グラタン

吸血鬼とホワイトソース

映画「ボヘミアンラプソディ」の成功のおかげで、平成も終わるこの時代にふたたびクイーンの音楽がよく流れるようになったのは、オールドファンとしては嬉しい限りである。私の小中高はクイーンとともにあった。歌詞をノートに書き写しては覚え、ギターのリフを真似し、コーラスの編成を知りたいからと父のオーディオをぐちゃぐちゃにいじっては叱られていた。

クイーンは「少女マンガとの親和性が高い」と、最近あちこちで言われている。「女性ファンが多かったのはそういう理由だ」また「日本の女性ファンは、少女マンガをよく読む人たちだった」という説もある。すべてがそうだったとは思わないが、言わんとすることはわからんでもない。ロックとマンガの相性はいい。あのころ好きだったマンガにはクイーンに限らず、ロックミュージシャンを模したキャラが登場することは多々あった。コマの端にこっそり描かれた落書きに教えてもらったバンドもたくさんある。

私が子供のころは、まだ「マンガを読むとバカになる」とマジメに考えられていた時代だ。だが私にとってフランス革命も信長も、将棋や社交ダンスの知識も、みんなマンガにきっかけを与えられたものばかりだ。神話やSFは言わずもがな。私の人生は、マンガのおかげによるものが実に多い。

マンガに教えてもらったといえば、吸血鬼もそうだ。血なまぐさい串刺し公から、どうやったらうるわしいヴァンパイアに進化するのか。その変遷をたどるには本の1冊や2冊ではすまないけれど、ともかく吸血鬼は昔から乙女の胸をざわつかせてきた。古今東西、吸血鬼をめぐっては数多くのロマンチックな創作がある。私の中学時代には、ご存知「ポーの一族」があった。いやぁハマった。セリフをノートに書き写しては覚え、あらゆるコマを模写し、自分なりのスピンオフをぐちゃぐちゃと書き散らしては「勉強しなさい」と叱られていた。

そんな中学時代に出会ったのがF先輩である。

彼は肌が透けるように白く、髪は日本人と思えぬ明るさで、サラサラと明るく光っていた。そしてその唇はなぜかいつも赤く染まっていて、そう、つまり、とてつもなく吸血鬼っぽかったのだ。

イケメンさんだからモテていて、私も友人と一緒にキャーキャー騒いだものだ。だが私は男として見ていたのではなかった。ヴァンパイアとしての妄想に燃えていたのだ。そう、先輩は久遠の時を翔ける存在。この中学に来たのは、一緒に永遠(とわ)を過ごす仲間を探すため。先輩にとってのアランを見つけに来たに違いない...という妄想に「キャー」と酔いしれていたのだった。

1枚だけ持っているF先輩の写真は、お祭りの夜に勇気を出して撮らせてもらったものだ。これが事もあろうに、目が赤く光っている。赤く光っているのだよ。真っ白な顔に、赤い唇、そして赤く光る目。完璧だ。これで先輩ヴァンパイア妄想は、ますます激しさを増していった。

そんなある日、他の先輩方を含め話をしていたときのこと。好きな食べ物は何か、という話題になった。もう私の胸はドキドキだ。F先輩の答えは何だろう。ヴァンパイアといえばバラだ。どうしよう「バラのエッセンスを落とした紅茶」とか「バラのジャム」とか言い出したら!「食事はしないんだ...バラの花は買うけど」と妖しく目を光らせたら! 

はあはあしている私の横で、F先輩は言った。
「俺はグラタンが好きだな」

はああああ!? グラタンだ? ちょっと吸血鬼なめてもらっちゃ困るんだけど。グラタンて牛乳からできてるんだよ? 輝く太陽、すくすく育った牧草、いいサイレージはオレンジの匂い、でっかいどう北海道、そんな明るい昼間の食べ物よ? ヴァンパイアがそんなもの好んでたらダメでしょう。世界観崩れるでしょう。

せめて豚バラとでも言ってくれたら、バラつながりで許したかもしれない。でもグラタンはダメだ。エドガーはグラタンは食べない。エドガーはグラタンをふうふうしたり、チーズの糸をびよよんと伸ばしたりしない。中2全開の私は怒り心頭だった。F先輩も横にいる後輩が、まさかこんなことで怒りに身を震わせているとは思いもしなかっただろう。

とはいえ私も、グラタンは大好きだ。まあかつて子供だった人で、あれが嫌いな人はそうはいまい。バターと牛乳の豊かな香り、とろりとしたテクスチャ。完璧だ。食べ物界のゆるふわモテクイーンといっていい。

母親は料理のできる人で、グラタンも上手に作っていた。なのでことあるごとに「グラタン作って」とお願いするのだが、いつも「あれはめんどくさいのよ」と断られていた。それなら、と自分で作り始めた。友達の誕生日にグラタンを作って家まで届けたこともある。だが今思えばあれは、粉っぽい不出来なものだった。

ホワイトソースは「粉っぽさ」との戦いだ。バターで小麦粉をよーく炒め、火を通す。だが決して色をつけてはいけない。この「よく炒める」と「色をつけない」の加減が、慣れないうちはさっぱりわからぬ。おまけに私はちょうイラチだったから、ささっと炒めては「も、もういいよね。もういいや!」と牛乳を入れてしまう。そんな失敗の繰り返しだった。

今はホワイトソースで失敗はない。しかも電子レンジで作る。これはちょっとみなさんに覚えてもらいたいので、ここで紹介しよう。量によっても違うが、5~10分もあれば作れる。どうぞ。

【レンジでホワイトソース】

【材料】小麦粉/バター/牛乳

ガラスの耐熱ボウルがあると作りやすい。

【追記】配合の割合は、バターと小麦粉が同量。牛乳はその10倍が基本となる。

ここで「バターは大さじ2ですよ」などと言ってあげたいところだが、バターって決められたグラム数を測るの、すごく面倒じゃないですか? 私はダメ。測るの嫌い。よく「あらかじめ何等分に切っておくと、ひとかけらが何グラムなので便利」と料理本などに書いてあるが、あらかじめ切ることができるような人間なら私はここにはいない。そういうのができない人生を送ってきた。だからハカリにボウルを乗せたら、そこに適当にぐいっと切ったバターを入れる。そのグラム数と同じだけ小麦粉を入れる。そんな生き方をしている。

とはいえ何回もやっていると、いつもの手クセで、いつもの分量になる。うちはだいたい、バターも粉も50グラムくらい。牛乳は500~700mlくらい。今日はバターが43グラムだったので、粉も43グラム。牛乳は500mlちょい。レンジは900Wである。参考までに。

バターと小麦粉が入ったボウルを、レンジにかける。ワット数によって時間は違うが、家庭用であれば大体1~2分。バターがふつふつとするのが目安だ。溶けたら泡立て器でガーッと、なめらかになるまでかき混ぜる。さらに1分程度レンジにかける。なめらかだった表面が、泡立ったような感じになる。

ここへ牛乳を入れていく。牛乳は冷たいままでOK。まず1カップくらいを少しずつ入れて、その都度泡立て器でガーッと混ぜる。なめらかになったらレンジに2分ほどかける。

取り出したら混ぜる。このレシピで気を配るのは「混ぜる→なめらかにする」だけなので、大いに混ぜて欲しい。残りの牛乳を3回くらいに分けて「入れる→混ぜる」を繰り返す。最後にもう1~2分、レンジにかけて出来上がり。すぐ使う場合はそのまま、しばらくたってから使う場合はソースの表面にくっつけてラップしておくと膜が張らない。

ソースの固さは最後のレンジの時間で決まる。ゆるいと思ったら、もうちょっとレンジにかけて好きな固さまで水分を飛ばす。固いと思ったら牛乳を足してもう一度レンジにかける。ホワイトソースは熱いとゆるく、冷えると固くなると覚えておけば、自分の望む固さへと導けるだろう。

あ、あとホワイトソースは塩が効きやすい。入れるときは気持ちより控えめに。もしくは具材の方で調整するとうまくいく。

明日からの3連休、クリスマスの宴をするという人も多かろう。そんなとき、ささっとできるホワイトソースがあればすごく便利だ。コンビニの冷凍野菜やソーセージの上にかけて焼くだけで、グラタンができる。水や牛乳でゆるめてシチューにするという手もある。ゆで卵だけでも嬉しいし、ホタテやエビがあったらもう大ごちそうだ。

年末年始のごちそうにもいい。子供や若い人がやってくる家であれば、ホワイトソースを使ったものは大歓迎だ。ソース自体は日持ちするので、冷蔵庫に入れておくと便利。ぜひ。

F先輩も今ではすっかりいいおじさんになったことだろう。相変わらず吸血鬼づらをしているのだろうか。白皙の美少年から、イケ渋オジヴァンパイアになっただろうか。ううむ、それはそれでまた妄想が...

めちゃくちゃくだらないことに使いたいと思います。よろしくお願いします。