ある二人のお話。 その1

彼は彼女の質問にこう答える。

「それはないね」

彼女の質問はこうだ。

「ねえ、こういう感じから好きになることってある?」

服も着ないまま、二人はこういう会話を紡ぎ出す。

彼女は安堵する。彼はそれを見て思う。そんな事、重要?と。
ドアを閉じればそこにはその空間が出来上がるし、
ドアを開ければそれぞれ日々の現実に戻るだけ。
彼も彼女もそういう関係を好んでいる。

彼は知っている。彼女はほんの少し期待しているだけなのだ。
ドラマのようなロマンスを。

(ロマンスって)

と彼はクスリと笑う。彼女にとってそういうものは所詮ドラマであって、巻き込まれるのは好まない。そういう、彼女の現実的なところが好きなのだ。

彼女の恋の話は幾つか聞いて来た。「ホントあの人、頭悪いのよ。バカなのかな?」と散々喋った後に「でもやっぱり好きなのよ。」と泣く彼女を見たことがある。そして、1週間後にはまたここを訪れて「サクッと縁を切った。」と宣うた。
現実を絡めて自分に酔うことを、彼女はしない。
そうしてこの空間を作った。自分たち二人きり、ドランカーの密閉空間を。窒息しそうなぐらいに空気の密度は濃く、吸い込むごとにおかしくなる。触れたところから融解する。そんな感覚すら覚える。


二人はいつも酔って会う。彼女は酒の精霊でも纏っているかのようにふわふわとここを訪れる。実際、酒精は体内に充満しているだろう。それ程に呑むし、強い。
(ただ、どっかが弱いんだよなぁ)
と紫煙を吐きながら彼はため息をつく。それが何かは彼にも分からない。
決して、弱い女ではないのだ。ましてや”女の子”なんて表現を出来るほど華奢でも可憐でもない。小柄ではあるが。そして、頭が弱いわけでもない。その辺は好ましいと思っている。顔はそれなりに整っていて、少し崩れたその身体からは息を飲むような妖しさを醸し出す瞬間がある。別段その”弱いどっか”はマイナスになるほどでもない。ただ「分からない」だけ。


彼女は彼のことをよく知らない。いや、知った人では元々あった。だけど、そもそも深く詮索するほど他人への興味がないし、ましてやここではそんな時間もない。とにかく酔っ払ってここへ来て、彼にしなだれかかりスイッチを入れる。手でも肩でも頬でも、肌が直接触れてしまえばいつものあの空間の出来上がり。そうしたら朝というタイムアップが来るまで融け合うだけ。

(まあ、不思議な子ではあるわよねぇ)

彼女は紫煙越しに見えるふわふわの髪の毛を眺めながら、慣れない枕に重い頭を沈め思う。「分からない」のだ。彼の意図が。彼から連絡が来ることもあるし、自分も連絡をする。拒まれることは殆ど無い。別にノーと言われる日があってもいいのだ。自分だって気が乗らなければ行かないし、予定があればすっぱり断る。

(いや、違う)

そこは問題ではない。そこじゃあない。ただただ、触れる感触やこの空間の密度がどうにもおかしい。全てがぶっ飛んでしまって、訳が分からなくなる瞬間がある程、何かが”濃い”。

「これって何なんだろ?」

そう小さく口に出したら、考えるのがバカバカしくなってしまった。

彼と過ごす夜はとても心地が良く、身体も悦ぶ。表現する言葉が無い程に。別段、理由なんて必要ない。

なんとなく聞いてみる。
「ねえ、こういう感じから好きになることってある?」
彼の答えは冒頭の通りだ。
「あら!ざーんねん!」
と答える彼女は安堵を覚える。面倒事は嫌いだ。同時に、目尻にほんの、ほんの少しだけ”それ”が浮かんだことを彼女は知らない。そして、それを彼は見逃さない。


彼女は彼の答えに安堵し

彼は彼女の答えに安心する


と同時に思う。


((でも、不思議と、会いたくなるんだよなぁ))


この共通認識に二人が気付くのは、

このずっと後のお話。

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