赤、白、ピンク

黄色い坂道、眠れず飛び出し午前五時、
街灯、みなぎるオレンジ、
イチョウ並木、緩やかに見おろせば、
白い大小のつば、二つの赤い鼻先に、
弾みふくらみ白い息、
若やいだ睦まじおしどりのおしゃべり、
のぼり来て、迎えうつ
口の端に浅く殺し青白い息、
脚は勾配に押し出されるまま、
薄闇にふくらむぼんやりした
オレンジの端(は)にすれ違い様、
「ちょっと、おねえさん!」
呼び止められる黒い撫で肩。
戸惑いの中、
坂下の道路灯が過ぎゆく銀の大箱
てらてらと、きらめかせて送り出し、
二重の後輪が物憂げな音を
冷たい路面に引き摺っていく。
振り返れば、いたずらに伸ばした黒髪が
首にらせんにからまり、
「落ちましたよ」
音もなく、ふいに右のポケットから
こぼれたハンカチ、
薄手の黒い手袋に、つままれた木綿の白
――その日限りのみぎりの白。


寒さと恥辱にちぢこまり会釈すれば、
かじかんだ鼻先にくしゃみもよおし、
かえってきたハンカチ両の手に、
しな、と包めば、
喜ぶおそろいの白いつば、
はぜては混じる白い息。


意味理由なく、
おしどりに性をかくしうつむき、
なぜかしらやり場のない二色の胸騒ぎ、
不愉快な交感と憎悪。


   ――人が独りでいるのはよくない――


神の頑是無いつぶやきに水際の唾棄。
おねえさんでも妹でもない「助け手」、
過不足のないイブの所在と役割。


落とし物のもたらす幸福は、
色に質感、おねえさんのにおい、
堅く情衝(いろづ)いて先端、
すぼまり締まる稜線の歯ぎしり
――性の記憶、息切らし衝動、
あの頃の高鳴りに合わす足運び、
暗がりに逃げ惑うヌメヌメした背中に
爆ぜる息、はあ、太い息!
ときおりこちらに振り返っては
しなを送るいとなみの原始性、


   ――増えかつ増して地に満ちよ――


執拗に縋らざるを得ないのが
性(せい)の性(さが)ならば、
真っ赤な下腹に生じてしまう空隙は、
白とピンクの迷彩に満たし、
満たされようと焦燥する自我、
あてのない交感、その不毛ないとなみの歴史は、
この初冬、早朝の散歩に同じ、
一瞬であれ赤く醜い絶望的な汚れを
拭うことができる衝動のマグマ
――血流の過ぎた思考回路と三つ脚の破裂、
ドグドグ底うつ動悸、コト切れ、
膝に手を突け喘げば、向こう街の赤黒い輪郭。


シャワーの蒸気、立ちのぼり、
ボディーソープの泡の匂い、
洗面台の三面鏡に写す半裸身、
くだらない。
冷たい足先のしびれ、熱く冷たい耳たぶ流し目、
くだらない。
ちいさい乳首は上向き、
くすぐられ動揺ばかりのナルシズム、
どれもこれも、くだらない。


遠のいた交感、交接点。
白く放射される懶惰のベクトルは、
束ねて向かう先、悲しき黒い消失点。
――今日もまた、そういうことだ。


低い天井、濡れた前髪にそそのかされ、
浅い夢、あの日の落とし物
――見知らぬ一度きりの女
――まばゆくはがゆいシチュエーション
――短いスカート、揺れるプリーツ赤い襞、
くすぐり奏でる毛先は白い腿と腿が共有する
柔らかな陰影をくすぐり、
長い髪の黒いイタズラ、
何も知らないしなやかな後ろ姿に透かす
野太い動脈むくむくと、
荒廃した屈強な手腕
――おねえさん――らしさ――さらし、
白い木綿に移ろう匂いとふくらみ、
やわらかさと午後の陽に溶ける、
あの日の血液と漿液
――汚れた下着の色のまま、腐れてホラ、
死ンデシマエ。
赤は最も汚い色だ。


   ――わたしは彼のために
     彼にふさわしい
     助け手を造ろう――


ぼくはばかだ。
ぼくがばかなら、独りじゃないのがベターなら、
「助け手」はヘビでも構わない。
神だけが天才だ。
「助け手」という言葉は、どう考えても
「神」という言葉よりも尊い創造だ。


システィナ礼拝堂に描かれたミーノス、
地獄の王を慰める白いヘビ。
翼を創造させたのは、
ミーノスがダイダロスを幽閉した
塔の偉大な高さだった。
祭壇画を見る者を審判者とするならば、
ミノスは天国の端くれに微笑む。


薄曇りの寒空、散髪の予約、
ざわつきを反芻しきれない
高繊維質の昼休み。


細切れ刹那、集めて囃子、ジャーナリスト。
または編集不能なナルリリシスト。
断片とし耐えられるだけの
シチュエーションのコレクション。
目前のベストより地中のベーシスト、
朝の薄汚れた夢だけに吹き寄せる冷たい北風、
長く優しい処女まつげ。


白い木綿は汚して捨てた。
ピンクの偶像は、まだ捨てられまい。


しなびたイチジクの葉、
ちきゅうから滑りおちれば、
すかさず貼りつく白とピンク、
性的なモザイクのせせらぎ。




翌朝もまた、衝動を求めて見おろす
黄色い坂道、寒さに粟立ち青白いうなじ、
ゆるやかにのぼりくるおしどりにうつむき、
イチョウの落葉、水勾配に逆らい逆らい、
薄闇にひるがえす無数の黄鱗、
足下から喉元に迫りきては殺さんと、ぼくの息。




内側で躍動する最も汚い色のはたらきを
認めてはじめて、
白とピンクの外的なはたらきが、
真に美しいと感じられる。


ただ、加減を知らなければ、
最も汚い色は、容易に外に噴き出てくる。


ぼくにはまだ、経験が足りないだけだ。
ガランスに戯れたままの槐多だ。


ぼくはまだ、ばかではない。
ミノスもまた、ばかではない。
ぼくのはまだ、白いヘビのやさしく食む、
ピンクの色即だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?