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青の彷徨 後編 19

 四月になって最初の休み、周吾はマンションの荷物を友香の部屋に運んだ。荷物と言っても、服と本だけだ。橘栄吉はマンションのベッドルームを和室に変えたいというので、ベッドは友香もそのまま使いたいし、友香のアパートには入らない。それなら福岡のマンションにもう持って行け、となった。橘栄吉はノッピが使っていた、テレビと冷蔵庫、洗濯機、炊飯器など家電品ははそのまま使ってくれるという。電力の周波数が違うし、埼玉はもう使って古いから処分し、荷物は少なくして引越しをする考えのようだ。周吾は友香の家にあるのを使えばいい。マンションの清掃が終り、畳の部屋が出来ると直ぐ、荷物と一緒に橘夫婦が大分駅に着いた。もう最後になるかも知れないから、山口によって先祖の墓に立ち寄ったのだ。橘栄吉の荷物は殆ど本だった。この整理は本人しか出来ない。到着した日は四人で近くの定食屋で夕飯を済ませた。橘栄吉は周吾と友香の結婚式に出たいと言う。周吾も了承した。結納があるから周吾たちは金曜に移動する。電車で往復してくれることになった。友香ももう顔見知りだし、周吾と話が弾むし、先妻の親と言うより、周吾の老いた友人という雰囲気で全然構わない。参加してくれて嬉しいと言った。
 三周忌は、またしても晴天だった。ノッピには青空が似合う。青い空に白い雲が流れている。そんな晴天の下、変った墓の前に、橘家、蒼井家、小菅友香、宮崎から後藤倫子が大きいお腹を抱えて来てくれたし、日田から榎裕子、千葉陽子は赤ちゃんを抱いていた。今村裕史に智美夫婦。湊紀子に前田孝志も来てくれた。梅木康治に和田昇も来てくれた。和尚の読経が終って銀鮨で会食をする。ノッピの思い出話がでる。そこに橘栄吉が立ち上がって、話を始めた。
 「私は橘栄吉と申します。亡き蒼井信枝の父です。娘は縁あって、蒼井周吾君という最高の夫を持つことが出来ました。結婚生活は短かったですが、これほど幸せな結婚生活もなかったと思います。それもみなさんご承知だと思います。今日三周忌を迎え、尚も皆様に暖かく見守って頂いてありがたく思います。これも蒼井周吾君のお陰です。私は娘を失くしましたが、娘を通じて周吾君と知合い。その縁でとうとう大分に引っ越して来ました。周吾君はめでたく栄転で福岡勤務となり、寂しいですが、これは喜んで送ってあげなければならないと思います。その周吾君がやっと、やっと再婚してくれることなりました。私はこの報告を待っていました。周吾君は三周忌が明けてからだ、と言ってくれました。私は再婚相手を見てびっくりしました。信枝です。姿形そっくりの信枝です。娘が目の前に現れ、友香さんですが、周吾君と結婚してくれるらしい話を聞いた時は、娘の時より嬉しかった。周吾君のご両親とも同じ思いだったと思います。三周忌が明けるまで待ってくれた周吾君に感謝します。それ以上にここまで待ってくれた友香さんにもっと感謝したいと思います。私は必ず二人の結婚式に出ます。二人とも我が子です。わがままを許してくれた二人にさらに感謝致します。最後に私達二人、娘と周吾君がいた部屋に住みます。墓の側近くにいて、大分の文化を見て歩きたいと思います。死んだらあの隣に入ります。いい墓を周吾君が建ててくれました。今後ともよろしくお願い致します」
 橘先生のお話は拍手でもって歓迎された。
 翌週周吾は引継ぎを始め木曜日には完了した。
 金曜日、周吾は一人で挨拶に回って会社に戻り、福岡に行った伊東新吾部長に変った五味部長はいなかったが、今井敏隆次長に挨拶して退社した。大分も最後だった。
 友香のアパートに戻って友香と荷物を乗せ、橘のマンションに顔を出してから出発する。
 延岡のホテルに前泊する。
 翌朝蒼井の両親と中に立つ母の姪夫婦が次々にホテルに着いた。 時間前になって結納の場に向かう。もう両親の小菅虎雄に百合、長兄憲太と政代。次兄義明と佳代夫婦。それに二歳から五歳くらいの男ばかり四人の子供がいた。結納と言うより両家初の顔見せで、会食だった。夜また一緒になることもあり、酒好きはどちらも負けていないが、二時前には切上げた。後はホテルで休息すればいい。友香はこれから仕度があり忙しかった。周吾は風呂に入り身だしなみを整えた。
 神前の式は滞りなく終了し、披露宴会場でお客を迎える。それぞれの親戚が入ってくる。周吾の親戚はノッピの時にも来ているので、花嫁を見て驚いている。ノッピは、白無垢は着ていなかったが、見たような思いになったに違いない。それにノッピの親の橘夫婦が参加している。首を傾げる人もいた。周吾はそこによく顔を見知った面々がいるのでびっくりした。友香もびっくりしている。和田昇と梅木康治。前田孝志と湊紀子。今村裕史に智美夫婦がいるのだ。和田昇は、ここのホテルは昔延岡で仕事をしていたのでよく知っている。披露宴の会場や参加人数など聞いて、六人勝手に追加したらしい。追加料金は支払いました。というのだ。周吾も友香も大歓迎した。あとの二次会も、あの場所を押えてあります、和田昇はそう言った。写真も和田が撮ってくれるという。ホテルスタッフよりはるかにいい。思いもかけないサプライズがあって、シンプルな結婚披露宴が始まった。
 橘栄吉の乾杯の後は何もない。みんな友香の白無垢姿に釘付けになっている。
 友香はどうしたい?ケーキカットとかしたいか?別にどうでもいい。白無垢とウエディングドレスが着れればいい。じゃあ、友香を全部メインにして、他のことは全部止めよう。乾杯と終りの言葉だけ。他は何もなし。司会者も要らない。テーブルに名札があるから紹介もなし。勝手に飲んで騒げばいい。うちの親戚それ大好き。友香はそう言った。じゃあそうしよう。シンプルな披露宴。披露するにはホテルの企画や商品じゃない、新婦だけ、友香ほどの美しい新婦は他に絶対ないから、他に色々しない方がいい。みんな必然的に友香を見る。余談なことをすれば本質からそれる。メインは友香というのにはそんな思いがある。間違いない、そうしよう。友香はお色直しをするだけ。
 ホテルのウエデイング担当にそう説明すると明らかに不満のようだった。周吾は譲らなかった。くだらないことはしたくない。ホテルのために結婚披露宴をしているのではない。口には出さないがそう思っていた。それでもホテルの担当者は商品を勧める。ケーキカットがない披露宴なんて、キャンドル点火もないなんて。なくて構いません。司会者?要りません。それ断ったら、受けてくれないんですか?そこまで言う。担当者は折れた。多分上司に叱られるのだ。かわいそうに思えるが、本質は間違っていないと周吾は思っている。費用を抑えたいのじゃない。友香の美しさの印象を保ったままで披露宴をしたいのだ。友香の周りは地味でいい。
 神々しい美しさがあった。どよめきの中、友香は黙って立ち、席の真中を通ってお色直しに行く。何もアナウンスもない。みんな友香の歩く姿を見る。薄く暗くした中を、スポットライトを当てられた友香が歩く。部屋の外に出ると、緊張が解けるように溜息が漏れる。友香が純白のウエディングドレスで入って来た時は、再びどよめきが起きた。アナウンスはない。スポットライトの中を新婦の席まで行く。友香が席に着くと再び明るくなる。また溜息が漏れる。しばらく経って友香がまた席を離れスポットライトを当てられ部屋の外に出る。みんなまた友香に目を奪われる。友香が部屋の外に出ると、また溜息が漏れる。しばらくして友香がピンクのドレスに身を包んで入って来た時、会場から大きな拍手が起こった。ブラボーと言う歓声。きゃあ、と言う悲鳴。友香も満面の笑みだ。
 和田昇はプロのカメラマンになりきって写真を撮っていた。邪魔するものが何も無い。メインは友香だ。後は引き立て役だ。
 周吾が真中まで行って迎える。二人で席に着く。二人の友人が一斉に二人を囲み写真をとる。その後二人は各席を回り、よろしくお願いします、と言って回る。それぞれ始めての親戚は紹介する。一人ずつ声をかけて行く。簡単に終るところも長くなるところもあった。周り終ると周吾と友香は末席に並んで立って、周吾が挨拶をした。
 「三年前内科医だった先妻と結婚し、一年経たずに身重だった妻を交通事故で亡くしました。その衝撃で落ち込んでいたのを、先妻の同僚だった看護婦の友香に助けられ、結婚することになりました。先妻と友香は同じ職場で、顔立ちも体型もそっくりでしたので姉妹のような関係にありました。髪型も同じ、着る服もお揃いでした。私はびっくりしながらも友香に支えられ、食事も取れるようになり今日に至りました。また今日飛び入りで参加してくれた友達にも同様に支えていただきました。ありがとうございました。私と友香はそれこそ真っ赤になって必死でこの幸せを掴みました。もらった幸せではありません。積み上げて支えて築きあげた幸せです。これからも更に補強し大きくしていきたいと思います。最後に、この結婚を一番喜んでくれたのが、ここに参加してくれている先妻の両親です。感謝申し上げます。そして二人をここまで育て見守ってくれた二人の両親に感謝致します。本日はありがとうございました」
 周吾と友香は着替え、仲のいい連中と外に出た。周吾は新世界の第四楽章が始まると思った。
 春の夜は大雨の後だった。道路が水浸しになって、側溝に水がまだ溢れていた。気づかなかったが、式と披露宴の間に嵐のような雨が叩きつけたのだ。
 次に行くところは、リゾルートRisoluto(決然と)、だ。
                             終


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