煮える寿司と、寿司飯リメイク

「目の前でどんどん煮えていく寿司、食べたことある?」

Yは住んでいるところも職場もド近所の友達だ。ついでに行きつけの店まで一緒なので、うっかりすると毎日のように雑談するハメになる。その日もいつものようにどうということもない酒で、なんでもない話を楽しんでいた。

数日前に、雑誌に載っていた寿司屋に行ってきたばかりだとYは言った。記事はべた褒めだったし、実は前から気になっていた店だった。北海道から直送される魚の写真も、自慢の握りもたまらなく美味しそうだった。だから数日前から予約をし、ちゃんとジャケットを着て店へ出かけた。そして時間通りにドアを開け「予約していたYです」と告げたところ、思いがけない出迎えをされた。

「あ、寿司飯終わったから。寿司ないよ」

な ん だ と

事前にちゃんと予約していたのに、寿司飯がないとはどういうことだ。いらっしゃいませより早く「寿司ないよ」じゃないだろう。閉店間際の真夜中ならともかく、まだ19時だ。ちゃんと仕込みしてるのか。どうしたらそんな事態になるのか。

さらに店主は追い打ちをかけた。

「いやなら帰って」

さあ、Yは腹が立った。腹が立ちすぎて、気合が入った。そしてつかつかと店内へ進むと、カウンターの椅子に手をかけ言ったのだ。

「寿司を食べに来たので、寿司をください。待ちます」

Yは190cm近い、背も声もでかい男だ。「寿司はない、いやなら帰れ」と言ってたウエメセ店主も、ちょっとひるんだのだろう。「ちっ」と舌打ちし、若い衆に「おい、飯炊け」と命令したそうだ。そして飲みながら待っていると予想よりずっと早く、寿司飯が用意できたと声がかかった。

「ずいぶん早く炊けたな?」とYは思った。もしかしたらまかない用に少し残してあったんじゃ? とも思った。だがそれは間違いだった。「マグロです」と登場したモノは、ほかほかと湯気を立てていた。「目の前でどんどん煮えていく寿司」とは、シャリが熱々すぎる寿司のことだった。早炊きしたコメを即握った、シズル感あふれる寿司のことだったのだ。

「まさかメシを冷ましもしないで使うとは思わなかった。『あちちっ』と店主が踊りながら握っているのが俺の寿司で、マジで熱々だとか湯気がたってるとか、そんなの夢にも思わなかった。立ち上る湯気の向こうでみるみる白く煮えていくマグロの赤身って、どんなディストピアだよ」

蒸らしていないだけあって、コメは見事なアルデンテだったそうだ。すごーい、信じられなーい、とひとしきり騒ぎながら、私はちょっと引っかかることがあった。

「さっき店主が舌打ちしたって言ったけど?」
「そうだよ、客に向かって舌打ちするんだよ何度も」

やっぱり。あの寿司屋だ。

答え合わせをしてみると案の定、そこは私もかつて行った事のある寿司屋だった。そのあまりの舌打ちっぷりから、我が家では「舌打ち屋」という愛称で呼ばれていた店だ。最初に行った時の「舌打ち、返事しない、注文を無視する」の無双っぷりは忘れられない。あまりに衝撃すぎて「あれは夢だったのかも」と、すぐにもう一度行ってしまったほどだ。もちろん勘違いなどではなく、2度目はさらにバージョンアップした「舌打ち、返事しない、注文を無視する」を堪能することができた。別の意味でシビれた。

そんなこんなで盛り上がっていると、隣の客が話しかけてきた。

「さっきから聞いてたんですが、僕もその寿司屋には一家言ありましてね」

聞きましょう。

開店直後のまだ他に誰も客がいない時間帯に入ったその人は、若い店員さんの勧めに従い、カウンターの隅に座った。しばらくして店主がやってきたのだが、店内をちらっと見るなり「バカヤロウ! なんで客なんか入れるんだ! どこの馬の骨ともわからねえ客を、1番奥に座らせるんじゃねえ!」と、その馬の骨の面前で怒鳴り始めたんだそうだ。馬の骨にだって自尊心はある。それに若い店員さんもかわいそうだ。だから「席、移りましょうか」と申し出た。すると店主は「ちっ」と舌打ちをしながら

「もう、いいわ」

と吐き捨てた。

それでもせっかく来たんだからと気を取り直し、黒板にある「北海道直送!極上毛ガニ」を頼むことにした。サイズがS、M、Lと3種類あるというので、1番大きいLサイズを選んだ。蒸す前に見せてくれた毛ガニはなかなかの大きさで、ワクワクしながら蒸し上げる湯気を見つめていたそうだ。

とそこへ、常連とおぼしき客が隣に座った。すると今までの舌打ち無愛想はどの棚にあげたのか、店主は急にゴキゲンさんになり、今日はどの魚がいいとか、どの酒がオススメだとか、饒舌にアピールしだしたのだ。

「今日は絶対毛ガニだよ。食べてってよ」
「じゃあ食べようかな。大きさ? 小さいのでいいよ」

そこでタイマーが鳴り、カニが蒸しあがったことがお知らせされた。セイロから出されたカニは、食べやすいように手早くさばかれ、皿に乗せられ、そして......なぜか隣の客のところへと運ばれた。

え?

いや、あの、それ、僕の毛ガニですよね。さっきからずっと蒸されていたやつ。その常連さんが来る前からずっとセイロに入っていたやつ。それ僕のですよね。常連さん、Sサイズでいいって言ってましたよね。僕のはLサイズですよね。その大きなカニ、僕のですよね。

人間は本当に驚いたときは、言葉が出てこないものだ。その人も言いたいことは山ほどあったのだが、やっと絞り出せたのは「あの、うちの毛ガニはまだですか」の一言だけだった。悪びれもせず店主は言った「今からやります」と。そしてあからさまに小ぶりなカニを取り出し、若い衆に「おい、コレやっとけ」と渡したそうだ。

「そこでやっと、もういいです帰りますと言えました。ビールだけにしちゃすごく高かった。しかも帰り際に常連さんとこっちを見ながら『寿司も食わねえ貧乏人が』と言ってるのが聞こえました。だからね、あの店が火事になったら僕が犯人だと思ってください」

共通の敵の存在ほど、人を結びつけるものはない。ただちに「舌打ち屋被害者友の会」が結成され、初めて会った人と夜遅くまでめちゃくちゃに飲んだ。さらにYも私も「いやいや、その時は犯人は俺です」「いや私です」と、まだやってもいない犯行を自供した。いい夜だった。


ところでみなさんは家で手巻き寿司をするとき、寿司飯が足りなかったり、余ったりすることはないだろうか。

私は足りないのがイヤで、つい多めに作ってしまう。ふだんは2人で1合がせいぜいなのに、手巻き寿司となるとつい2合以上は炊いてしまう。すると毎回余る。毎回持て余したりもする。そこで今回は、余った寿司飯のスペシャリストに、オススメのリメイク法を聞いてきた。

教えてくれるのは、南房総市で100年以上続く寿司店「大徳家」 の主人、栗原和之くんだ。なれなれしい呼び方なのは、彼が私の幼なじみだからである。

大徳家のイチオシは、なんとオムライス。酢飯とはコメに酢、砂糖、塩を加えて作るものだが、その酸味と甘味がリメイク時には違和感となることが多い。カレーならまだしも、チャーハンや、ましてお茶漬けなどには甘酸っぱさがアダとなる。

ところがケチャップを使うオムライス(チキンライス)だと、ケチャップ自体にも酸味と甘味があるため、とても自然なのだ。コツは、ケチャップを少なめに使うことのみ。ぜひお試しいただきたい。次に手巻き寿司をするときは、わざと酢飯を多めに用意したくなるだろう。

一応、オムライスの作り方を載せておこう。

【寿司飯リメイクオムライス】

卵 Mサイズなら3個、Lサイズなら2個 / 寿司飯150グラム / 鳥もも肉 60グラム / タマネギ 60グラム / ケチャップ 大さじ1~2 / 水か牛乳 大さじ1 / バター 適量 / 塩、コショウ 適量

フライパンにバターを溶かして、1センチほどに切ったタマネギと鶏肉を炒める。普通のごはんを使う時はここでしっかり塩コショウで味をキメるのだが、寿司飯の場合は薄めでいい。火が通ったらケチャップを入れ、焼きつけるようにして水分を飛ばしていく。よく炒めたら寿司飯を入れ、全体に均一な色がつくように混ぜる。ここでチキンライスとして食べてしまってもいい。

卵はふたつまみ程度の塩と、好みでコショウ、さらに水か牛乳を加えて、しっかり溶きほぐす。よくなれた別のフライパンに卵を広げ、半熟に焼いていく。ごはんを乗せ、くるりと巻いて出来上がり。その「くるりと巻いて」が難しいのだけど、ここでは割愛させていただく。


舌打ち屋は数年前に閉店した。閉店する少し前に、ボヤを出したそうだ。

まさかな。
まさかね。

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コメント2件

初めまして。
タイトルの吸引力に惹かれ、最後のオチでめちゃくちゃ笑ってしまいました。
いや、ご本人さまたちにとっては笑いごとではないのでしょうが。
常連さん以外お断りのお店なのでしょうが、そうすると雑誌の取材を受けたのが謎ですね。
しろみさん、コメントありがとうございます。気づくのが遅くてすみません!この寿司屋、有名人にめちゃくちゃペコペコして、おべっか使って、大サービスばかりしてるので、有名人とその取り巻きには評判がいいんですよ。なのでタレントさんを連れてくるテレビ局員には「いい店」なんですよね。だからテレビにも出られるし、本にも載る。それ見て行った一般人は大火事になります笑
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