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自宅用のタオルを買ったことがないのはいただきもので済ましていたからだった


はじめに

 わたしはタオルというものを買ったことがない。どこに売っているのだろう。ふだん立ち寄る店をおもいうかべてみるがどの棚においているのかおもいつかない。ブランドの贈答品から店名やなにかのはいったタオルまでさまざま。

あるていどTPOをわきまえつつつかう。それでどうにかなってきた。世のなかは変化してネットショップなどが台頭。するとタオルや何かよりもほぼ何にでもつかえるポイントがつくことがたびたび。されどタオルをもらうことがなくなったわけではない。ああ、そうかタオルはいまでいうポイントだったわけか。

きょうはそんな話。

ならわし

 タオルを贈られるときとは。お祝いのお返し、心づかいやお世話をしてもらえたときなど。今後もごひいきにと店からもらうとき。やや多すぎる恩などに対して「これでチャラにしてね。」というイミがこめられることも。タオルにさまざまな意味がこめられてヒトからヒトへと行き来する。

それはもう日本じゅうでタオルが行きかう。これって日本ならではの慣行じゃないかな。お国によってはタオルなどとてもプライベートなものと認識されて、ヒトへ贈るにはふさわしくないと思われかねない。ふつうは贈らない品の代表格かもしれない。ほかの国々ならば何だろう。お礼の品など送りそうにない国も思いうかぶけれど。

ひっこしの際に

 ひっこしてあすで1か月になる。もてあますタオルを家族にゆずるなどしてかなり処分。それでも手で抱えるほどの箱いっぱいのタオルをたずさえて新居に移った。ワンルームなのに収納がそこそこあるおかげでもってこれた。これで一生ぶんありそうと思いつつ。

最近は大きくロゴなどはいった企業や店はまれ。気のきいたところなど、ちいさなタグ(これさえとりはずせるが)になまえがはいる程度ですませている。やはりこんな気前のよさは大手でないとできそうもない。それにしてもこれもねだんのうちにしっかり入っている。それを差し引いてかんがえるとちょうど、今ならばポイントぶんかも。

きっとそうだ。タオルはいくら万人がつかうとはいえ用途はかぎられる。その点ポイントであればその店に関連した買いものという限定つきのものはあるにせよその用途はよりふさわしいものに充てられる。

ポイントぶんを

 最近たちよる店。ここはクレジットカードがつかえない。そのかわりに現金主義。時流にのりおくれているわけではない。むしろ店の主義でそうしており、客の多くもおそらく納得ずく。いまどきこれだけ徹底しているのもいさぎよいというかすがすがしい。

ちいさなセールや特売はあるが、商品はいずれも内税で買うことができてわかりやすい。たしかに同じ商品を他店とくらべると、安いものが多い。それもそのはず。ポイント制すらここにはない。徹底してこうした経費をかけていないのだろう。そのぶん安く提供できる。そっけないようだがポイントにあまりメリットを感じないいわば合理主義の徹底。

おわりに

 日々タオルにおせわになっている。こうしてせんたくをくりかえしてなじんだころあいがつかいごこちがいい。この期間がながいタオルはじぶんで購入したくなる。

それがなかなか買うチャンスがなく出会わないし、つかいごこちはいまいちでも手持ちのものから使っていこうとなってしまう。はたしていいタオルとはどうやって手にいれるのだろう。はたまたストックのものがなくなり、お気に入りを買ってつかえるのはいつのことだろう。


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