実家とは

恥ずかしい食べ物 かっこいい食べ物

おおっぴらに言えないけど好き、という食べ物がある。なぜおおっぴらに言えないかというと、その食べ物をカッコ悪いと思っているからである。そんなものを好きな私と思われるのが、恥ずかしいと思っているからである。残念ながら食べ物には、カッコいいものとカッコ悪いものがある。そして誰しも人前ではカッコつけたい。にんげんだもの。

食べ物に貴賎はない。上下関係もない。あるのは、うまいかマズイかだけである。だがわかっていても我々は「しょっぱい塩ジャケの皮でどんぶり飯わしわし」より「サーモンのミキュイ〜オゼイユソースで」の方がカッコいいと思ってしまう。「昨夜はコンビニ飯を食い散らかしたの」とは言えずに「作り置きのキャロットラペを食べたの」と嘘をついてしまう。仕方ない。にんじんだもの。

もちろんそれは主に、オフィシャルな場でのことである。会社で部長に「〇〇くんの好物は何かね」と問われたりした場合のことである。そんなときに「グラタンのよく焼いた端っこの、グラタン皿にこびりついたところです!」と答えることはできない。「冷めてしなしなになった春巻きにカラシをベッタベタにつけたやつです!」とも言えない。無難に「カルボナーラです」とか「餃子です」がいいところだ。まあ会社の部長というものが好物を尋ねてくる僥倖があるのかよくわからないけれど。

今はB級グルメどころか、C級、さらにはZ級なんて称される食べ物にも、それぞれのファンがいる。ちょっとネットをさわれば、それが見える。なので昔ほどには「こんなものが好きだなんて人に言えない」なんてことは減ってきているのかもしれない。でも「人に言えないひそやかな楽しみ」はある。きっとある。私もある。そして人は何を恥ずかしがるかも、ちょっと気になる。それで何年も前から、私はことあるごとに「人前でおおっぴらに言えないけど好きな食べ物ある?」と人に尋ねてきた。あるある。みんな、何かしらの「ちょっと恥ずかしい好物」をお持ちである。そしてそれは大きく3つのカテゴリーに分けられる。

1・安いので恥ずかしい

2・お行儀悪くて恥ずかしい

3・しょもなくて恥ずかしい

1の「安い」は説明するまでもないだろう。安いものが恥ずかしいのではなく、安いものを好む自分が恥ずかしいのだ。高価なものを好んでみせたところで、誰かが「お金持ちの子みたいでカッコいい」と思ってくれるわけでもないのに。「お金持ちの子だからカッコいいと思うような人」なんかとは友達になどなりたくないのに。

友人は「場末の安居酒屋で出てくる、具なしマカロニサラダの中にかろうじて見つけたキュウリのかけら」が好きなんだそうだ。これに中濃ソースがかかっていると、さらにいいらしい。相手によっては「具なしマカサラ」だけでも引き始めるのに、さらにソース、しかもキュウリのかけらとなると、ほぼ賛同者はいないとのこと。うん、そうだろうな。

2の「行儀悪い」というのは、こんなことだ。

「納豆をご飯にかけ半分は普通に食べる。残り半分になったらマヨネーズとふりかけ、醤油をかけてぐちゃぐちゃに混ぜ、最後のふた口はお湯をさしてずぶずぶのじゅくじゅくにする」

わかる。気持ちはわかる。私も「しょうが焼きの皿に残った汁気にご飯を入れぐちゃぐちゃにして食べる」のが好きだもの、気持ちはわかる。でもコレはなかなかハードル高い。義母の前ではまずできないし、友達の家でやっても驚かれるだろう。まさに「人に言えないひそやかな楽しみ」だ。

3の「しょもない」とは、ちゃんとした料理というには適当で、流動的で、カテゴライズしにくいもののことだ。主に家庭で作られる「名もなき料理」「名前のつけようがない料理」をさす。たとえば

「あの、肉を適当に切って、野菜...タマネギとかあれば...なくてもいいんだけど、シイタケでもいいし...え、シイタケとタマネギは似てない? まあそれはそうなんだけど、どっちでもいいんだ。そして春雨をあとで入れるんだけど、先に入れてグズグズにしてもいいし、そこでタマネギ入れてもいいし、タマネギじゃなくてシイタケでもいいし...え、シイタケとタマネギは似てない?さっきも言った? まあそれはともかく味つけはたぶん醤油...たぶん...それが大好物なんだよ」

というようなものである。友人家のソウルフードであるコレを私は食べさせてもらったことがあるが、プロの立場からしても、非常にネーミングしづらい料理であった。だが家の料理というのは、だいたいがこんなようなものだ。それが美味しくて好物だというなら最高じゃないか。確かに人には言いづらいけど。

ここで我が家の「しょもなくて名前のつけようがない料理」をひとつ紹介しよう。

カルボナーラやケーキなどを作ると、卵黄だけ使って、卵白が余ることがある。そんなときに必ず作る料理である。もう何十年と作っているのに、いまだに名前がつけられない。

【しょもなくて名前のつけようがない卵白の炒め物】

卵の白身 あるだけ/ひき肉 好きなだけ/青ネギ 好きなだけ/油、醤油、塩

フライパンに油を熱したら、まずひき肉を炒める。完全に火が通ったところで軽く塩をし、下味をつける。そこへ白身を入れ、一緒に炒め合わせる。白身はぷるぷるしている方が美味しいと私は思うので、完全に火が通るちょっと前に火は止めてしまう。器に盛り、青ネギをトッピング。醤油をたらっと回しかけていただく。

 ☆

私にも「おおっぴらに言えないけど好き」なものはある。ダサくて、安っぽくて、お行儀悪くて、名前のない好物がある。それは...

言えるか、そんな恥ずかしいこと。

めちゃくちゃくだらないことに使いたいと思います。よろしくお願いします。