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『ふしぎの旅人』(田丸雅智)より、「ホーム列車」無料公開!

ショートショートの旗手・田丸雅智さんによる、旅をテーマにした『ふしぎの旅人』(単行本『インスタント・ジャーニー』改題)が、実業之日本社文庫より10月4日に発売されます!

これを記念して、第一篇「ホーム列車」を無料公開いたします。

すべての旅はここから、はじまります。

ぜひ、お楽しみください。

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ホーム列車


夜汽車を待っていた。
故郷に向かう寝台列車は、もうすぐ到着予定だった。ぼくはベンチに腰掛けて、文庫本を開いていた。 
そのとき、ガタン、とベンチが揺れた。何事かと思って、周囲を見渡した。同じように列車を待つ人が、同じようにきょろきょろあたりの様子を窺(うかが)っていた。
首をかしげながら目線を前へと戻した、その瞬間のことだった。ぼくは信じがたい光景を目にすることになって、目をぱちくりさせてしまった。
反対側のホームが、動いているように見えたのだ。目の錯覚にちがいない。そう思って、ぼくはすぐさまぶるぶる頭を振った。そしてもう一度、前を見やった。
しかし。ホームはやはり、動いていた。それどころかどんどん加速していって、すぐに彼方(かなた)へと消えていった。残ったのは、駅周辺の風景だけだった。そしてそれも、目の前を過ぎていく……。
ちょっと待てとぼくは慌てた。ここにきて、とんでもない思い違いをしていることにようやく気がついた。動いているのはあちらではなく、こちら側……間違いない、動いているのは、こちらのホームだ!
「駅員の間では、ホーム列車なんて呼んでいましてね。ときどきあることなんですよ」
駅員さんが歩いてきて言った。じつに落ち着いたものだった。ぼくは集まってきた人たちと一緒になって、その言葉に聞き入った。
「いつもは送迎に徹しているホームですが、たまにこうして自分でお客様を運びたがることがあるんです。ですが、ご安心ください。快適さでは寝台列車に及びませんが、目的地へはきちんと連れていってくれます。ホームに乗って故郷(ホーム)に帰る。駄洒落(だじゃれ)みたいなものですが。安全運転ですけれど、振り落とされてはいけませんから白線の内側には下がっておいてくださいね」
意外にも、怒りだす人は皆無(かいむ)だった。かくいうぼくも不思議なもので、変わった旅に心はむしろ弾んでさえいた。駅員さんは、にこやかな笑みを浮かべている。
ホーム列車は、線路に沿って街中をぐんぐん走っていった。黄色く光る家々の窓では黒い影が楽しそうに踊っている。ぼくたちは、都会の灯(あか)りのきらめきの中を走っていく。
町を抜けると、田園地帯へと入っていった。吹き抜けて行く風に寒さを感じはじめたころ、駅員さんが毛布を支給してくれた。こういうときのために備えているのだと言った。待合室で横になる人もいた。ホームの端に毛布をかぶって寝転がり、星空観察をはじめる人もいた。ぼくは自販機でコーンスープの缶を買い、過ぎゆく景色をベンチに座ってぼんやり眺めた。
ホームはいろいろな町を訪れては、去っていった。それぞれの町には、ちがった空気が満ちていた。それを肌で感じながら、ぼくはホームにごろんと転がった。湖面の上を、ホームの灯りが滑っていく。
やがて消灯を告げるアナウンスが流れ、ぼくは目を閉じホームの揺れに身体(からだ)を任せた。たしかに快適とは言いがたい。が、なんともいえない心地(ここち)よさがそこにはあった。なぜなのだろうと考えているうちに、ぼくの思考は次第に広がり闇の中へとにじんでいく ――。
目覚めると、見慣れた景色がそこにあった。もう少しで駅に着く。懐かしさがこみあげた。
ぼくは大きく伸びをして、不思議な一夜を振り返った。得難(えがた)い貴重な旅だった。深い満足感にひたっていた。
ただひとつ、駅舎につくと残念な知らせが待ち受けていた。あろうことか、ぼくのホームと入れ違いに、もともとあった故郷のホームが先ほど旅立っていってしまったというのだった。ぼくを迎えに来てくれていた、家族みんなを乗せたままで。

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ほか17作品は文庫『ふしぎの旅人』で!

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実業之日本社 文芸出版部

「100年たっても本が好き。」 1897年の創業から123年目となる実業之日本社の文芸出版部です。文芸書単行本、文庫の刊行と、文芸ウェブマガジン「Webジェイ・ノベル」を配信中。 アイコンはカンパニーキャラクター「実之介(じつのすけ)」です!

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隔月(偶数月)に刊行される実業之日本社文庫の新刊について、各担当者が熱く語ります!
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