朝ごはん3

じろまる茶漬けと、ごはんの美味しい炊き方

「タクシーといえば」
ハッとした顔で、Kくんが話しだした。

「えらい目に会ったことあるわ。もう俺、生きてタクシーから出られないかと思った」

Kは出張が仕事みたいな、忙しい青年だ。なんの仕事かはハッキリしないが、とにかく出張ばかりしている。出張先ではタクシーに乗りまくるため、ちょっとしたタクシー評論家でもある。そもそもうちの店にやってきたのも、名古屋に出張でやってきて、タクシーで通りすがりに気になったからという理由だった。

「どんなタクシーだったの?」

「それがさ...」

タクシーに乗り行き先を告げたあと、することは2つにひとつしかない。街を眺めたり仕事をするなどして自分の世界に没頭するか、運転手さんと話をするか。もちろん逆もしかり、運転手側も「運転に集中するか、客と話すか」の2つにひとつを選択することになる。Kの出会った運転手は、客と話をしたいタイプ・しかも客の気持ちなどおかまいなしに自説を強引に話し続け、最後までご清聴いただかないとキレるタイプだったのである。

話は唐突にも「お客さん、ごはんの美味しい炊き方って知ってる?」から始まったそうだ。まあ無難な話題ではある。日本に住んでいてごはんを食べたことがない人はあまりいないし、ごはんを嫌う人もそうはいない。ふだん料理をしない人でもコメだけは炊くとか、炊飯器だけは使える場合も多い。つまり不特定多数の相手に持ち出す話題としては、多くの「いいね」が得られる予感がある。

「知ってる?」と問われたから、Kは答えようとした。まずは相づちからだ。

「そうですね...」

だがKは「そ」も言わせてもらえなかった。「そ」の「s音」を発するかどうかのうちに、運転手が大きめの声で「ちゃんと聞いて、今からごはんの美味しい炊き方を教えてあげるんだから」とさえぎり、グイグイと話し始めたからだ。

圧力が強い割には、話がうまいわけではない。「自分の親戚が」とか「先日もね」とか、枝葉と末節をあちこち何度も行き来し、外堀ばかりを踏み固める。どうやら「炊飯器に何か入れる」のがオチらしいのだが、一向に核心に迫らないうちに目的地にはどんどん迫り、少々不安になってくる。

だが話を早く進めようと「炊飯器に何を入れるんですか」と口をはさんではいけない。「ちゃんと聞いて!」と、運転手からの強い叱責が飛んでくるからだ。そして口ははさませないくせに、運転手の希望するタイミングで、理想的な相づちを打たないとまた叱られる。「ちょっと!ね?聞いてる?ちゃんと聞いてるお客さん!?」と、狭い車内に運転手の怒号が響き渡る。このあたりでもう「少々」どころか、かなり不安になってくる。

「あ、その角で止めてください」

ようやく目的地に着いた。話はまだ終わってないが、目的地に着いたんだもの。炊飯器に何を入れるか手短に話して終わりだろう。そう安堵して財布を取り出したKくんは、ここから戦慄することになる。

運転手が、話をやめないのだ。

言いたいことを、言いたい順番で、すべて吐き出さないとやめられない人なのだろう。車は止まっている。メーターはもう会計モードになっている。しかし運転手は前を向いたまま、Kの差し出したお金をチラリとも見ずに話を続けているのだ。もちろんドアは開けてくれない。話が終わるまでこのタクシー劇場から逃げることは許さない、というわけだ。

「お金ここにおきますねとか、2千円からでお願いしますとか、何度か話しかけたんだけど無視でな。だんだん怖くなってきて、ひたすら刺激しないように話が終わるのを待って。やっとドアが開いたときは、泣きそうになったよ」

ちょっとしたホラー話となった。

それから数ヶ月後。

街で流しのタクシーを拾った私は、行き先を告げた途端に腰を抜かしそうになった。運転手が挨拶もそこそこに「お客さん、ごはんの美味しい炊き方を知ってる?」と話し始めたからだ。

あの運転手は実在した。Kの言ったことは、何ひとつ大げさではなかった。一言一句、同じことが私の身にも起こったのだ。私の言葉はさえぎられ、相づちをちゃんと打たないと叱責され、あっちこっち飛びまくる話を注意深く聞くふりを強いられた。

目的地に着いても同じだった。ドアは開かない。お金も受け取らない。まだ話が終わってないからだ。私は「答えを知ってるのに知らないふり」の演技を必死で繰り出し、ひたすら話が終わるのを待つしかなかった。

この話を久しぶりに思い出したのは、先日買ったコメが信じられないくらいまずかったからだ。コメというものは上をみたらキリがないが、近所のスーパーの激安品でもそこそこ美味しくいただけるものだ。好みの水加減さえキッチリ把握しておけば、およそハズレはない。優秀な炊飯器が美味しいごはんにしてくれる。

ところがそのコメは、箸が止まるほどの衝撃だった。最初は炊飯器が壊れたのかと思った。次に体調不良を疑った。違う、そうじゃない、コメがまずいんだと気づくまでに、多くのトライ&エラーが行われた。

炊き込みごはんもチャーハンも作った。カレーもハヤシもクッパも試した。予想通り、味の濃いものはなんとかごまかせる。だが中年の体には、味の濃いもの連チャンはちとキツイ。もう少し軽やかで、それでいてまずさを忘れさせてくれるような、ステキなサムシングはないものか。

ということで、私が小学5年生のときから作り続けている、じろまる茶漬けを紹介しよう。じろまるという名字になる以前は「いずみ茶漬け」と呼んでいたこのお茶漬けは、小学生だった私の好物だけで構成されている。具材の香ばしさと、食べている時間の短さが功を奏し、意外にもコメのまずさを忘れさせてくれる逸品だ。

【じろまる茶漬け】

炊いたごはん 茶碗一杯 / ベーコン 1~2枚 / ザーサイ 20グラム / 青ネギ 小口切りにして大さじ1程度 / だし 適宜 / 塩、醤油

ベーコンは厚みのある方が存在感が増すが、薄切りしかなかったらそれで構わない。幅1センチくらいに切って、フライパンでこんがり炒めておく。

ザーサイは瓶詰めなどであればそのまま、塊であれば薄切りにして水につけ塩抜きしておく。こちらもベーコンと同じくらいの幅に細切りにしておく。

だしは昆布と鰹節からとるが、インスタントでも構わない。「美味しい」と思える程度に塩で味つけし、最後に香りづけの醤油を数滴たらす。だがオットのように「もう少し醤油がしっかり感じられる方が好き」という人も多かろう。そこは自分の舌を信じて醤油を入れれば良い。

茶碗にごはんをよそったら、その上にベーコンとザーサイを盛り付ける。青ネギを散らしたら、だしを注いで出来上がり。美味しいコメならゆっくりと、イマイチなコメならまずさに気づかないうちに大急ぎでかきこもう。

そうそう「美味しいごはんの炊き方」の答えは

おちょこ一杯の日本酒を入れる

でした。とっぴんぱらりのぷう。

めちゃくちゃくだらないことに使いたいと思います。よろしくお願いします。