美しい小鳥のさえずり

はじめてやってきた街、
履き慣れない靴に歩き疲れ、
辿り着いた駅前通り、
電車に乗る前に一息つこうと
わたしはカフェを探していました。


通りには中層のビルが建ち並び、
馴染みのチェーン店が下階のテナントを
埋める中、
歯抜けのように低層の古民家がぽつり、
つつましく改築された趣のあるカフェに
わたしの足は止まりました。


外から覗ける範囲の店の内部は、
古材に彩られ、置かれた家具、造作
ともに建物に調和し落ち着きがあり、
わたしはその雰囲気に誘われるままに
入っていきました。


店内は思いのほか奥行きが深く、
目線の先に開けたちいさな庭の中央に
プラタナスの中木がその腕に夕日を受け、
ほどよい高さの天井は、店内のにぎわいを
どこかやわらかく、あたたかく包み、
外から想像していたよりも
はるかに心地よい空間に、
わたしはさらに満足を深めました。


入口付近のカウンターでコーヒーを注文し、
受け取ると、右手の壁沿いに並ぶ
中央付近に空いていた席に落ち着き、
コーヒーを啜りはじめました。


しばらくして、ふいに
「チュロチュロチュン、チュンチュン」
小鳥のさえずりが、どこからか
聞こえてくるのでした。


おどろいたわたしは、きょろきょろと
店内を見渡しました。
しかし、小鳥は見つかりません。


そしてわたしをのぞき、
そのさえずりの主を探そうと
志向を働かす人は、
ひとりもいないようでした。


わたしの座る席から右手奥にのぞく
プラタナスの樹に声の主がいるのでは、
とも考えましたが、
ずっと奥の窓の外から聞こえてくるには
それはあまりにも明瞭すぎたため、
すぐにその疑念は消えました。


天井が高いせいでもあるのか、
わたしの耳に届くそのさえずりは
空間内に均質にふくらんでいるように
聞こえ、出所の見当すら全く
つけられないのでした。


――いったいどんな小鳥なのだろう――
わたしの中で、様々な色かたちをした
きれいな小鳥たちが、かわるがわる
やってきてはかわいらしくさえずり、
かろやかに飛び去っていきました。


またしばらくして、
「チュロチュロチュン、チュルン」
やはり、鳥は見つかりません。


それはあきらかに、小鳥のさえずりでした。
ちいさな喉を懸命にふるわせ、
親鳥に呼びかけるようなあの鳴き声――


店内にひしめき合う話し声、
耳障りのよいジャズ、
グラスやカップの触れ合う音、
出入りする人々の足音、
それらを縫って、
あいらしいさえずりが、
なぜかわたしにだけよびかけてくるのでした。


「チュロチュロチュン、チュチュン」
店内を注意深く観察した結果、
三度目のさえずりで、
わたしはひとつのことに気がつきました。


飲み物を受け取った客が、
わたしの席を通りすぎ、店の奥、
わたしの席から死角となる右手の側に折れて、
まもなくすると、聞こえてくるのでした。


わたしは席を立ち、やや重い足取りで
確かめにいきました。


それは小鳥のさえずりではなく、
喫煙室の入口、重厚な木製引き戸の戸車が、
敷居の上を不器用に滑る際に響く音でした。


「チュロチュロチュン、チュンチュン」
たばこの匂いに身を包んだ人が、
わたしの前を通り過ぎ、店を後にしました。

わたしの余計な探究心が、店内から
まだ見ぬ美しい小鳥を追い払ってしまいました。


やや冷めたコーヒーは酸味が強く、わたしは
5度目を耳にする前に、店を後にしました。


「チュロチュロチュン、チュンチュン」

電車の中、疲れに目を閉じ思い出すその音に、
再びあの美しい小鳥たちが、
いっしょに歌おうと寄り添ってくるのでした。

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