アートを祝う「わたし」を演じる〜最初に歌いはじめるのは誰だ〜

3/9に行われたWiCAN2017による「アートを祝う『わたし』を演じる」、おかげさまで大変意義のあるイベントになったと感謝しております。

この企画は、千葉市美術館が2年後に機能拡張をする計画を踏まえて、それを支える新たな人的ネットワークを構築する一つの試みとして取り組んだものです。もちろんWiCANは教育プログラムでもあるので、人材育成としての成果と意味ある事業実施の二兎を追う取り組みです。

わたしが考えるアートの社会的意義の一つは、自由に感じ、自由に発想し、自由に振る舞うことで、新しいものが生まれるはずということです。WiCANの基本的な立場もそうなります。
ただし、みなさんお気付きのように「自由に」ということは日本では特に大変難しい。自由に感じ、自由に発想することをどう獲得するのか、あるいは取り戻すのか、それを経験的に学ぶことで、私たちの社会はもっと活力のある、生きやすい、持続性のあるものになるはずだと考えています。

今回の企画は、パーティという形式で、どのように先述の課題に応えられるかということがテーマでした。
パーティという形式は、わたしが決めたものです。今年度、アーティストとして関わっていただいた、三条会の舞台演出家関美能留さんと、舞台音楽家の粟津裕介さんとは、何回か公開のワークショップを行っていただき、与えられた環境、条件を読み解いて自由に発想したり、瞬間的に反応したりする事で生じる面白さを感じつつ、自分たちが抱えている不自由さも認識させられるような体験を共有して来ました。
課題は、与えられた環境を読み解くオルタナティブな視点と、見出だしたものを組み合わせて実験的に実際にやってみること、そしてそこで生じたことを受け取って新たな行動選択をしていくこと。
そんなことわざわざやってバカじゃないの?と思う人も、余計なお世話だという人もいるかもしれませんが、自分が不自由であることさえ気づかせない社会の中では、アートはある種の治癒的な効果を持ちうるもので、他の選択肢があると思えるマインドを持つことは、大げさに言えば、生き延びるための技能だとも思っています。それが必要な時代だと、小学生から70代くらいまでの多様な方達と関わっている経験から実感しています。

パーティである必要は、パーティほど不自由で、型にはまったものはない一方で、新たな関係性の構築や気づきのきっかけにもなり、多様な人々によってクリエイティブな「場」が生まれる可能性も有するものだと思うからです。
わたし自身は知り合い同士で固まっているパーティはとても居心地が悪く、好きじゃありません。一方で、とても意味のある、その先につながった出会いやコミュニケーションのあったパーティもありました。
後者が成立したのは、相互に関心を持ち、そこで得られたさまざまな情報をスピーディに、そしてそれぞれ個人が個性的に処理し、対応することが成立していたからだと思います。
そもそも私たちはそれぞれ演じながら生きていて、パーティではそれがより誇張されているだろうと。それならば、演じ方を変えれば、別の何かを生み出せるはずです。
つまりパーティでは、お互いが関心を持つ状況を作り出され、感性的な情報、知識的な情報を得つつ、さらには日常では使わない回路を開き演じることで、新しい関係および場を生じさせることができるはず、ということです。その枠組みをデザインすることもアートだと考えます。そして、その中に挿入される行為そのものもアートたり得ます。今回は、それに取り組んだということになります。

関美能留さん、粟津裕介さん、そして特別ゲストとしていらしていただいた開発好明さん、岡田裕子さんには、こうした狙いをご理解いただき、難しい依頼、無茶なお願いにご協力していただきました。本当に感謝いたします。
一回限りのパーティで、アート体験で何もかもが変わることはないと思います。しかし、また参加したいと思ってもらえたら、確実に変化は生じ始めているのだと思います。

アートを祝う『わたし』を演じる」の内容を紹介します。

まず、「アートを祝う」とは、開発好明さんの提唱する「39アートの日」に合わせたイベントということですね。ここは、ある意味なんでも良くて、参加者が皆共有できる何か、ということくらいが条件でした。

知らない者同士、知っていてもあまり深く話したことがない、その人たちに普通のパーティで知り合う以上の経験をしてもらうのに何が必要かを学生たちと考えました。学生たちは皆基本的にコミ障気味です。リア充系はあまりいません。個々の記憶をたぐり、どんな体験が印象に残ってるか、何が障害なのか、探っていきました。映画のパーティシーンを分析したりもしましたね。

キーは、情報をどう読み取り、交換(共有)できるかではないか?と。そのため、個々人の外からは見えない特徴や情報を可視化していくにはどうしたら良いか考えました。色々紆余曲折ありましたが、参加者には事前に、自分の三つの特徴を書いて送ってもらい、それを文章化したものを、その人の名札にしました。
例えば私だと、「スピード感があるらしい、時間にルーズて、きっちりしたものとだらしないものが両方好きなわたし」というような。それを名札にしたら、コミュニケーションの手がかりにできるよねと。

パーティ全体は三部構成で、第一部が、参加者同士がコミュニケーションを取ることを目的としていて、同時に二部のための仕込みも含まれています。

第一部も四つのターンから成っています。1ターンは、乾杯の後、目をつぶってぐるぐる回り、司会者のストップの掛け声で止まり、目を開けた時に目があった人とペアを組み、名札を手がかりにお話しします。私は、イベントで何度かお目にかかってるものの、しっかり話したことのない人と組んだので、色々と話が出来て楽しかったです。名札もその人がどんな人か、少しだけ手がかりになって会話が広がったりするのを実感しました。結構面白いです。
司会が時間を区切るのですが、なかなかみんな話し終わらず、上手くいっていたのではないかと思います。
2ターンは、名札の中に仕込まれているカードに印刷された図像を見ることから始まります。同じ図像が印刷された人同士が次にペアになります。図像は作品写真です。その写真を自分だけが見て、仮に作者や作品名を知ってたとしても、それを言わずに、造形的な特徴や、作品から受ける印象を伝えることで、自分のペアを見つけます。私が当たった作品は、コルヴィッツの《死んだ子ども抱きしめる母親》。「死と深い悲しみ」とか「とっても暗い」とか叫んで相手を見つけました。引っ掛けもあって、子どもを描いた絵、傘さしてる絵、記号的抽象画、動物抱いてる女性の絵は、2種類入っていて、ちょっと深く見て、表現しないと伝わらない。ゴットリーブとミロ、モネの日傘をさす女と広重の日本橋、レオナルドの白テンとルノワールのジュリー・マネとか。
そこで見つかったペアとは、好きなアート、アーティストについて話をします。これもなかなか終わりませんでした。
3ターンは二部のための仕込みも含んだターン。カードに書かれた記号が同じ者同士が集まります。そこで各グループに指示書が配られて、その指示に従ったコミュニケーションを取ります。お互いを褒め合う。岡田裕子さんから作品について話を聞く。開発好明さんと話すとか。
各ターンでは、会話の中で発見した特徴や魅力などを名刺大のカードに書いて相手に渡します。

そして4ターンでは自由に誰とでも話して良いとなります。ただし、カードに書かれた、誰かから見たわたしの特徴のうち、どれかを強く意識して自分を演じてもらうことが条件。なかなか難しいですが、自分の中にあるらしいものなので、自分をデフォルメするみたいな感じですね。

ターンの間には、もちろん用意してある食べ物も飲み物も楽しんでいただきます。
食事は千葉市では数少ないアート志向な空間トレジャーリバーブックカフェに用意していただき、いつもイベントの時に出すコーヒーでお世話になっている豆nakanoさんの幕張店で出してるパイとキッシュも提供しました。
お酒は、千葉駅側のワインバーd.b.(ダベー)の紅谷さんに、WiCAN2017のテーマである「自分の枠をはみ出てみよう」にちなみ、ワインの枠をはみ出したワインを選んでいただき、3本のとても個性的なワインを提供しました。加えてWiCANのOB、神野研修了生で、珠洲市役所に勤める長江君が差し入れてくれた珠洲の酒、そしてお塩もお出ししました。千葉市美術館の学芸員畑井さんはパティシエとして仕事していたこともあり、お菓子焼いてきてくれました。いつもとても美味しいです。WiCANが関わりのある、千葉で個性的で魅力的なことをしている人たちの世界を少しだけ紹介できたかなと思います。これも良かったです。そして、ビデオレターで、料理やお酒についてのメッセージ、解説も会場に流すことができました。これもおもしろかったです。千葉市美術館の山根さんはフィラデルフィアに出張中で、フィラデルフィアからもメッセージもらいました。これで国際プロジェクトになりました。

ご歓談タイムを適宜挟みながら第二部へ。

第二部は、アーティストの皆さんを核にしたセクション。
最初は開発好明さんに前に出ていただき、「ホメチギル」というプログラムを実施します。一部の3ターンで「開発さんと話す」「褒め合う」のグループ(各3人)にそれぞれ開発さんを褒めちぎってもらい、開発さんに講評してもらうものです。これは、昨年の市原湖畔美術館で行われた「開発好明 中二病展」での「ほめちぎってあげる会」というワークショップにちなんだもの。ここでは、開発好明さんが参加者をとにかくほめちぎってくれました。今度は、アートのために多大なお骨折りをしてくれている開発さんに、感謝の意を表し、逆に褒め返してあげようというもの。
最後の講評では、結局、開発さんが参加者を褒めちぎって終わるというオチがつきました。褒めるには、視覚的な情報も含め、それを瞬時にポジティブな価値へと転換する高い能力が求められますね、ほんとに。開発さんの褒め力に圧倒されました。

次は、歓談タイムでざわざわしてる中、粟津裕介さんによる一つ目のアワヅアワーが始まります。粟津さんが指揮棒を振って、WiCANメンバーの1人が歌い始めます。歌うのは自分の出身校の校歌。実は事前の参加者のメールには、「小中高どれでも良いので校歌を思い出しておいてください」というお願いも書いておきました。フレーズごとに次の人へと粟津さんがタクトを向けて、最初はWiCANメンバー、そして次には、カードに「校歌を歌う用意をしててね」という指示が書いてある参加者に、そしてこの頃には、何が起こっているのかを全員が察しているので、次から次へと振って行きます。そして、最後はなぜか茂原南中の「茂原茂原茂原、ふるさと茂原」という、むちゃくちゃ個性的な校歌をみんなで歌い、このセッションが終わります。

みんなで、練習もなく、面白がって参加できる、普通でないものをどう挿入するかを、粟津裕介さんと検討していた時に、「校歌ってみんなそれぞれうたえて、しかも、その学校以外の人は知ることないよね」「校歌ってみんな似てない?」という話から、みんなでワンフレーズずつ歌ってつなげたらどうなるかな?とためしてみたところ、違和感なく繋がってしまったので、それぞれ違うけど繋がっちゃう、みたいなコンセプトでやってみよう、となり実現したもの。ただ、みんな似てるのに、WiCANメンバーの1人の校歌だけがひどく特徴的で、それが茂原南中の校歌でした。なのでアワヅアワーの中で複数回その学生にタクトを向け、歌ってもらい、最後は自然とみんなが覚えた「茂原茂原茂原」と歌った次第です。
面白かったのは、WiCANの学生の一人が歌った高校の校歌の後に、たまたまタクトを向けた参加者が同じ高校の卒業生で、その続きを歌い出したこと。最初はその二人がなぜ盛り上がってるのか分かりませんでしたが、理由がわかって会場は大笑い。
そしてもう一つのオチは、まさかの茂原南中卒業生がもう一人いたこと。

お次は、岡田裕子さんの登場です。プログラムはカラダアヤトリ。岡田さんに作品のコンセプトをお話しいただき、一部3ターンで岡田さんとお話しした四人が会場真ん中に集まります。
カラダアヤトリは、ロープの輪を綾取りの紐に見立てて、言葉を使わずに、四人で体全体を使って綾取りをするもの。競争ではなく、言葉を用いずに、そこで起こっていることを感じながら、意思を微妙に交わしつつ、何かを生み出そうとするもの。参加する場所やメンバーでさまざまな展開になるようですが、今回は、最初はしゃぎまくる→疲れて落ち着く→形を模索する→なんか決まったなと思える瞬間が共有される→さらに探求、みたいな展開でしたね。これもこのイベントにぴったりの作品でしたね。

ちなみに岡田さんは、今回のイベントのゆるいドレスコード「パーティっぽいちょっとおしゃれで、自分らしい」を結構踏み込んで解釈してくれて、母親にもらったけど、似合わないから一度も着てない、派手な服、を選んで着て着てくれました。真っ金です。なかなかのインパクトでした。

第二部の最後は2回目のアワヅアワー。今度も学生メンバーが粟津さんの指揮のもと、何やら歌い始めます。歌詞はどうやらアーティスト名。事前のメールには、好きなアーティストを意識しておいてというお願いもしてました。低いドと高いドでアーティスト名を歌います。「ボナール」「雪舟」「イヴ・クライン」など、いろんなアーティスト名が耳に入ってきました。
これも最初はWiCANメンバーに粟津さんがタクトを向け歌ってもらい、次第に全体でルールが理解されるようになっていくので、そこからは、次から次へと参加者を指して歌ってもらい、クレッシェンドやミュートをアクションで伝え、変化を加えながら最後はみんながアーティスト名を叫びながら大団円。
こうやって言葉で説明すると変な宗教みたいですが、結構面白くて、現代音楽っぽいと言えなくもない。歌ってる途中から、今回のパーティ参加者でもあるオルガニストの香取さんにご協力いただき、Cのコード内でさまざまなバリエーションの教会風の伴奏をつけていただきました。ありがとうございました。パイプオルガンの音色だったので、宗教っぽいと言えばそうかも。かいけつゾロリの「真面目に不真面目」の精神です。

そして第三部では、振り返りを、全体の流れを、学生メンバーの司会担当を補佐する形で作ってくれた関美能留さんに進行していただきました。その後はゆるゆると飲みつつ、散会。

こんな感じのイベントでした。
次年度もこんな場を作って、人的ネットワークを作っていきたいと思います。
企画立案、実施における学生たちの困難さ編については後日紹介する(かも?)予定。

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