加藤介春著『獄中哀歌』獄中哀歌(その十五)雨の監房
音もなく雨降れり、
白きフィルムのつぎ目のごとく
ちらちらと心のうへにひかりて降れり。
音もなく雨降れり、
その雨のくらきかげが
監房へさし入りて心を追ひ廻す。
音もなく雨降れり、
その雨のしたたりを見つめて居れば
黒き憂愁が心の方へ躙り寄る。
わが心とはおもへぬ心、
囚人のつめたくなりし心に
おちくる雨。
うすぐらき心の底に
たまらんと降りくる雨。
雨の日の獄の黒き憂愁は
ふとき錘(をもり)となりて頭のうへに
ぢつと垂れ下る。
見えざる深き覆ひとなりて
棺の葢のごとく心にかぶさる。
すべて憂し、雨降れり、
白きフィルムのつぎ目のごとく
ちらちらとひかりて降れり。
底本:『獄中哀歌』南北社
大正三年三月二十三日発行
*旧字は新字に、「ゝ」などの踊り字と俗字は元の字に改めた。また、一部を代用字に改めた。
加藤介春(1885−1946)
早稲田大学英文科卒。在学中、三木露風らと早稲田詩社を結成。自由詩社創立にも参加し、口語自由詩運動の一翼を担う。
詩集に『獄中哀歌』(1914)、『梢を仰ぎて』(1915)、『眼と眼』(1926)。
九州日報編集長として、記者であった夢野久作を厳しく指導した。久作いわく「神経が千切れる程いじめ上げられた」。
詩集『眼と眼』では、萩原朔太郎が「異常な才能をもちながら、人気のこれに伴わない不運な詩人」という序を寄せた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?