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欧州で広がる家賃ボイコット・空き家占拠(スクウォッティング) ポスト資本主義/対抗運動の展望を探る

インタビュー イタリア在住 ギグワーカー シローさん

「都会がいかに疫病や災害に弱いか身にしみてわかった」―こう語るのは、イタリア・トリノで元精神病院の建物を占拠し、自分たちで全面リフォームして暮らすシローさん。日本出身だが、フードデリバリーとして働きながら、なかまと共に反資本主義運動を展開する。欧米では、放置され廃屋化したビル・家屋を占拠する「スクォッティング」運動が1980年代に始まった。家賃を払えず住み続けている人も含めると、数十万単位の「不法占拠」が存在する。コロナ禍による失業・収入低下にあえぐ民衆にとって、命をつないで生き残る手段として「不法占拠」は、「家賃不払い」運動と共に静かに広がりつつある。欧州各国政府も、強制排除という強硬手段だけでは混乱が広がることを懸念し、契約書を交わして合法化する動きも出ている。
 コロナ渦をとおして資本主義の限界と矛盾が明らかになった。ポスト資本主義を展望する世界の民衆運動として、ギグワーク(単発の個人請負労働)のフードデリバリー配達員でもあるシローさんにZOOMインタビュー。占拠運動・ギグワーカーの労働運動、さらに移民労働者との連帯について聞いた。   (編集部)


ーー空き家占拠して 生活と活動の場に

 私たちが住む建物は閉鎖型の精神病院でした。イタリアでは1978年「イタリア精神保健法」が成立し、患者の強制収容が原則禁止となり病院も廃止されました。放置されていた建物を2006年に占拠し、生活と活動の場としてます。
 ほとんどのスクウォット(占拠)は、数日以内に強制排除されますが、病院・学校のような公有施設は、しばらく放置されることがあります。大規模施設は維持管理だけでお金がかかるし、改修するには莫大な予算が必要だからです。財政破綻寸前の政府・自治体にそんな金はないのです。
 占拠者たちは協力者とともに、自らの手で全面改装し、ゴミの山だったキッチンも掃除をしてシンクと換気扇を設置し、現在の姿となりました。専門的な技能作業は、スクウォット(占拠運動)に共感する古いアナーキストたちが助けてくれました。
 占拠当初は警察の介入・妨害もありましたが、所有者である政府・自治体は事実上黙認しています。
 ドイツやオランダやフランスではスクウォットを合法化する動きがあります。格安の賃貸契約書を結ぶという手法などで、多くのスクウォットが合法化されました。強制排除を避けるために合法化を目指すスクウォットもあります。ベルリンでは、アナルコ(無政府組合主義者)・クイアー(セクシュアル・マイノリティ運動)・フェミニストが運営する団体や歴史的にも重要な巨大元スクウォットが強制排除されています。合法化されても、排除されるときは排除されるということです。
 日本でもコロナ禍に直面し10年もすれば政府に金がなくなり、放置される公共施設を占拠する運動が起こるのではないかと期待しています。トリノは、フィアットの企業城下町として成長した街ですが、グローバル化による工場の海外移転や金融不況はこの街にも変化を迫りました。「工場から観光・IT」への転換を目指し、トリノ冬季五輪(2006年)を期に大規模な浄化(ジェントリフィケーション)が行われ、家賃は上昇し続けています。
 トリノ市は五輪の借金を2040年まで返済し続けるそうですが、コロナ禍でサービス業が致命的な被害を受け観光地化政策は大打撃です。自治体財政が傾くと公共施設や所有地を私企業に売り払うようになりますが、売れるのは人気都市だけで、多くは買い手がつかず放置されています。さらに、少子化によって廃校・廃園も増えていきます。こうした近未来を考えると「不法占拠」が日本の都市でも現実味を増すでしょう。その際、都市部の公園等を青テントで占拠した野宿労働者の闘いの歴史を研究し、技術を学び連帯することが重要になってきます。
 また、放っておけば朽ちていく施設を改築して自主的に運営するという、行政がやれば数千万円にも相当する労働が市民の手で手弁当で行われる意義に注目すべきです。市民参加型の自治活動は、「スマートシティ」や「国際観光都市」のような企業の作る悪夢ではなく、人の暖かさを感じる互助社会モデルです。

ーー命を救う活動としての占拠運動と社会センター


 「占拠運動」は80年代に始まり欧州全体に広がったのですが、90年代以降アウトノミア運動や新左翼グループが不法占拠した建物を「社会センター」と名付けて、民衆が自主管理する公共空間として文化運動・社会運動の拠点としました。
 トリノにある社会センター「ガブリオ」には、難民・外国人を含む雑多な老若男女が集い、制度からはじき出された人々の必要に応えるため、医療サービスも含めた様々な活動を展開しています。欧州における「不法占拠」は命を救う活動でもあり、ある種のセーフティネットにもなっています。
 スクウォット・社会センターは、「社会革命後」の世界を提示しています。そこではお金は外の世界ほど意味を持たず、ボスは存在せず、話し合いが最重要視されます。社会的に排除された人の居場所ともなりえます。資本を呼び込むのではなくアイデアや道具を持ち寄り共有することで、市民の可能性が広がるのです。

ーーコロナ禍で深化する危機

 コロナ禍のイタリアでは、数度のロックダウンを経験しています。封鎖の内容は、仕事以外での外出禁止、買い物は各家庭一人が1日1度。犬の散歩、運動は自宅から200㍍以内。違反者には5万円程度の罰金というものです。路上生活者は完全に無視されています。
 県境を越えることもできず、貧乏人を追い出し、きれいにした観光スポットは誰もおらず、レストランやバーなどサービス業は収入を断たれました。演劇やイベント関連で働いていた人々も失業。休業補償金も少なくレストラン経営者は家賃にもならないと嘆いています。2021年10月からはワクチン接種が強制となり、接種証明がないと公共交通機関も使えません。
 社会活動も打撃を受けています。パンデミック初期は対面での集会やイベントが行われていましたが、何度かクラスター疑惑が発生し、全員検査という事態となり、活動は急激にしぼみました。オンラインの会議や集会も試みられましたが、私たちのような世代には馴染みません。人との交流が断たれ、限られた人間だけの接触になるので、人間関係が行き詰まって崩壊したコミュニティもあります。
 こうしたなかイタリアでは家賃を払えない人が大量に発生し、「家賃免除!」、「補償を全員に!」という運動が広がりました。政府は、対策として6万円程度のコロナボーナスを数回支給しましたが、申請が複雑で給付にも時間がかかり、受け取れなかった人もいます。イタリア官僚機構の無能ぶりを晒しました。
 ボローニャでは家賃不払運動が起きましたが、ロックダウン中の家賃値下げに応じる大家は少なく、国の補償にも期待できなくなると、最後に頼れるのは家族で、実家に帰る選択をした人もいます。トリノではロックダウン中もスクウォッティングが試みられましたが、多くは即日強制排除されました。
 スクウォットの必要性は増すばかりですが、ポピュリスト政党から当選したゲイフレンドリーでベジタリアンの女性トリノ市長は、保守政党よりも強硬な姿勢で強制排除を乱発しています。「強制排除に対抗するにはより多くのスクウォットを作るしかない」という80年代のスローガンが、今さらながら重要と考えています。
 あるアナーキストグループは、イタリアの近未来をギリシャに重ねて観ています。ギリシャは、国家財政が破綻し若者の失業率が高止まりしています。IMFが課した緊縮財政、民営化が人々の生活を破壊し、街には麻薬が溢れ、自殺率の増加が深刻です。排外主義極右の人気も高いのですが、アナーキストや左派の運動も盛んで、国家が破綻した時どのように動けばよいか、ギリシャに見るべきものがあるかもしれません。

ーーデリバリー多国籍企業の搾取労働=ギグ・エコノミー

 「好きな時に働き好きな時に休む」というキャッチコピーで、Uber Eatsのような多国籍フードデリバリー企業が、時代の旗手として投資家の関心を集めています。労働者を「パートナー」と呼び自営業者とみなすことで、仕事に関わるガソリン代・自転車代などの雑費、保険などをほとんど支払わないで利益をあげています。携帯のGPSを使って、客・店・ライダーを最短距離でマッチングするというところが革新的ですが、「ライダー」とよばれる労働は、料理を運ぶという誰にでもできる仕事です。
 デリバリー企業は客が支払う配達料の他に、店からも3割以上の手数料を搾取し、ライダーと顧客双方のデータを収集・売買しています。コロナ渦で売り上げを伸ばしたにもかかわらず、店からの手数料を上げ、ライダーの賃金は下げています。疫病で儲けを貪る多国籍フードデリバリー企業に対し、労働者による裁判やストライキが世界中で始まっています。
 移民の多くがグローバルフードデリバリー企業で働いていますが、無保険、労働契約なしの脱法労働です。外国人労働者の多くは1日10時間以上、雨の日も雪の日もラマダン中も働き、家族に送金しています。
 こうしたなか、ライダーやピザ配達人が死亡する事故が多発しています。労災が認められても1日15ユーロまでで、私たちは「2ユーロでピザを配達するために死ぬな」、「Glovoの人殺し」というスローガンを掲げて、ストを呼びかけデモをしました。
 同時に市内を巡り、レストランに押しかけ注文受注用タブレット端末の電源を切るように「お願い」し、マクドナルドなど主要なレストランを麻痺させました。今やイタリアの各都市で抗議行動が展開されています。
 裁判闘争に訴えたグループもいます。EU加盟国で100以上の司法判決と15の行政決定がなされ、労働者性が認められました。こうした判決を背景に、配達員を公的保障を受けられる「労働者」とみなす大改革が進んでいます。イタリアではライダーと労働契約を結ばせる裁判所命令が出ましたが、応じたのはJUST EAT社のみで、3社は罰金を払うことに決めました。スペインでは撤退する企業も出ています。
 「ジョビー」というギグ・ワーク企業は、「火曜19時から2時間、ウェイター、時給800円」「スーパーの倉庫作業、3時間3000円」というような労働を時間単位で売買しています。労働者は好きな時間で好きな職場で働けるというわけですが、それも仕事があればの話です。雇用契約がなく最低賃金も存在しないので、使用側は一方的に賃金を下げることができるのです。デリバリー企業は配達員の賃金を通達なく下げ、受け入れない者には、仕事をさせないという手を使っています。
 労働者の流動性が高く、労働運動を組織することは困難です。ギグ・ワークは労働者を分断し、インターネットを使い労働者の時間・モノ・情報にタダ乗りして利益を稼ぐ企業群です。彼らは疫病や人々の困窮に乗じて、移民や失業者を利用して儲けることに熱中しています。

ーー大転換か破滅か 選択の時代

 2019年1月、イタリア政府は一定の要件を満たせば所得保障を行う「市民所得及び年金に関する緊急規定」を制定しました。ただし、①就労の意思を前提とし、②収入や資産の状況に応じて、③世帯単位で支給され、④金額も一律ではないため、BI(ベーシックインカム)とは別の制度と言えます。フィンランドではBI導入実験が行われ、スイスでは導入に向けた国民投票も行われています。
 他にも非正規労働者支援と称して、給与の一部やBIを現物支給するような取り組みも行われていますが、支給されるのは一部スーパーやレストランなどでしか使えない食料券で、現金支給はしないという政府の姿勢が明確で差別的でもあります。所得や親の財産を調べたり食品券を流通させるコストは多額で、一律に貸家の家賃を補償すればいいのにと思いますが、いずれにせよBIについては、活動家の中でも意見が分かれています。
 他方、極右やフーリガンによって組織されているロックダウンやワクチン強制反対デモ(一部左派も参加)が、欧州各地で人々をひきつけています。トリノでは、BABY GANGと呼ばれる少年たちが高級ブランドのショーウィンドウを叩き割り、商品を盗んでいくという象徴的な事件が起こっています。


ーー不安定労働時代を生き抜くために

 最後に、不安定時代を生き延びるための取り組みを紹介します。
 ライダー仲間との会議で、「新たなフードデリバリー企業が参入する」「近所にアマゾンの倉庫がオープンする」などの情報が入ってくると、ライダーの収入は不安定なため、多くの仲間が一斉に履歴書を送ります。ギグ・ワークは、労働者の年齢・性別・国籍などを問わず雇用コストもかからないために、大量に「雇用」するのです。こちらも複数の業者に登録して、ましなものを選ぼうとするため、ライダーはいくつものデリバリー企業のアカウントを持っています。
 そうするとサービス開始時にはすでに数人の仲間が職場内にいて、職場内に奴隷にならない集団を最初から作り出すことが可能です。何かあればすぐに集団でビラまきや街宣、弁護士相談などが行え、組織化にも有利なのです。
 ギグ・ワークは労働者の流動性を極限まで高め、我々を分断していきます。対抗するために、核になる活動家が集団加入するのが有効です。日ごと、仕事ごとに次々と職場を変えられることを逆手に取り、闘争を通じて仲間をあちこちの職場で増やせるようになれば理想的です。そのためにも、労働者の定期的な集まり・情報交換が欠かせません。
 上意下達式の決定方法をやめない労働組合とは違った形式の組織で、各々が主体的に行動し、労働以外の日常の生活まで幅広く関係・連帯しあえる集団を作るのが、不安定労働時代を生きる方法だと思っています。


写真:ベルリンのスクウォット(空家占拠)、80~90年代

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