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雨と宝石の魔法使い 第一四話 帝国の終わりに。

「ルルーシュ、しっかりしろ!」
「大丈夫だ…この国も、この文化も守ってやる」
頭から血を流しながらルルーシュ・リンデリウム・ペロポネソスは東ローマ帝国皇帝コンスタンティヌス11世パレオロゴスのそばでグッタリとした。

ルルーシュは、グッタリしているにもかかわらず、いや、むしろその憂いがさらに彼女の美しさに磨きをかけていた。年齢は20歳そこそこに見えるが、その振る舞いや言葉遣いからは、歴戦の戦士のような風格が感じられた。


「いや、もう良いのだルル、これ以上戦えばお前自身が倒れてしまう。ここは一旦引くしかないであろう」
「いや、今アイツを倒さねばならん。倒さねば大変なことになるぞ」


ルルはそう言うと、頭から血を流しながらも立ち上がり、皇帝の肩に手を乗せた後、次々と砲撃に崩れ落ちる城壁に向かって走っていった。
「ルル、待て!ルルーシュ、ルルーシュ!!」
皇帝パレオロゴスはルルの名前を叫ぶも、彼女は粉塵に紛れて見えなくなった。

***

もう何日目の戦だろうか。メフメト2世のオスマントルコ軍が東ローマ帝国のコンスタンティノポリスを包囲してから2ヶ月。もはやコンスタンティノポリス城壁内の戦士にも限界が来ている。

ルルーシュは水の精霊ウンディーネの力を借りて雨と氷の刃を降らせ、何度もメフメト軍を蹴散らした。一時はメフメト軍も包囲していた軍の退却を余儀なくされた。

しかし、軍を立て直してきたメフメト軍は、前回とは違い、巨大な石で城壁を破壊し始めた。しかもそれを何発も連続で降らせてきた。まるで無尽蔵と言っても良いほどの量だった。

堅固な城壁も複数箇所砕け散り、その衝撃は籠城して戦い抜いてきた城内の兵士の指揮を下げるには十分だった。

ルルーシュは途中で気がついた。
敵軍には、人外の者がいる、と。

パレオロゴスは間諜を放ち、石を降らせてくるその司令官を探させた。

やがて息も絶え絶え戻ってきた間諜は、ローブで全身をまとった怪しげな老人が、兵士に命令し、というより彼らを操り、次から次へとウルバン砲といわれる砲撃機を作らせて、そこに巨大な石を入れ、砲撃してくるのだという。

しかし、ウルバン砲といえば、大きな石を装填するため、普通ならば時間がかかり、またその発射時の衝撃に耐えられず、すぐに壊れるしろものだという触れ込みだったはず。

しかし、なぜか一人一人の兵士がその重労働を軽々とやってのけ、ウルバン砲もなぜか壊れないという、なんだか異様な風景だったということだった。

それを伝えた間諜は腹に深々と石の刃が刺さっており、まもなく絶命した。

「ルルよ、どう思う?」
パレオロゴスはそばにいるルルーシュに問う。
「ふん、そんなの決まっているだろう。相手にも俺のような者がいるということだ」
「おまえのようなものが2人といるだろうか?」
「少なくとも4人はいるだろう。いやもしかすると6人かもしれん」

「な、そんなことがこの世にあるものか。お前のような魔法使いは見たことがない」
「世界は広い。皇帝ですら見えぬものはあるさ」「そうか…お前が言うのなら本当なのだろう。では、倒せるのか?ルル」
「わからん。が、もし俺が知っている、というより想像している者だとすると、かなり手強いぞ。もはやこの帝国も、いやローマ帝国もついに終わりかもしれん」
「何を言う、こちらにはお前がいるではないか、千年続いたこの帝国を滅ぼされるわけにはいかんのだ」
「栄えあるものは必ず滅びるのだ、それが世の理だ」
「うう…」
「俺もそうなりたいものだが…いや、今回が良い機会か」
「どーいうことだ?」
「いや、なんでもないパレオロゴス」
ルルーシュは答えた。


「ドーーン!」
突然大きな音がした。
すぐ目の前で壁と、その周りの兵士が吹き飛んだ。同時に大きな石礫が飛んできた。

「ぬお!」
「ぐ…」
ルルは爆発の瞬間素早く詠唱し、大きな氷の壁を出現させて、パレオロゴスを守った。しかし、自分の場所までは間に合わず、その大きな石がルルーシュの頭を打っていた。

ルルーシュの頭から血が噴き出した。

「ちっ、油断していた」
「大丈夫かルル!おい、医師を呼んでこい!」
配下に向かって怒鳴るパレオロゴス。ルルは立ちあがろうとしたが、ふらりと崩れ落ちる。

「ドーン!」
再びそばで城壁が砕け散り、石礫が飛んでくる。ルルは崩れ落ちながらも素早く詠唱し、パレオロゴスとその側近たちを氷の壁で守っていた。

「ルル、もう良い、これ以上詠唱するな。助かるものも助からん」
「ふん、もう俺は助からんかもしれん。ならば、敵の司令官だけは、この機会に討つまでよ」
「ま、待て、お前を今失うわけにはいかん!」
「死ぬ前にアイツだけは倒しておかないとな」
「駄目だ、行くな、お前がいなくなることなど考えられん」
「いや、俺でなければ倒せない」
ルルーシュはパレオロゴスと側近をその場に残し、壊れた城壁に向かって走っていった。

「駄目だ、ルル、ルルーシュ、ルルーシュ!」
背後からパレオロゴスの悲痛な声が聞こえてきたが、ルルはそれには答えず壊れた城壁から城外へ出て、岩肌を滑り落ちて行った。

***

ルルーシュは自分に回復の魔法をかけるが、頭の傷の血はなかなか止まらない。
「ち、何か魔法がかかっているのか、厄介だな」
ルルは走りながら何事かを詠唱した。

ルルーシュの眼が青く光り、先の先を見通した。
「あんなところにいたか。しかし、会うのはこれが最初で最後かもな」

ルルーシュは独りごち、走りながら左手で見えない弓を作った。そこに息を吹きかけ、氷の刃を作る。刃は一気に100個程度出来上がる。それを右手で見えない弓をたがえるように打ち込んだ。

その100本の矢は、一気に前方へものすごい勢いで飛んでいった。

遠くで敵の悲鳴が聞こえてくる。
ルルーシュは倒れていく敵兵をかき分けさらに走る。もはやそのスピードは目で追えぬほど速くなっていた。

ルルーシュは次に左手と右手に力を込めて、何事か口走ると、大きな水の球を作り出した。その中にサファイアとおぼしきキラリと光る石が無数に煌めいた。

「いけ、我の分身たちよ、ノームを引き裂け!」
そう言うと、その水の球が一つの方向に放たれ、弾けるように飛んでいった。

その先に黄土色のローブを羽織る男が見えた。
男は、その水の球に気づき、目を見張った。そして両手で円を描くと、その円のなかから岩がゴロゴロと出てきて壁を作った。

その壁に水の球があたり、壁を崩した。水は弾け飛んで消えたが、中にあった無数のサファイアがそのローブの男に襲いかかった。

周りにいたオスマントルコの兵も次々とそのサファイアで倒れていった。

そのローブの男は、咆哮したかと思うと、岩を口から吐き出し、身を伏せた。そして男の身体は岩になった。その上からサファイアの雨が降り注ぐ。

バリバリと音が立ち、岩にサファイアが突き刺さり、一部は砕け散った。

攻撃から少し遅れてルルーシュはその岩にたどり着いた。
「逃げたか…?いや、一部が刺さっているとするとどこかへ隠れているか」
ルルーシュは、青い目で周囲を見回した。しかし、男の気配はない。

すると突然"ごごごご"という音とともに、ルルーシュが立っている付近で地割れが起こり、ルルーシュは飲み込まれそうになった。

「やはりな…まだ生きているようだ、そうでなければ、最後の断末魔か、またはノーム本来の姿に戻ったか…」
ルルーシュは言いながら地割れから逃れ、その地割れに向かって左手から大量の水を注ぎ込んだ。

「ぐほっ」
男のむせる声が聞こえて来た。

「やはりな」
ルルはむせる男を見下ろした。

「貴様、もしかしてウンディーネか?」
「そういう貴様はノームか?」
「やはりそうか、なぜビザンツなどに肩入れするのだ…もはやあの国は国の正体を成していない、滅びる定めなのだ」

ルルーシュは少ししてニヤリと笑った。
「同感だ」
「ではなぜ、ぐほっ」
ノームはそう言いながら血を吐いた。

「お前の攻撃を受けた俺も、もはや永くないだろう。この国は終わりだが、この国の文化は後の世に必要なものだ。だからオスマントルコには破壊させん」

「そういうことかウンディーネ。おまえはこの哀れな人間たちが好きなのだな」
「まぁ、そもそも俺も人間だったからな」
「わかった。俺がメフメトにそれを伝えてやろう。しかし、あの国は滅ぼさせてもらう。恐らくお前が戻ってももうダメだろう。コンスタンティヌス11世は、もはやこの世にいまい」
「なに!」
「お前のような奴が東にいるだろうことはわかっていた。俺はお前を誘き出し、その間に本隊は城内に攻め入る作戦だ。すまなかったな。ゲホ、ゲホ」
ノームは咳き込み、血を吐いた。

「な、なんてことだ…」

「仕方のないことだ…いずれこうなる運命だったのだ。しかし、ウンディーネよ、俺はここで貴様に会えるとは思っていなかった。同時代に存在できるなど…今ならお前はまだ間に合う。俺の力が有れば永らえることができる」
「いや、もうこの世に未練はない、このままここで終えるとしよう。貴様と同じくな」
「そうか、ならばこれを受け取れ」
ノームは口の中から緑色の宝石を出すと、それをルルーシュの口に素早く詰め込んだ。
不意にそれを飲み込んでしまったルルーシュ。
「き、貴様なにを!」
それを見てノームは笑って目を閉じた。
「おい!」
ルルーシュが叫ぶがノームはもう反応しない。そして、ノームの身体はみるみるうちに地面と一体化して消えた。

ルルーシュの頭の血は止まり、傷口は塞がっていた。そして、命が漲るように身体が軽くなった。

ルルーシュは不審に思い、両手を広げ何事かつぶやいた。
するとルルーシュの目の前の地割れからいろいろな木々の芽が一斉に噴き出した。

「く、私は大地の能力を会得したというこか。もう生きることにも飽きたていたというのに…」
ルルーシュは独りごちた。

その後ほどなくして、東ローマ帝国は滅びた。
ルルーシュは、一度コンスタンティノポリスもどってみたが、パオロらは既に城を出たあとだった。

ルルーシュが城を飛び出した後、パオロは精鋭何名かをひきつれて場外に出で、メフメト軍に突っ込んで行ったそうだが、以降彼らを見かけた者はいなかった。

一つの時代が終わり、また新たな時代が、始まる。それがこの世の断りだ。しかし、いくつかの文化は残るものだ。いや残さねばならないものがあるのだ。それを守るのが今は私の役割なのだと、ルルーシュは自覚していた。

私は雨と宝石の魔法使い。ルルーシュ・リンデリウム・ペロポネソス。
静かに歴史を守っている。

続く。




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