ミョウガ

ひみつの味噌汁と、生意気な味噌汁

「誰にも見られてない?」

「うん、気づかれてない。今だ」

けっこう広い食堂の壁際すみっこに席をとった私たちは、目立たぬようひっそりとランチを開始した。といっても見られて困るのは私ではない。Rちゃんの方だ。うちの味噌汁は変わってる、と彼女は言った。変わってるなんてもんじゃないかも、とも言った。今日は社員食堂の定食やおかずを使って、その「変わってるなんてもんじゃない、ひみつの味噌汁」を再現してくれるという。ただし誰かに見られるのは困る。なので社食のすみっこの、柱の陰に隠れるような席に我々は陣取った。

「見られたら? そうだなあ、まず何やってんの!って驚かれるだろうね」

「礼儀とかにうるさい人だったら、食べ物を粗末にするんじゃなーい!って怒るかも」

ああ、本当にその通り。まさに私がそれだった。目の前で「R家の味噌汁」の再現が始まると同時に「何やってんの!」と思ったし、次々と重なる蛮行に「食べ物を粗末にするんじゃなーい!」とも思った。目立たないようにすみっこに座ったのに、もう少しで大声が出るところだった。

だって彼女の味噌汁は、こんな感じだったんだ。

おわかりだろうか。

いや、すまない。本当はこんなもんじゃなかった。ただ私が今回用意した食材が圧倒的に足りなかったため、この貧弱貧弱ゥ!なビジュアルとなってしまった。本当のR家の味噌汁は、二郎のようにそびえ立っていた。肉と野菜と魚がモリモリと重なり合い、ときに漬物や納豆までもトッピングされていた。家では本当に、一切のタブーなくあらゆる食材が味噌汁につかっていたという。

そもそもR家は、母以外みんな好き嫌いが激しく、少食だったらしい。R父は「食事なんてものはそのうち錠剤で済むようになる」が口ぐせだったし、R兄弟もお菓子だけ食べてればゴキゲンだった。そこでR母は、数多くの料理を食卓に並べ「これだけ作ればどれかは食べられるだろう」作戦に出た。そう、食の細かった家光に春日局が出したという「七色飯」の現代版だ。だが局の努力むなしく、家族の偏食は一向に良くなる気配はなかった。

実は私も幼きころは偏食で少食だったから、Rたちの気持ちはわからんでもない。偏食者にとって「食べる」というのは、なかなか超えられないハードルだ。つまり料理が増えるということは、ハードルが増えて負担が増えるということでもある。目先が変われば食べられることもあるが、「食べられない」という失敗体験を増やすばかりにもなりかねない。ここはなんとも難しい。

そこでR母は、まったく逆の方法を取ることにした。具だくさんの味噌汁を作り「今日は、この味噌汁さえ食べればいいから」と、ハードルを1つだけにしたのだ。その代わり味噌汁には、その日摂取してもらいたい栄養をできる限り詰め込む。肉も、野菜も、魚も、乗せられるだけ乗せる。かけられるだけかける。そうやってR家の味噌汁は独自のデザインになっていったという。

母の作戦はあたり、まんまと家族は食べるようになった。Rからはその後なんども「見て〜昨日の味噌汁はひときわすごかったよ」と写真を見せてもらったが、毎度モリモリのたぷたぷで、ブレないあっぱれ味噌汁だった。最近は「平素の食事は具沢山の汁だけでいい」と提唱する料理家も増えてきた。が、あのR家の味噌汁ほど常軌を逸し......いや、爆盛りの味噌汁は見たことがない。あのころインスタがあったら、R母は相当なフォロワー数を獲得してただろう。「R家のお味噌汁」という本も出版されていたに違いない。

味噌汁ほど作り手によって違う料理もないだろう。「同じ名前なのに内容が違う選手権」があったら、お雑煮を抜き去って堂々の1位になること、間違いなしだ。土地によって、家によって、年代によって、人によって、味噌が違う。だしも違う。具も違う。

そして「違う土地に住んで困る料理選手権」があったとしても、これまた味噌汁が堂々の1位となるだろう。人が移住先の土地について「だいたいは住めば都だけど、味噌だけは口に合わない」という愚痴をこぼすのを、私は何度も見聞きしてきた。A地方の人はB地方の味噌をくさいといい、B地方の人はA地方の味噌をくさいという。つまりどちらも本当はくさいのではなく、ただどうしようもなく口に合わないのだ。

「自分が好む/使っているものが正統で、他は亜流」と考える人が多いのも、味噌界隈に多いように思う。名古屋はもちろんのこと、仙台で、金沢で、長崎で、それぞれの土地の味噌が「正しく」て、他は邪道と言わんばかりの事態になったことは、冗談だとしても1度や2度ではない。

長野などその最たるものだ。こちとら天下の信州味噌よ?というプライドに、長野県民は満ちあふれている。信州味噌が日本の王道、日本の当たり前、もちろん全国民が信州味噌使ってるんでしょ?と信じて疑わない。長野の義母は人の外見や好みなどで差別しない良き姑なのだが、私が「九州出身なので甘い麦味噌の味噌汁が好き」と言ったときだけはうっかり「味噌汁が...甘い...?」と苦虫を嚙みつぶした表情を浮かべてしまった。信州味噌王国に刃向かう逆賊がいるとは、思ってもみなかったのだろう。

R家とは比べ物にならないが、私も味噌汁の具はかなり多い。今のオットと結婚して最初のころは、味噌の好み以外にも、具の量についてかなり激しい戦いがあった。「具が多すぎる」というオットに対し「うちの実家はもっと多いわ!」と答えにならない暴言をよく返したものだ。今はオットに汁気多めでよそい、自分には具を多くよそうことで平和を保っている。早くそうすればよかった。

だがSNSのおかげで、味噌汁の具が多い家なんてごろごろあるのがわかった。「なめこしか見えない味噌汁」とか「ワカメ山盛り味噌汁」とか「ジャガイモの味噌汁と本人が言うからそうなんだろうけど、どう見てもジャガイモの味噌煮」とか、ツワモノがいっぱいだ。

具の種類もいろいろだ。私にはカマボコ味噌汁とか、ミズ味噌汁とか違和感しかないが、私がよく作る「生のりとエノキと天かす」とか「手のひらサイズの雑魚をぶつ切りしただけ」なんてのも他人から見たらどうだろう。うちの当たり前は、よその非常識。味噌汁だけの話ではないけれど。

今日は若いときに考案して以来、割と気に入っている味噌汁の具を紹介しよう。作り方を教えるほどのものではないが、こんなのも味噌汁になるのだと世界が広がってくれれば嬉しい。

【ベーコンとほうれん草の味噌汁】

ベーコン/ほうれん草、小松菜など緑の野菜/味噌/バターやオリーブオイルなど

ベーコンをフライパンに入れ、脂が出てこんがり焼き目がついたら、野菜を入れ脂をからめるようにさっと炒める。あらかじめ適量の味噌を溶いた味噌汁の中に入れる。

ベーコンの油がまわった野菜が味噌と合う。キャベツや白菜などの白っぽい野菜でもいいが、苦味のある葉物が1番ぴったりくるように思う。今日は春らしく「葉タマネギ」でやってみた。めちゃくちゃうまい。

Rちゃんは一度うちに泊まりにきたことがある。朝ごはんには、このベーコン味噌汁を出した。ひとくち飲んで、彼女は言った。

「なんだか生意気な味ね」

以来、この味噌汁はお気に入りだ。

めちゃくちゃくだらないことに使いたいと思います。よろしくお願いします。