加藤介春未刊詩稿『夕焼』「悪魔創世」(三)人間動物園

さまざまの人種がゐる
白い顔黄色い顔
南蛮人の銅(あかがね)色
おそろしい尖つたくちびる
豚の如き尻尾のある者、

―そこに不思議の動物がゐる
―そこに人間の動物園がある

黒ん坊の子はだだひろき砂浜に走り出て
幾度も幾度も蜻蛉返りをなし、
砂浜に腹匍ひてふくれ上りし腹の跡をつけ
それを又足で踏み消して逃ぐ

高き山の頂によぢのぼり
ゆけどもゆけども限りなき森の中をさまよひ
或は遠き曠野を横切りて
暴風の如き生活をしてゐる

文明人のあさましい姿を見よ―
彼等は夜も昼も
男は女を追ひ
女も男を追ふて
男と女が輪をつくり
その輪ははげしく廻転し
衝突し崩壊してくるひ叫ぶ

餓うれば怒つて食を漁りに
山を野を林の中を駈け廻る―
不正と正義の為めに
彼等は争い血を流す

ゴリラが来襲して夜明けまで舞踏し
人喰人種が金の卓子にアブサントを飲む
きびしくなれば
かなしくなれば
更に盛んに飲み且つ酔ひて
暴風の如き踊りを踊る

醜悪な生き物よ
すべてかなしき獣として生き
動物園の生き物として生きてゐる

底本:「福岡大学研究所報 第23号」福岡大学研究所 「加藤介春未刊詩稿「夕焼」」境忠一校訂
昭和五十年五月三十一日発行
*旧字は新字に、「ゝ」などの踊り字は元の字に改めた。

加藤介春(1885−1946)
早稲田大学英文科卒。在学中、三木露風らと早稲田詩社を結成。自由詩社創立にも参加し、口語自由詩運動の一翼を担う。
詩集に『獄中哀歌』(1914)、『梢を仰ぎて』(1915)、『眼と眼』(1926)。
九州日報編集長として、記者であった夢野久作を厳しく指導した。久作いわく「神経が千切れる程いじめ上げられた」。
詩集『眼と眼』では、萩原朔太郎が「異常な才能をもちながら、人気のこれに伴わない不運な詩人」という序を寄せた。

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