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衰退する町

 故郷の変化の中で、一番寂しいのは懐かしい本屋がなくなったことだ。本屋こそ文化の根源であり、未来を拓く英知の指標がそこにあると思っている。私が高校生の時、昭和45年ころからだが、本屋を回るのが何より楽しく好きだった。別段購入する目的があるのではない。どんな本が並んでいるか。どんなジャンルがあるか。
 下宿先から一番近いのが、広田書店。そこから駅の方へ少し行くと都堂書店。仲町には二海堂書店。根木青紅堂書店。大手前には高司書店。それぞれ少し個性があって、少し違ってそれがまた楽しかった。高校生の時は背伸びをしたいもの。「三太郎の日記」とか西田幾太郎、和辻哲郎とか、よく解からないものも買ってきた。ドストエフスキーにもはまってほとんど揃えた。もう半世紀以上過ぎて、すっかり忘れしまったが、「カラマーゾフの兄弟」は新訳が出たので再読した。
 佐伯と言えば佐伯泰英氏だろう。栂牟礼城主佐伯氏の流れをくむこの超売れっこ作家は、佐伯市を頻繁に取り上げてくれている。「密命」はその最たる例だ。番匠川で編み出した“寒月霞切り”は、おおなんと素晴らしいのだ。主人公の金杉惣三郎は最終章近くになると、なんと因尾の堂ノ間まで来てくれるのだ。本宮岳の先、今は蛍の名所、鹿渕で逼塞生活をする。
 さらに私が一番好きな「居眠り磐音江戸双紙」の関前藩も、佐伯だと思っている。佐伯氏のルーツが佐伯である以上、間違いなく、多分、おそらく、もしかしたら、あるいは、そうだろう。居眠りシリーズは51刊を超すが、エンタメ性では私の中ではナンバーワンである。もう5回以上は全刊通読再読した。リフレッシュする。精神の健全性維持のためには離せない一書である。
 佐伯の高校生はどこの本屋に行くのだろう。母校から徒歩圏内で二軒しかないのは寂しい限りだ。ネットで買えばそれはそれでいいのだが、本屋に行って並んである本を見ることで、ただ買って読まなくても、未知の世界があることを知る術を得るのだと思う。若い時はこの経験が必須ではないかと思う。
 

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