見出し画像

慮り屋の食脳たち

素晴らしい星を見た。前年に何度も観測されたソルバダ大星雲に比べりゃ、あんな輝きは曇り空と同等でしかないですよ・・とか言ってたどっかのコメンテーターは腹をこわしてしまえばいいと思うが、いままで生きてきた中で一番好きな空とか抜かしてた街中の小娘にも、今日くらいちょっと黙っていてほしいと思った。私がわざわざ家の近くのバーで酒を飲む理由なんてのも、いちいち聞くもんじゃないと思うが・・・ミルク多めのラム酒を3杯流し込んだところで、バーテンダーが私に耳打ちをしてきた。

彼女、そろそろ来る頃ですかね。

・・で、スカートの裾を勢いよく引き千切って強盗犯から逃げ切ったおかげで学校の遅刻を免れたマカマリィ家の三女の財布からは、モリブデンがにじみ出てるんです。この手の展開は番組の中だとかなり定番って感じなのですが、私は毎回痺れちゃいます。そのせいで今日は喫茶ロポンのあんずクリームパイを4個も食べちゃったの。窓際の一人席にも座れたのよ。私もう、おなかがいっぱいだわ。

『突撃!隣の構成元素:マニアブック 第3巻』という本が大のお気に入りである彼女は、毎週バーに来るなりこんな調子で私に話しかけてきていた。ただの客にすぎず、知識豊富とかでもない私を選んで話をしてくるのは不思議だったが、私は彼女のことを煩わしいとは思っておらず、むしろ彼女が来ると分かっているからこそ、この店に出入りしているようなものだった。彼女は、ケーブルテレビでやっている「突撃!隣の構成元素」というオカルト番組の内容を私に詳しく伝えるとき、なぜか所々にさまざまなグリム童話の一節をはさんできた。そういうわけで、彼女の説明を何遍聞いても番組について私の理解が進むことはなかった。彼女なりに私へ配慮した結果、番組の猛烈なネタバレを誤魔化すためにそういう話し方をしてくれていたのかもしれないが、それは少し自意識過剰かもしれない。とにかく、細かく刻まれたマッシュルームの断片みたいな彼女の話を私の中で再編成し番組内容を推測する、なんてことは極めて困難だったし、遠回しに私に番組の視聴を勧めているとも考えられるほどに、彼女の長話は頭に入ってこなかったのだ。このまま、「突撃!隣の構成元素(グリム童話ミックス)」について彼女から毎週聞き続けることになるのかと思っていた矢先、彼女は突然、ヒーリングに効果を発揮するといわれる鈴を取り扱う怪しいマッサージ店を勧めてきた。後でその店の名前を調べてみると、あろうことかオンラインショップの通貨の単位が全て「デロリアン」で統一されていたのであった。このことからも彼女を不審に思った私は、次会ったらいよいよ怪しいツボとかを売りつけられそうだなと、少し警戒していたところだった。

店に入って1時間弱、小腹が空いたので、大好きなアヒージョを頼んだ。しかし、今日出勤しているバーテンダーがアヒージョを作ると、どうも毎回必ず木べらを一本ダメにしてしまうという事情があるらしく、作れやしませんよ、と強く断られた。しかし私は、脳が揺れながら喜んだあのアヒージョを今食べたいと強く思っているのであり、木ベラなんて弁償してやるから、ここは1つ頼まれてくれないか。と引き下がらない姿勢を見せてみた。しかし彼はどうしてもアヒージョを作ろうとしなかった。ああ!全く、なんということだ。あの味が食べたくなる瞬間を無視して良い時なんて、この世には存在しないっていうのに!もしも私がこの店で毎週アヒージョへの愛を語っている客だったのなら、恨みを買う危険を恐れたバーテンダーは木ベラをダメにしてでも、それはもう灼熱のアヒージョを用意してくれたのだろうか・・。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?