるもので、トレーニングによるアスリートの成長について、全競技共通のスポーツ科学の観点から男女別にまとめられたものです(横軸が年齢、曲線は選手の成長速度(赤が女子・青が男子)を表す)。

「5S」と呼ばれる、柔軟性(Suppleness)、スピード(Speed)、スキル(Skills)、スタミナ(Stamina)そして強さ(Strength)の5つの要素がここで考慮されています。どの年齢でどの要素に関するトレーニングを行うと、その成長が最も促されるか、が示されています。

曲線は、選手の成長速度を表していますが、このピークにあたるPHV(peak height velocityの略)は、年齢的に成長速度が最も早い時期、つまりトレーニングにより最も効果を得て早く成長できる年齢を示しています。見ていただければ分かるように、女子の方が、男子より若い年齢でこのピークに到達することが分かりますね。

「5S」に話を戻しますが、ここで注目したいのは、黄色で示している柔軟性(Suppleness)の要素です。"Suppleness"という言葉は、柔軟性という意味と共に、アスリートとしての適性(athleticism)、といった意味も含むような概念ですが、男女ともに6~10歳が習得するのに最も適した年齢だということが分かっています。アスリートとしての基礎を築くための、非常に大事な時期です。この段階では、アジリティ・敏捷性、バランス、身体の連動性、ジャンプ力、反転・回転力といった様々な基本動作が教えられるべきで、それが自分の身体を使うことや運動に対して自信を持ってもらうことに繋がります。

逆に、この年齢での競技の専門化は、多くの場合、アスリートとしての適性・基礎を身に付ける機会を失うことを意味します。

進む子供の運動離れ

現在、アメリカで起きている傾向として、運動あるいは体育(physical education)の機会がどんどん失われていることが挙げられます。

緑:Recess(休み時間)を要求する州
青:Recess(休み時間)を推奨する州
黄色:一般的な運動の取り入れを要求する州
赤:小学校のPhysical Education(日本で言う体育)につき最低時間の基準がある州

こちらの図は、アメリカ合衆国の各州で休み時間(recess)や体育(Physical Education)に関して定める制度の分布を示したものです。各制度や要請が定められていない灰色の州がこれだけあります。何かしらの制度が取り入れられている州でも、お昼休みや運動のための休み時間を30分ずつしか要求しない州も数多くあります。そういったところでは、生徒たちはその30分を惜しむあまり、お昼ご飯を早く食べてしまったり、あるいはお昼ご飯を抜いてでも外に遊びに行くような子供たちが出てきます。

テクノロジーが発展した現代において、ジュニアアスリートがスマホ・タブレットといった電子機器に向き合う時間が圧倒的に増えています。例えば、「フォートナイト(Fortnite)」。今の子供たちはこういったゲームに夢中になるあまり、運動する時間が疎かになってしまっています。ある競技で優れていると言われている選手、さらにはアイスホッケーでトップレベルとも言われている選手が、実はアスリートとしては未熟である、といった例が多いことに驚かされます。

実は昨年のNHLドラフトで、ドラフト候補選手(つまりジュニアのトップ選手)に聞かれた質問の一つに、「あなたはフォートナイト中毒ですか?」といった質問が含まれていたくらいです。

実際に選手の「動き」を見てみよう

さて。ここでアメリカのジュニアのトップレベルのアイスホッケー選手による側転と前転を見てもらいましょう。どれくらい上手いと思いますか?

(同じくホッケー強豪国の)フィンランドの子供との対比で見てください。
こちらの動画は、フィンランドのジュニアのホッケー選手が、実際に運動能力のテストを受けているところです。

側転や前転などの基本動作を確認していますが、体幹の調整機能やバランス、各動作を行う自信などが動きから見て取れます。フィンランドのスポーツ文化はアメリカとは大きく異なり、マルチスポーツ(一つの競技に絞らず、並行して複数の競技を行うこと)に親しんだ子供達が常に活発に運動に触れている環境があります。

一方、アメリカのジュニア選手による側転は…

不名誉なことに、お世辞にも上手とは言えませんね。お見せしているのは、とある州における15歳のトップレベルのアイスホッケー選手による側転です…。アメリカのトップレベルの選手でも、多くの子は、自分の利き手ではない手からの側転を苦手としています。中には、そもそも側転や前転が何なのかを知らない子もいます。さらに言ってしまうと、スキップもできない子がいるくらいです。

次に、前転の動画…

体幹がコントロールできていないですし、アスリートとしての能力が欠けているようにすら見えますね…。前転した後に隣同士ぶつかったりしていますが(苦笑)、指導しているUSA Hockeyの育成担当者が、選手たちに前転のやり方から教えているような状況です。

この動画を見てもらうと、先ほど述べた柔軟性(Suppleness)を6〜10歳の間にしっかり身につけて、マルチスポーツを通じて色々な動作を習得することが、いかに大事かが分かっていただけるのではないでしょうか。14〜15歳におけるアスリートとしての能力に影響してくるのです。

14・15歳のホッケー選手にこういった基本動作をやってもらう時、その動きができないどころか、自分の身体をどう動かせばいいのかについて自信を持てず、動きにチャレンジすらできない、そういった精神的な問題を抱えた子供も目立ちます。

マルチスポーツを推奨。まずは楽しく、アスリートたれ

以上を踏まえ、我々USA Hockeyは、ホッケー選手、そしてアスリートの育成において、(豊富な運動スキルを習得してもらうために)15・16歳ころまでマルチスポーツを推奨しています。

そして、アイスホッケーは楽しくなければいけません。8〜10歳の時からプロのようなプレッシャーを受けてプレーしていては、ホッケーは続けてくれません。

楽しめないこと・本当に嫌でやりたくないことを続けるのが好きな人なんてどれくらいいるでしょうか?そんなことをずっと続けられますか?

我々はアイスホッケーを楽しいものにしないといけません。子供達は楽しいから競技を続けるのです。

何より忘れてはならないのが、我々が接しているのは将来のある子供たち、ジュニアのホッケー選手だということです。

最後になりますが、我々USA Hockeyの育成における優先順位を改めて整理してお伝えします。

まず第一に、人間性を育むこと。
その次に、アスリートとして成長すること。
最後に来るのが、アイスホッケーの上達です。

本日は参加させていただき、有難うございました!

※講演の内容を記事にするにあたり、一部内容の省略、順序の変更等を行っております。また、記事における翻訳の表現が、実際の講演時の通訳と異なるところがございます。

※当該講演を含む「二刀流」シンポジウムの全編映像はこちら:
https://www.youtube.com/watch?v=oIC2he0fmKE

1. 2019女子U18アイスホッケー世界選手権・大会チェアパーソン(国際アイスホッケー連盟理事)による開演挨拶(0:01〜 )
2.「USA Hockeyの育成モデル」(USA Hockey エミリー・ウェスト氏)(本記事、8:17頃〜 )
3.「カナダにおけるマルチスポーツ推奨活動と日本におけるマルチスポーツ事情」(33:35頃〜)
4.「スタンフォード流 日本スポーツへの提言」(Stanford Football 河田剛氏)(58:30頃〜)
5. パネルディスカッション「語ろう。私たちの『二刀流』」(1:57:40頃〜)
登壇者:河田剛氏、杉浦稔大選手(北海道日本ハムファイターズ投手)、桑井亜乃選手(ラグビー女子セブンス日本代表・ARUKAS QUEEN KUMAGAYA)、志賀葵選手(アイスホッケー女子日本代表・TOYOTA CYGNUS)
当該講演を紹介した国際アイスホッケー連盟(IIHF)の記事:
https://www.iihf.com/en/events/2019/ww18/news/8909/symposium-supports-cross-training




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日本アイスホッケー連盟

公益財団法人日本アイスホッケー連盟(Japan Ice Hockey Federation) https://www.jihf.or.jp
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