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機内食

感情とは不思議なものだ。心の底から湧き上がる感情の沸点はいつ、どのタイミングで、何を思って、どれだけの量が出てくるのかわからない。こう見えて私は、非常に感情豊かな人間だ。たとえ、電車の中であろうと、飛行機の機内であろうと、素敵な映画や本に出合えば所かまわず泣く。それも大号泣である。以前、飛行機の中で私の大好きな俳優・大泉洋さん主演映画「晴天の霹靂」を見た。最後のシーンで柴咲コウさん、大泉洋さん、劇団ひとりさんの三人で掛け合うシーンは非常に素晴らしく、案の定、私は大号泣した。それは、大号泣したあと、自分でもおかしくて笑ってしまうほどだった。ちょうど映画を見終えた時、機内食の配膳が始まっていた。
ご飯が運ばれてくるまでの間、私は、もう一度あの感動するシーンを見ようと決めた。ご飯を食べ終わったらまた暇になる。ならば、またあのシーンを見て、もう一度素敵な時間を過ごそうとした。モニターで最後のシーンがはじまるところまで戻し、準備は整った。
まもなく私のところへ客室乗務員が機内食の配膳に来た。その方は物凄くキレイな女性だった。思わず、トキメイテしまった。
「chicken or beef?」
彼女からありきたりな質問を受けた。トキメイタ私は、ここぞとばかりに良い声で「chicken」と答えることにした。自分の声が彼女の心まで響くよう、痺れるようなサウンドにしようと、意を決し喉を震わせた。
「ヂギン please」
やってしまった。数分前までオイオイ泣いていた私の喉は絶不調だった。だが、彼女は私の注文がchickenであることを悟り、私の机へ提供してくれた。優しくて思いやりのある素敵な女性だ。魅力的な女性だ。すると、また彼女から声をかけてきた。
「Would you like something to drink?」
飲み物を頼むチャンスがまだ私にはあった。神様は私を見捨ててはいなかった。さっきの名誉を挽回するには持って来いのチャンスが巡ってきた。そしてここで、私は少し考える。一番良い発音をするには何を頼むのがベストかと。ただ、そう長く考える時間もなく、次第に焦り、私は目の前に赤く光る飲み物を注文した。
「コーラ.please」
私の声を聴いた女性は困惑した表情で聞き返してきた。
「Coke?」
私は「Coke」を「コーラ」という和製英語で発音してしまった。良い声どころの話ではない。そして、神様なんてどこにもいなかったのだ。何を信じていたのか。Cokeと分かった彼女は何もなかったように華麗な手際で私に飲み物を渡し、足早に僕の元を去って行った。
ご飯を食べ終え、感動するシーンを見て私はまた涙を流した。流した涙の量は前回よりも多かった気がした。

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