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望郷点描

 昭和三十年代を山奥の田舎で過ごした者として、ふとあの頃のことを思い出す。楽しくも悔しくも辛くも酸っぱくも有ったあの時。時の駅に立ってあの景色を眺めて見たくなる。二度と立ち返ることはできないが、あの時の駅に止まり、思い浮かべることは出来る。時の駅には、いまを築いてくれた人への感謝をこめて立ち寄る。
 子供の頃は自然の中で遊び育った。四面の山間を縫うように支流が本流に注ぎ僅かに三角洲ができている。山の際に家々は建っていて、家の目前には田があり、見上げる前後左右が山だった。ある豊かさというより無い豊かさがあった。欲しいものはたくさんあった。欲しいものを手に入れるために急いで走ってきたのではないか。振り返ってみる。失っていったものはなかったか。大事なものは何か。
 立ち止まってあの時の駅に降り、あの景色を点描する。大事だったこと。大事だったもの。大事だった人を思い浮かべてあの時の駅に降りてみる。そうすることで、過去から現在、そして未来へ繋ぐ大事なものがみえてくるかも知れない。何より大事なものをもう一度見つけることが出来るかも知れない。


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