ハトシロール

珍名さんとハトシ

「じろまるいずみ 」は本名である。

正確にいうと「数年前までの本名」である。「じろまる」は離婚した元夫の苗字で、それがとても気に入っていた私は、別れたあともこの苗字を使うことにした。今、戸籍上は現オットの苗字なのだが、それでも通称のじろまるを変えるつもりはない。なぜか。私は変わった名前が好きだからだ。

どういうわけか、幼きころから私は変わった名前になることを夢見てきた。すごい苗字の人と知り合うと「なんとかしてこの人と結婚できないかな」と妄想するのは当たり前。年齢が離れていたり、すでに既婚者であるなど結婚が困難な場合は「この人の養子になれないかな」と考えたりもしていた。酔ったフリして「私と結婚しませんか」「私を養子にしませんか」と笑顔でゴリ押しした回数も、10回や20回では済まない。私が恐れていたのはただひとつ、うっかり田中さんや鈴木さんに恋をしてしまわないこと。よくある苗字にならないよう、それはもう慎重に青春時代を過ごしたものだ。

姓と名の合わせ技で珍名になるのもアリだった。「泉さん」という苗字が世の中にはある。その人と結婚すれば私は「泉 泉」だ。すべての人に名前を覚えてもらえるだけでなく、将来も「知り合いに泉泉って人がいてさあ」と昔話されること間違いなし。泉さんと出会うのは私の悲願であった。

さらに「泉」という名前は男子にも使われる。苗字は何であれ、泉くんと結婚すれば、私たちは2人して同じ名前の夫婦となる。これならどんな苗字でもどんとこいだ。ククク、銀行や区役所の困惑が目に見えるようじゃないか。

なぜこんなにも変わった名前になりたかったのか。理由のひとつに、私が本来なるはずだった名前があるような気がする。

亡父が私につけようとしていた名前、それは

ガケ子

だった。

私の生まれた長崎は坂の多い街である。うちの家も急斜面に建っていた。そして父は偏屈...いや酔狂...いや内気なくせにイキりたがり...ええと、つまり、誰にもウケないような冗談を斜に構えて繰り出すのが好きな、ちょっと困ったタイプだった。

予定日より数日遅れて、ようやく私はこの世に生まれた。すると病室へやってきた父が「そういえば昨日、うちの裏でガケ崩れがあった」と話し始めたという。

「だから生まれた子供の名前は、ガケ子とつける」
「そんな変な名前、やめて」
「ガケ子にする、市役所行ってくる」
「あなたー」

母は慟哭した。

ところが市役所から帰った父は「やっぱり泉町で生まれたから、泉にした」と言ったそうだ。よかった。泉でよかった。うちがあと100m南にズレてたら昭和町だった、そしたら「昭和」とつけられていたに違いない。そして女の子なのに毎回「アキカズさんですか」と言われてたに違いない。泉町でよかった。よかったんだよ。

そんな長崎市泉町には長らく祖父母が住み、今でも叔母たちが住んでいる。実母の料理は今でこそ関東の味だが、子供のころは長崎料理も多く作られていた。中でもよく食べた記憶があるのが、ハトシだ。

ハトシとは、ハ=蝦、トシ=吐司で、直訳すれば海老トースト。中国から伝わった卓袱料理で、海老をすり身状にしてパンにはさみ、油で揚げた料理だ。これが私は大好物で、普段の食事にもよく作るし、正月にも欠かせない。作り方はこんな感じだ。

【ハトシ】

食パン(サンドイッチ用)8枚/海老 2~300g/タマネギ みじん切りにして大さじ1/マヨネーズ 大さじ1/塩、砂糖 1つまみ

ポイントは2つ。マヨネーズと、電子レンジである。

海老は冷凍・殻付きのブラックタイガー等を用意する。むき海老でもいいのだが、モノによってはぷりぷり加工をしすぎてて、すり身にならないことがある。殻付きの方が無難だろう。包丁で叩くか、フードプロセッサにかけるかして、海老をすり身にする。

塩と、冷凍の場合は甘みを補完するため同じくひとつまみの砂糖を入れる。マヨネーズはすり身にふんわり感を出すため。本来は「卵の素」という日本料理のテクニックを使うのだが、家庭ならマヨネーズで十分だ。できれば味の柔らかいメーカーを選ぶといいが、揚げれば酸味などは飛ぶのであまり気にしなくていい。ごく細かいみじん切りにしたタマネギも合わせ、すべてよく混ぜる。

パンはサンドイッチ用としたが、これは好き好きだ。私は薄いパンにたっぷり海老が好きだけど、パンでカサ増しする意味もわかる。長崎でも6枚切りくらいの厚めを使う店もあるし、はさむのではなく巻く店もある。海老たっぷりの店もあれば、薄く塗る程度の店もある。そもそも海老を使わない店すらある。まあここは、海老とパンがあればそれで良しとしよう。

パンに海老をはさみ、オーブンシートかキッチンペーパーを敷いた皿に並べ、600Wで1分、ひっくり返してもう1分電子レンジにかける。ラップはしない。パンと海老の厚さによって時間は違うので、適当に加減してほしい。指で押してみて弾力を感じるようであればOK。

電子レンジにかけるのは、あらかじめ熱を通しておくためだ。お店だと蒸し器で蒸すところもある。あらかじめ熱を入れておくと、揚げるのが短時間ですむし、油も吸いにくい。レンジから出したらシートやペーパーはすぐ取り外すこと。冷めるとパンにくっついて大変なことになる。ここだけ注意。

冷めたらラップに包んで冷蔵庫に入れておけば、3日ほど日持ちする。あとは食べたい時に好きな形にカットして、揚げるだけだ。多めの油をしいたフライパンで焼いてもいい。バターやオリーブオイルを使って焼くと、また違った味になって楽しい。パラリと塩をふって、熱いうちにどうぞ。

 ☆

ガケ子騒動があって3年後。今度は妹が生まれた。父は母のいる病室へ入るとこう言った。
「実は昨日、家に泥棒が入った。だからこの子の名前を


めちゃくちゃくだらないことに使いたいと思います。よろしくお願いします。