霧の中 6

 ひまわりタウンはひまわりデパートが中核施設になり、三階建てで一階が一街区、二階が二街区、三階が三街区、それぞれその中に一丁目から八丁目まであり、衣料、雑貨、書店、音楽、理容や美容、語学学校、旅行代理店などの専門店が入居し、別棟の付属施設として映画館、飲食街、ファーストフード街、大型スポーツ用品店、大型家電量販店、ペットショップ、イベント広場などがある。私の惣菜屋は一街区二丁目南にあった。
 水曜日は映画館の女性客優待日で、新作上映と重なると人出が多くなった。それを見込んで商品を大量に作るよう本部から指示が出て、今日は一日中コロッケ、とんかつ、メンチカツ、天ぷらをあげ、鳥の唐揚げを作った。夕方山のように積み上げた商品が少しずつ減っていったが、それでも本部の見込みほど売れない。七時過ぎて三割値引き、七時半過ぎて半額値引き、それでもたくさん売れ残りが出た。カフェマドロムの遅番二人に五個持たせ、和菓子屋の中村さんに三個、ケーキ屋の沢田さんに二つあげたらケーキを二個もらった。ケーキ屋さんも売れ残ったのだ。だいたい不景気でたくさん売れないのに、売れっていっぱい作らせるからよ。もったいないよね。沢田さんも同じこと言う。あっちこっち配ってまだ二つ残った。私が持って帰ろう。そうだ、翔太先輩はどうかな。メールを入れる。もう九時前だからもう食事は済んだかもしれない。ひまわりデパートのバックヤードでタイムカードを押して外に出ると、携帯電話がメールを受信した。翔太先輩だ。歓迎、いただきます。どこへ行けばいい?いま仕事が終わって帰ろうとしているところ。コンビニに寄らなくてすむから感謝です。良かった、私は直ぐ電話した。メールより声で伝えたほうが早く間違えない。
 私は、ひまわりタウンのお客さんとは違う外の駐車場まで行くのに十分。それから車で家まで十分。
 ぼくは車でひまわりタウンまで十分、それから家まで十分、カスミンと同じだ。
 じゃあ、ひまわりタウンの東側に歯科医院があるでしょ。その右隣が私たちの駐車場なの、そこに来てくれませんか。
いいよ。
 翔太先輩は、私が従業員駐車場に着くと同時に着いた。お弁当を一つ渡した。
 ありがとう、一度高級なこの弁当食べてみたかった。ありがとう。
 私がうちに帰って弁当を食べていると、翔太先輩からメールが来た。美味しかったよ。値段みてびっくりした。いつも買う弁当二個分だ。本当に売れ残りの処分品なのか。カスミンがいくらか払っているなら、遠慮せず言ってくれよ。そんなことありません。本当の売れ残りです。今日は二十個近く残って困りました。私も同じ売れ残りです。メールを返す。直ぐ返信がきた。そうか、それならいい。弁当は売れ残っても、カスミンは売れ残らないよ。え、私何か変なことメールしたかな。送信履歴を見る。そうか同じ売れ残りの弁当を食べたと言うのを、自分が売れ残っていると思われたのだ。情けない。ああ、思い出した。ケーキを二個もらったのだ。一個翔太先輩にあげれば良かった。
 ミッチからメールだ。どうしようカスミン、彼の工場、閉鎖が決まった。国内生産から完全撤退。転勤もなしの全員解雇。あと三ケ月しかない。工場内にハローワークの出先機関を設けるらしいけど、いまネットで調べられるし、再就職には殆ど意味をなさいよ。私もブライダルの仕事はしているけど、彼に頼っているから難民だわ。この部屋は彼の会社の借り上げ社宅になるのよ。だから出なくてはいけない。会社勤めはガラスの城だって、誰か言っていたけど、ほんとうだよ。会社のガラスが壊れると、いままでのことがたちまちに壊れてしまう。涙マークがついていた。ミッチ、諦めないで、辛いのは彼のほうよ。あなたしか支えてあげられないのだから、絶対に責めないで悲観しないのよ。明るく前向きに行かないと。ありがとうカスミン、そうするよ。さっき彼からメールで知らせてきたのよ。口頭では言いにくいしね。黙っていてもいずれわかるし。カスミンの言うとおりにするよ。諦めないで前を向いて行くよ。引越しすることになるよ。この町は工場の城下町だもの。工場の仕事がなくなると、他の仕事はこの町にはないから、彼も仕事を探し、私も違う仕事になるかもしれない。もしかしたらカスミンの近くに行くかもしれない。そのときはよろしく。いいよ、歓迎するよ。私も惣菜屋の看板娘だから、一食分くらいなら売れ残り提供できるよ。カスミン、涙が出るくらい嬉しい。看板娘は凄いね、売れ残りを恵んでくれるのね。私も時々売れ残りを食べているの。それで自分も売れ残りみたいに思われているの。まだ二十五よ。お高くしてもいいと思うの、どう思う。まだ高値で行けるよ。でも試食ばかり長いと問題かもね。カスミンを試食する人まだなの。まだよ。だからまだお高いの。お互いにがんばろう。
 週に二回は売れ残りのお弁当を翔太先輩に駐車場で渡すようになった。売れ残りがでるのが待ち遠しかった。翔太先輩にお弁当をあげたかった。お弁当を渡すのを口実に翔太先輩に会いたかった。私が終わる時間と翔太先輩が帰る時間がだいたい一緒なのだ。ある日、また売れ残りが出て三個持って帰ることになった。翔太先輩にメールをする。いつもはすぐ返信があるのになかった。仕事で遅くなっているのだ。私は明日休みだし、もし翔太先輩が要らないといっても、明日食べればいい。そう思ってうちに持って帰ったら、翔太先輩からメールが来た。今日は遅くなって、いま会社に戻ったところ、まだもらえるなら欲しい。私はすぐ返信する。帰りにうちに寄ってくれる?駐車場に着いたら電話して。ありがとう。会社で事務整理や洗車をすると聞いたので、私は先に食べようかと思ったけど、なぜか待つことにした。洗濯物をしまって部屋を片付け、お茶を沸かしたら電話があった。翔太先輩だった。意外に早かったので驚いたが、彼に寄ってもらおうと思い、駐車場に手ぶらで下りて行った。いま部屋が一軒空いて駐車場もあったから。
 早かったですね。会社に帰って洗車とかあるのでしょ。
そう、でも一軒だけ残っていたお客さんが、時間の再指定があって、その前に洗車も事務整理も済ませていたから、会社に戻ったらすぐ出られた。
 そう、私もさっき帰ってきたばかり、これからお弁当食べようと思っていたところ、もし良かったらうちで食べて行きませんか。そこの駐車場今日は空いているの。


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