夜の自転車事故

9月の終わりのこと。

夜、自転車に乗っていて、側溝に気づかないまま突っ込んだ。自転車は側溝に落ち、わたしはアスファルトの地面にたたきつけられた。

全身を打ってうずくまっているところを、真ん前の中古車屋さんのお兄さんたちが助けてくれて、お店に連れて行ってくれた。お店では、出血したところを消毒させていただいたり、気分が悪くなったときに寝かせてくださったりして、とてもお世話になった。

あごが痛いので、トイレで傷を洗おうと鏡をのぞいたら、なんと、傷口から脂肪がみえている。黄色っぽいような、白っぽいような、ふわっとした物体。解剖実習も経験済みなので、わかってしまった。そこまで顔がえぐれたのがショックで、これは!脂肪じゃ!ない!と信じ込むことにした。

骨折はしていなかったが、ひざや手も出血していて、自転車で家まで帰ることはできなかった。困っていたら、中古車屋さんの方が、

「車で家まで送ってあげるよ。いや、病院まで連れていくよ!」

とおっしゃった。救急外来に行くほどだとは思わなかったので、とりあえず家まで送っていただいた。彼氏さんにも連絡して、家に来てもらった。彼は医学部の先輩なので、あごの傷を見せると、

「いますぐ救急に行ったほうがいいよ!」

と言われた。彼に車で救急外来まで送ってもらった。もう夜中の11時だった。

救急では、いろんな検査を受けた。骨折していないか、腹部の内部出血はないか、顎関節ははずれていないかなどだ。不安で緊張しているわたしに、研修医の先生や救急の先生方はとても優しく接してくださった。大学病院だったので、そこの医学部の学生だと素性がバレてしまったが。

ひざ、手、あごの傷に麻酔のゼリーを塗り込み、ブラシでこすって、徹底的に傷を洗浄した。トラウマ・タトゥーといって、傷口に残った土などの微粒子が、傷が閉じたあとも残って跡になるからだ。このとき先生に、

「傷口から脂肪みえてるけど、君はもう見た?」

と聞かれた。やっぱり脂肪だったか。

そして、あごの傷を3針縫うことになった。顔なので、からだの中で溶ける糸をつかい、傷の中を縫って、傷口にテープを貼って固定することになった。

傷を縫われるのは初めてだったし、しかも顔なので、とても緊張した。しかし、先生方はとてもきれいに縫ってくださったようで、終わった後ほっとした。

治療が終わったとき、夜中の1時半になっていた。

その後も救急外来に3回行き、傷の具合と今後のケアについて聞き、病院通いは終わった。

傷口にはメラニン色素がない。だから、傷を放置すると白く跡になる。傷の固定というのと、日よけのために今も肌色のテープを貼り続けている。

空手の組手では、あごのあたりに突きをくらうことがあるので、ちゃんと練習できない。ちょっと何かがあごに当たっただけで痛い。

もう傷は閉じたものの、痛いし、跡はまだ残ってるし、長いおつきあいのようだ。

母に電話したら、

「あんた、あごを縫っただけで済んでよかったなあ。地面にうずくまってるときに車や自転車にひかれることだってありえたし、骨折してたかもしれへんねんで。ほんまに運がよかった。」

と言われた。その通りだ。あごを怪我するより、もっとひどいことだってありえた。

今日、膵臓の授業があった。膵臓の外傷の原因で一番多いのが、車や自転車の事故だそうだ。自動車では、急ブレーキでハンドルがおなかに当たって、膵臓がハンドルと背もたれにはさまれて、おしつぶされる。自転車では、前のめりにこけて、ハンドルがおなかに刺さって、膵臓がつぶされると聞いた。

だから先生方はあんなに、

「おなか打った?ハンドル当たらなかった?」

とたくさん聞いてきたわけだ。結局、腹部エコーをとっていただき、出血も内臓の外傷もないことがわかった。

この事故ひとつで、わたしはさまざまな経験をした。

手の傷跡は残っていて、完全には消えないと思う。

しかし、この傷をみると、中古車屋さんが優しかったこと、彼氏さんが来てくれて安心して涙が出たこと、先生方が丁寧に治療してくださったことなど、いろんな人たちの優しさを思い出す。

だから、この傷はすこしくらい残ってもいいんだ。

と、キーボードに文字を打ち込む手を見て思う。


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