見出し画像

【韓国・迫る4月総選挙】エスカレートする独裁政治と言論弾圧 立ち上がる野党と市民メディア

YouTube「PodcastKorea放送局」
サラム西田

昨年10月、尹錫悦(ユンソンニョル)政権発足から1年半を審判する性格をもった、ソウル市の江西(カンソ)区長補欠選挙が行われた。与党・国力党の候補は、17%の大差で多数派野党・ともに民主党の候補に敗北。韓国市民の尹政権への怒りが証明された結果となった。(筆者)


従米外交で危機的な国内経済
メディアへの言論弾圧は激化

  尹政権発足後の20カ月間、韓国経済は連続で貿易赤字を記録している。輸出国家の韓国にとって致命的な状況だ。
  大きな理由は、中国との経済関係が深かったにもかかわらず、バランス外交を放棄して米国・日本に追従するという、時代遅れの「自由主義陣営外交」を選択したことだ。かといって米国から恩恵を得ているわけではない。サムソン電子は米工場で半導体生産の企業秘密を米国に教えるように要求され、現代自動車も米市場での電気自動車の補助金適用から除外された。
  金利の値上がりや、物価(前年比4%台)と公共料金(前年比5.3%)の値上がり(実感では政府発表以上)により、倒産する自営業者、返済不履行者も激増している。その中で大幅な大企業、富裕者減税が行われた。税収が50兆ウォン、10%以上減少し、福祉関係の予算も激減している。
  尹政権発足後の2年近くで恩恵を得ている層は、不動産減税で納税額が下がった高額不動産を持つ層だけだ。財閥は大幅減税の恩恵もあるが、それ以上に経済暴落のダメージが大きい。

  これまで、尹政権に有利なプロパガンダ報道を行う保守系メディア(ネット記事のシェア90%以上)の影響で、60代以上の層では尹政権の支持率は50%を超えていた。そこで尹政権は、自身に批判的な番組を廃止に追い込むため、ドラマ顔負けの言論弾圧を行っている。

●KBS(韓国のNHK)

  昨年11月13日、尹政権は保守系新聞の記者だったパクミンを新社長に就任させた。その3時間後には、看板ニュースである21時のKBSニュースのメイン司会者である李昭政(イソジョン)アナウンサーに降板通知を出した。金曜日に「よい週末をお過ごし下さい」と締めくくったアナウンサーが、視聴者にお別れの挨拶もできないまま、月曜日から番組を去ることとなった。
  その2週間後、KBSは、2030年釜山万博誘致祝賀フェスティバルの生放送を計画。韓国の主要メディアは、「尹政権の外交力で逆転が見えてきた」と報道し続けた。しかし結果は、サウジ119対韓国29で惨敗だった。権力のプロパガンダ放送がどれだけ恥をさらすかの好例となった。

尹錫悦(ユンソンニョル)大統領
パクミン氏

●MBC(文化放送 第2NHKのようなもの)

  2022年9月に、尹大統領のバイデンに対する問題発言を報道したことで、「国益を損ねる」とMBCだけ大統領専用機搭乗から排除した。さらに報道した記者を、「名誉棄損」で強制捜査。MBC本社へも捜査が入った。尹政権はMBCに対しても、お気に入りの社長を任命したが、裁判でプロセスが違法と判断された。
  MBCへの言論掌握は首の皮一枚で防いでいる状態で、KBSを追われた記者たちがMBCに出演し、KBSでの言論弾圧を詳細に報道している。

屈さず抗う市民メディア

●金於俊(キムオジュン)のニュース工場

  「ニュース工場」は、公共のソウル市交通放送の番組で、ラジオ部門での視聴率1位を7年以上保ってきた。しかし尹政権発足後、与党が「偏向放送」だと批判し、局への予算カットを脅した。その後、金於俊氏は自分のYoutube放送を設立。昨年1月の開始以来、月~金曜の毎朝の視聴者数は100万回前後をキープ。出演陣は多彩で娯楽もあり、内部告発者が出演して暴露したことを、大手メディアが後追い報道する事例も少なくない。
  さらに金於俊氏は、独自の世論調査機関「花」を設立。10月の江西区長補欠選挙で多くの世論調査機関が、与党の5%前後の惜敗か、与党勝利の「調査結果」を発表する中、与党17%差での惨敗の調査結果を事前予測した。これによって、大手「世論調査」機関の多くが「世論操作」している実態を世に晒した。
  日本でも安倍政権以来のメディアの政権プロパガンダ化と劣化が叫ばれて久しいが、この「ニュース工場」に匹敵するクオリティの市民メディアを設立することができれば主要メディアへの対抗手段になりうると確信する。

●ニュース打破(タパ)

  李明博イミョンバク政権(2008~2013)の言論弾圧に対して、ストライキを闘ったMBCやKBSの当事者が作った、市民メディアの草分けとも言える存在。調査報道専門で、尹大統領一家の10年以上前からの不正を調査し、最初に報道した。そのためか、与党代表は「死罪に値する。ワンストライクアウト(一度の誤報でも言論社を潰す)」と発言し、執拗な検察による強制捜査を受けている。

  上記のニュース工場やニュース打破は、韓国市民であれば誰でも名前を知っている。他にもチャンネル登録者50万人以上、または常時10万回以上再生されている市民メディアは、20個以上存在する。
  これら市民メディアに共通するのは、①元々ある程度有名な言論人が創設している。②現役の言論人が大手メディアを辞めて独立するリスクを背負っており、その決断や真実性が市民から支持されている。③毎月1万ウォン(千円)の支援を視聴者読者に呼びかけ、意識的な一部の高額カンパではなく広い市民層の支援を求めている、だ。

高い主権者意識持つ5%の
市民層と市民メディア作りを

——民主主義の最後の砦は目覚めた市民の組織された力だ。
(廬武鉉ノムヒョン元大統領の遺言)

  尹政権誕生から2年の韓国社会をウォッチして実感した、民主主義に必要なもの、日本社会に欠けているものを考えたい。
  主要メディアの酷さは日本も韓国も変わらない(むしろ韓国の方が酷い)。一方で、日本との決定的な違いは、デモに参加したり、テレビではなく市民メディアから情報を得たり、それを周りに伝えたりする「目覚めた市民層」の厚さだ。2016年に起きた朴槿恵パククネ弾劾のキャンドル集会の参加者数も200万人余りで、全人口の5%ほどになる。しかし、その5%が保守的な主要メディアに対抗して、大統領弾劾や選挙勝利の力になった。数だけでなく、その5%の市民運動をする層があらゆる年代層におり、社会から孤立していないことこそがポイントだ。
  例えば、韓国ではデモ参加者がボードやグッズを持ったまま地下鉄に乗ったり、居酒屋や喫茶店に入っている。ファンが応援するスポーツチームの応援ユニフォームを着て電車に乗る感覚と同じで、デモ参加者はボードやグッズを持って電車に乗っている。デモで行進する以上に、地下鉄内で意思表示をすることは広げる効果があると思う。日本ではどうだろうか。参加者が参加することで孤立感を感じるデモであるならば、まずそこから工夫することが第一ではないだろうか。
  これらは、努力すれば実現可能な短期目標だ。孤立感を感じない市民運動を作り、日本でも5%の「目覚めた市民層」を作り出そう!

強権政治で問われる野党
党内改革/野党連合なるか

  韓国の2大政党の一翼であり、国会議席の過半数を有する「ともに民主党」。彼らが既得権政党であり、従来型の「お金持ち政党」の側面が強いことは事実だ。
  しかし、2022年の大統領選挙以降に入党して活動している一般党員(普通の市民)抜きには、現在の民主党は語れない。彼らは、「庶民経済実現、韓国社会の弊害の打破」のために民主党の党員になり、「李在明代表と一緒に民主党を変えて韓国社会を変える」という野望を抱いている。
  公称200万人、実働人数100~150万人の民主党員のうち、50万人近くがそうした主権者意識を持ち、行動する市民だ。そして、その主力に存在するのが20~30代の女性党員だ。「ケッタル(改革娘)」や、「ジェンタル(李在明代表の娘)」と呼ばれる彼女たちが、韓国の新しい政治文化を作っている。

  現在の李在明(イジェミョン)代表は、22年8月に党員と一般市民から77・7%の得票率を得て代表に就任した。党内では圧倒的な支持を得ているが、所属国会議員との力関係は違った。
  昨年9月、与党は政権批判の急先鋒である李代表の失脚を狙い、根拠のない金権政治スキャンダルをでっち上げ、国会に逮捕同意案を提出した。すると民主党の国会議員168名中、32名が議案に賛成するという造反行為が行われた。賛成した彼らは、「スイカ」と呼ばれている。外は「民主党(シンボルカラーが青)」だが、中身は「保守与党(赤)」ということだ。彼らは、民主党が改革的な政策を実現できない理由の一つになっていた。しかし市民が決起し、尹政権の検察私物化も露骨だったため(身内の罪はもみ消し、政治的ライバルへは疑惑をでっち上げ)、李代表への逮捕同意案は裁判所で却下された。結果、「スイカ」たちの影響力は大きく低下した。
  今年4月に行われる国会議員総選挙に向けて、1月末から民主党の予備選挙が行われる。全選挙区で、党員50%、一般世論調査50%で実施される。これを討論会などで、どれだけ盛り上げることができるかが、政治変革のカギとなる。予備選挙が多くの党員・市民参加で盛り上がれば、民主党は改革派議員で占められる政党に生まれ変わる。政権奪取を射程に入れる大政党を、そこまで変えることができたなら、世界的にも画期的な出来事だろう。

  労働運動やフェミニズム、気候変動問題などを重視し、民主党よりも進歩的なイメージだった「正義党」。日本でもつながりの深い市民運動も多いが、この4年間で完全に韓国市民の信頼を失った。特に、朴槿恵元大統領の弾劾以来デモに参加してきたような、主体に政治参加をするキャンドル市民の不信感は強く、壊滅の危機に瀕している。
  正義党は「2大政党とも腐敗した利権政党」と厳しく批判し、新たな進歩的政策の志向が党の従来の理念であり、確かに一定層の支持はあった。しかし正義党による与党批判は、政権退陣へ何の力にもならず、一方で民主党への批判は「保守派の救世主」として、絶大な存在意義があった。
  キャンドル市民が望んだ検察改革法や、メディア改革法に対して正義党が「時期尚早」などと反対することによって、〈保守派だけでなく、左派の正義党まで反対するのだから問題のある法案だ〉という世論の誘導に寄与してきた。また検察の「でっち上げ攻撃」と言わざるを得ない、チョグク元法務長官や李在明代表に対しての疑惑も攻撃し、前述の逮捕同意案にも賛成した。
  「尹政権は労働組合(民主労総)を共産全体主義と主張して強制捜査しているのに、なぜ労組と関係が深い左派の正義党は弾圧されないのか」。「李代表が逮捕されたら、次は自分たちの番だということが、なぜ正義党は分からないのか。正義党が弾圧されない理由は、尹政権にとって存在価値があると考えているからだ」。
  これは、キャンドル市民の間からかなり出ている声だ。実際に、正義党の象徴的存在だった柳好貞(リュホジュン)議員は、メディアから「20代の改革派女性政治家の代表」と持ち上げられてきたが、正義党を離党して、保守派と手を組むことになった。

李在明(イジェミョン)・ともに民主党代表

基本所得党が進歩改革派の軸に
戒厳令の発出に警戒せよ

  そんな正義党に代わって、第3極の軸になろうとしているのが、「基本所得(ベーシックインカム)党」の龍慧仁(ヨンへイン)議員だ。30代、女性、母親の代表として、鋭い国会質問や政策立案を行っている。
  また尹政権の失政が原因とされている、梨泰院ハロウィン大惨事の犠牲者遺族の信頼を、もっとも得ている国会議員だ。「気候変動対策経済」や「福祉国家」を掲げて、第3極の改革進歩連合を呼びかけており、少数政党が合同し始めている。
  4月の総選挙前に、大統領配偶者の金建希(キムゴンヒ)の株価操作や、高速道路のコースを変更して自分の土地の値上がりを画策した疑惑の特別検察開催が、国会を通過する。特別検察は社会的に大きな事件に対して行われ、今回の場合、野党が指名する検事が担当する。自分の妻への特別検察に対して、大統領が拒否権を発動すれば、支持率は「選挙を戦えない」20%台まで落ちるだろう。
  また30代の元国力党代表で、尹大統領当選に大きな役割を果たした李俊錫(イジュンソク)氏が、保守第2党を立ち上げることは確実だ。保守分裂の中でキチンと戦えば、4月の総選挙は民主・進歩派の野党圧勝が予想される。
  一方で、尹大統領が南北朝鮮半島の関係悪化を理由にして、戦争挑発や戒厳令での報道管制を行い、現在の低支持率の立て直しを図る危険性は十分に考えられる。戦争させない韓日連帯が必要だ。

龍慧仁(ヨンへイン)議員

注…与党は「国民の力」が正式名称だが、名前とは全く正反対の政党であるため、「国力党」の略称・通称が韓国市民の間で定着している。筆者もこれを用いる。

(人民新聞 1月5日号掲載)


【お願い】人民新聞は広告に頼らず新聞を運営しています。ですから、みなさまからのサポートが欠かせません。よりよい紙面づくりのために、100円からご協力お願いします。