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青の彷徨 後編 18

 三月になって通常の人事の移動が発表になった。その中に周吾の移動も発表された。驚いた発表があった。福岡の合併準備室の室長は伊東新吾だった。周吾は伊東部長に引っ張られて行くのだ。部長の言うように決まるはずだった。あとのメンバーは万丈で一緒だった黒田浩太に、今推進部にいる坂本祐二、彼はコンピューターの専門家だ。課長にシステム部のこれもコンピューターの専門家萩原浩之だけだ。伊東部長は頭の切れるのがたくさんいる、と言っていたが、これでは実質周吾と黒田浩太の二人だ。一般の営業経験となると周吾だけになる。伊東部長は何を考えているのか。連休が明けてからでいい。それまでは壁紙を貼り、モールを引く仕事だ。多分その通りだろう。メンバーを見ると、営業をデジタルに科学的に支援する仕組みを作ろうというのが見えてくる。周吾は早速、もう発表になったので、また上司になる伊東部長に挨拶に行き、そう思ったことを言った。伊東部長は君の考えている方向でいく。その中身を君に決めてもらいたい。福岡の事務所の場所は決まっているが、まだ内装も配線も出来ていない。当面出勤より頭で考えてもらう方が大事だ。新婚旅行で気分転換していい案を出してくれ。
 四月になって新居を探す暇がないのと、四月では物件がないので、二月二九日、三月一日と三月七日、八日の休みを利用して住居探しに行く。事前に会社からいくつか提示されてある物件を見て歩く。二人だし通勤の利便と環境だ。丸四日見て回って決まった。植物園の近くの静かな場所だった。住宅の賃貸契約は会社契約で社員は一部負担をしなければいけない。大分とは相場が違った。
 周吾の友達も人事異動になった。大日製薬の今村裕史は新婚だが福岡勤務の卸担当の営業へ、協和製薬の梅木康史も同じように福岡勤務の卸担当の営業になった。奇しくも福岡に三人揃うことになった。それも周吾の新しい仕事に極めて近い仕事だ。
 梅木康治が会社で事務整理をしていた周吾の側にやって来た。二人で玄関脇のロビーにある談話室に行く。梅ちゃんは転勤になる話を始めた。
 「蒼井さん、僕は福岡勤務になった。毎日女房子供と顔を合わせるようになる。大変だ。どうしようか」
 「いいことじゃないか。びくびくしないで毎日抱っこしてあげなさいよ」
 「ええ、毎日抱っこするの、持たないよ」
 「梅ちゃん、勘違いするな、子供だよ」
 「ああ子供か、子供ならできる」
 「奥さんもハグしてやれ。自分が変らないと相手も変らない。上手く行くよ。三人目はいつ出来る?」
 「もうそろそろ、今黒なすび二つ連れて名古屋に帰っている。だから今は自由。仕事がんばろう、と思ったら、はしご外された感じ。四月から卸さん担当だって」
 「そうみたいだね。梅ちゃんそれ、栄転だよ」
 「うそ、僕は成績も悪くないのになぜ営業を外されるのか不思議で、上司に聞いたが、上司もわからないらしい。どうして栄転になるの」
 「今、卸は全国的に再編されてこの一年を中心に前後十年の間に全国三百社あったのが三分の一、実質十分の一くらいになると思うよ。全国三十もあれば十分でしょ。九州なら精々三つから五つだ。これから二、三年で一挙に卸の体質が変る可能性がある。今までは協和製薬と良好だったのに、合併で主力メーカーが変って疎遠になることだってあるし、その反対もある。卸も十分承知している。お互い生き残りをかけて暗中模索に入る。メーカーも世界的な再編にあるでしょ。先だって国内大手の製薬メーカーが外資の傘下に入ったし、今国内三位四位メーカーの合併話もある。メーカーも対卸政策は慎重に対応し、決して間違ってはいけない、難しい局面にある。だから梅ちゃん、大変だし、地位は横滑りでも栄転だよ。間違った対応をしなければ一挙に上に行くよ。さすが梅木大部長だ」
 「そうなの、難しそうだね。蒼井さんは福岡に行って、合併準備室で何をするの?」
 「壁紙貼って、モール引いて、パーテーションを組み立てたりする」
 「なにそれ?」
 「内装工事」
 「内装工事?」
 「そう、まず中を整理して配置を決めて設定をする。これが仕事」
 「その後、来年は外装工事だね」
 「そう、さすが梅ちゃんだ。来年はまた一緒に仕事ができるといいね」
 「出来るように絶対もって行く」
 「僕もそう思っている」
 周吾は頭の回転がいい梅木康治が好きだった。話がわかる。二人は固く握手した。キョーヤクと協和製薬の結びつきを強めようとする握手だ。そこへ今村裕史がやって来た。
 「梅木さん。梅木さんも卸さん営業に変るそうですね。僕も、です。何ですか、その握手は?何かあったんですか?」
 「今村君、キョーヤク合併後の新会社は協和製薬を重点メーカーにする合意だよ」
 周吾は今村にそう言った。今村は周吾に握手を求めた。周吾も握手した。気持ちはわかっている。大日製薬はキョーヤクがどこと一緒になろうと超がつくくらいの重点メーカーであることに変りはない。今村裕史は、
 「梅木さん、僕も梅木さんも、会社は違いますけど四月から大変な部署に配属されましたね。僕も意味がわからず、成績はいいのにどうして営業を外されるのか不思議で、今、伊東新吾部長に話を聞いて意味がわかりましたよ。僕も梅木さんも、師匠もとんでもないところに行くみたいです」
 今村裕史が言った。梅木康史は、
 「そう、四月になったら、壁紙を剥がし、床を剥いで整理をして、また壁紙を貼って、床に配線をしてモールを引く。内装工事に忙しい」
 梅木康治はそう言った。
 「師匠は内装工事が終るころ、連休が明けて出てくるらしいですね」
 今村裕史が言う。
 「そうなの、ずるいよ蒼井さん。それ。そんなに休んで何するの」
 梅木康治史が言う。
「師匠は新婚旅行に行くらしいです」
 今村裕史が言った。
 「そうか、三周忌が明けてからだ。結婚式も新婚旅行も。蒼井さん、いいね、人生春が来るね」
 今村と梅木が周吾の結婚式について聞いてくるので、周吾はいま悩んでいることを正直に話した。四月十二日に三周忌が終って、実家の親の希望があって結納を交わす。その後式を考えているが、友香は白無垢にウエディングドレスを着たい。日向と万丈だから、別々にするほど距離もない。でも友達を呼ぶには不便だ。それに蒼井も小菅もそんなに呼ぶ人は多くない。それに四月は年度始めで殆どの人は忙しい。人の結婚式に二日もかけられない。
 「そうなら、真中を取って延岡のホテルで親戚だけ集めて披露宴をしたら、ホテルならバスで日向くらい迎えが行くだろうし、蒼井家は延岡に一泊してもいいし、親戚はどう来られるか聞いてみたらいい。親戚の質によるけど。兄弟とか仲がいいなら、乗り合わせてこれるし、飲めない人が運転手やればいい」
 梅木康治はそう提案した。一理あると周吾は思った。それが最善のようだった。ちなみに母方の親戚は酒が飲めない人が多くて、帰りの心配はない。もし橘栄吉が参加するとなっても、電車なら便利だ。友香に相談してホテルを押え、衣装を合わせなければいけない。忙しい週末が続くと思った。
 「それに友達の披露宴も、もう今さらでしょ。知らない人はないし。急ぐこと全然ないでしょ。蒼井さんたちが福岡に落ち着いて、新しい環境で披露宴をやったらいい。由布院みたいな形でもいいし。伊東新吾部長とか絶対いれるべきだよ。由香さんがもし向うで働くなら、新しい職場の人も参加してもらう。普通の宴会でもいいんじゃないですか」
 梅ちゃん、今日は冴えている。周吾はいい提案をしてもらって助かった、と思った。
 友香もそれでいい。それぞれ実家に電話をして延岡でやること、友達関係は呼ばないこと。結納を昼に、夜に結婚式と披露宴をする。新婚旅行から帰って引越しをする。新しい仕事が落ち着いてから、友達だけ集めて披露宴を会費制でする。納得してくれた。参加者はそれぞれ二十名以内。周吾は友香と三月一四日土曜日に延岡に行く。ホテルの予約をする。衣装を合わせる。日向に泊まって一連の話を詰める。帰りにホテルによってもう一度衣装を合わせる。概略の人数三十名で申し込む。披露宴の内容は次週決めることにした。
 結納四月十八日土曜日、正午、日向市の実家近くの小海鮨で結納。同日延岡のホテルで十七時、結婚式、十八時披露宴。ホテル一泊。帰りたい人は帰ってもいい。小菅家の親戚は諸塚村から出てくるので一泊するのがちょうどいい。帰るのは蒼井家の母方の親戚だろう。その辺の調整をすればいい。
 周吾は営業最後の詰めに集中した。三月末までは責任がある。通期の達成もある。販売、回収の目標達成は最低だ。その目処が立った時は、さすがに安堵した。年度末決算が安心して迎えられる。それに伊東新吾部長に引き立てられて転出するのに未練の数字は残したくなかった。二係としては蒼井、前田が達成。新人の斉藤は少し不足したが、係としては達成した。周吾は係長の責任も果たせたと思った。四月から周吾に加え前田孝志も転勤だ。彼は万丈に行く。懐かしいところだ。話を聞くと、退職する千原のあとを担当するらしい。昔ノッピがいた岩下病院のコースだ。もう岩下病院はないが、野々下医院はある。周吾は野々下先生には凄くお世話になったから、上手く話をしてくれるといい。そう前田に頼んだ。しばらくは周吾の話で進むかも知れない。
 今井敏隆課長がそのまま二部次長になった。二部二課の課長は推進部の宮崎武生課長が横滑りで来た。今までメーカーの数字や新製品の数字で詰めに詰めていたのが、反対に詰められる立場にかわった。それも無理が利きにくい二部の二課だ。伊東新吾部長の後任に驚いた。万丈の狸が来る。五味支店長が二部長として赴任する。転勤でよかったと思った。人生何が起きるかわからない。一瞬先は闇だ。今井敏隆次長に申し訳ない気持ちだったが黙っていた。人それぞれ相性があるし、人は変れるものだから。

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