おせち食べますか 食べませんか

「おかあちゃん、お雑煮ある?」

最初に結婚したのは晩秋のことで、すぐお正月がやってきた。年末までの2ヶ月でたっぷり「知らない土地での知らない暮らし」の洗礼を浴びてはいたものの、やはり正月はベツモノだ。年末年始じゅう、私の感情は乱高下しっぱなしであった。

なんでアレをやらないの

なんでこんなことするの

なんでコレがおせちなの。え、お雑煮ってこれ? 

そのとき出てきた婚家のお雑煮は、赤味噌(味噌汁かよ!)、ワカメ(味噌汁かよ!)、大きな大根(ふろふき大根かよ!)、どろどろに溶けたもち、という人生初の衝撃的なものだった。

婚家の雑煮をディスるつもりではない。いや、違う。当時は大声でディスっていた。「あんな味噌汁で年明けを祝えるか」と、東京の友達に言いふらしていた。今思えば私とて自分の家のやり方しか知らないくせに「あんなの普通じゃない」なんてよくも言えたものだ。申し訳ない。若さゆえのあやまちとはいえ、心から反省している。

結婚とは、異文化に触れることだ。たとえ相手が同じ町出身、いや隣家に住む幼なじみであったとしても、油断はできない。今まで何十年もつきあってて一度も気づかなかったことが、平気で行われる。よその家の「普通」と、我が家の「普通」はまったく違う。違うのが「普通」なのだ。

おせちなど、その最たるものだろう。仕事柄いろんな地方の、多くの家のやり方を調べてきたが、結論からいうと千差万別だ。そこにはもう「普通」などないと言っても過言ではない。もともと地方ごとにかなり違う「正月を祝う食べ物」がある。それが時代とともに少しずつアレンジされたり、時に中止されたりする。代替わりや婚姻により新しい食べ物が導入されることもある。よその家のイカすアイディアがSNS等で共有され、一気にそちらへ傾くこともある。今年のおせちが来年も同じように食べられる保証なんて、どこにもないのだ。

去年ツイッターで「おせち 作りますか 買いますか そもそも食べますか」というアンケートをとった。私は感動した。思ったよりずっと世間は自由だ。おせちをめぐる世界はすっかり変わろうとしている。簡単にまとめるとこうだ。

1・伝統的なおせちの味が嫌いな人はとても多い。

2・嫌いだけど食卓に出す。次世代のため。正月らしさのため。そして3日後に捨てる。

3・伊達巻や栗きんとん、チョロギなどおせち世界でしか出会わないレアキャラには、コアなファンがいる。

4・正月肉の存在。多くの家で「我が家の正月に欠かせない肉料理」がある。日本の正月は、本当は肉に支えられている。

そして今年も「おせち 食べますか 食べませんか」から始まるアンケートをとった。これまた大感動だ。たかが2回、わずか2500人程度のアンケートで「日本人のおせちとは」と主語を大きくした話をするつもりはないが、それでもリアルおせちに変化は感じられた。以下、いくつか書いていこう。

1・おせちを「食べない」と堂々と答えた人の増加

去年と今年で同じ人が答えたわけではないので、正確ではない。だが去年は30%だった「食べない派」が、今年は42%にまで増加していたのはちょっとした変化だ。しかも去年同様、アンケートを世に放った当初から1時間後、1日後、3日後と時間がたっても割合はほぼ変わらず、ずっと40%ちょいを持続していた。

ご存知のように、ツイッターでの調査はリツイートされることで拡散するが、RTした人によって投票する人の属性はガラッと変わる。3日間ずっと割合が変わらなかったということはつまり、私をフォローしているような料理好きクラスタだけでなく、フィギュア好きも、ジャニオタも、数学マニアも、文学の人も、どこのクラスタ界隈も、常に4割は「食べない派」だったということだ。おせち嫌いに偏りはないということなのだ。

2・「食べる」人のおせちの中身における、既製品の増加

質問の仕方が違うため一概に比較できないのだが、既製品を使うことは今後ますます増えこそすれ、減ることはないだろう。これは「日本の女は堕落した」と嘆く話ではない。おせちの立ち位置が微妙になったという話なのだ。実際おせちを食べる人の話を聞いていると、何のために食べるのかわからなくなっている人が少なくない。家族みんなが嫌う、誰も食べないもの。手間はうんとかかるくせに大量に残るもの。そんなものに気力体力をさく余裕なんてない。どうせ飾りであるなら買ってこよう、というものだ。

おせちの味が好きだという人も、自分で作るとなると「そこまでしなくてもいいか」となる。世の中には見栄えがよく美味しい食べ物があふれている。年に一度のおせちだとしても、手間とお金と気持ちをかけてまで、手作りする意味は本当にあるのだろうか。買ってきたものを適当に盛り付け、余った時間でゆっくり過ごす方がみんなが幸せなんじゃないか。おせちだけの話ではないが、料理はもう「趣味」の域にある。

3・何がおせちか

正月肉の存在でも気づいていたが、みんなが本当に食べたいものは「単なるごちそう」だと思う。いや、探せばいる。いますよ。「田作り、好きなんだよなあ」とか「昆布巻きならどれだけでも食える」とか言う人、いますよ。だがその人に「田作りと、ごちそう肉とどちらか片方しか食べちゃダメ」と言ったらどうだ。おそらくほとんどの人が、肉を選ぶのではないか。肉の代わりにカニでもいい。寿司でもいい。ごちそうの勝ちだ。圧勝だ。

実は「おせちは食べない」と答えた人でも、ごちそうは食べる人は多い。また「おせちは食べる」と答えた人も、その中身はいわゆる伝統的なおせちとは限らない。和洋中エスニックなんでもありなのだ。今や伝統的なおせちだけを食べる人はかなり少数派と言っていい。

今回のアンケートでは「あなたの家の、なぜか正月にはこれを食べる/作るものがあったら教えてください」も問うた。去年もそうだったが、ここが1番面白いところ。ここがハイライトである。

親戚中で海老フライの大食い競争

ナマコは樽で買う

牛テールがお椀にみつしり

緑と赤の寒天がお重にみつしり

焼き豆腐を煮たのがお重にみつしり

謎の味噌が大皿にぺったり

他にも「なぜか毎回作るフルーツポンチ」とか「うずら卵の入ったお雑煮」とか「スイカと呼ばれるリンゴの寒天」とか、気になる食べ物をたくさん教えていただいた。いいなあ、どれも食べてみたい。

うちは毎年どんどん伝統から逸脱し、好きなものを少しだけ食べるスタイルになっている。お雑煮も10年くらい前まではまだ実家の味を踏襲していたが、あるときふっと「無理にこだわる必要はないんじゃないか。好きにすればいいんだ」と思いつき、今では実家も義実家も関係ない私オリジナルの味に変わった。「おせち」らしきものも元日の朝くらいなもので、お昼には初詣がてらパンを買いに行ってしまう。その足でファストフードへ行ってしまうこともよくある。そして2日にはもうカレーだ。好き放題だ。

好きにした結果「プチ断食」を選んだ人もいた。「正月だからアレを食べよう」ではなく「正月から作ったり食べたりがめんどくさい」から、あえての断食なのだ。これは目からウロコだった。こういう正月の迎え方もあるのだ。

またアンケートの中には「正月からガッカリしたくない」と答えた人がいた。本当にその通りだと思う。新しい年の初めから、意にそぐわないことをしてわざわざガッカリする必要はない。おせちが嫌いならやめればいい。好きなら食べればいい。作ってもいいし、買ってもいい。正月くらい、いや正月だからこそ、好きにすればいいのだ。

正月の自分をガッカリさせないもの、それが現代のおせちなんだろう。

さあ私は好きにした。君らも好きにしろ

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めちゃくちゃくだらないことに使いたいと思います。よろしくお願いします。

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