アテナ

「そういえばギリシャ神話ってなんだっけ?の会」に寄せて<予習編・後編>

週末に「ギリシャ神話ってなんだっけ?の会」を開くにあたって、事前に情報を共有しておくための記事を用意することにしました。ところが一度書き始めたら、あまりに長くなってしまったので(笑)、前編後編に分割することにしました。もっとも、内容のまとまりとして元々2部構成を予定しておりましたので、こちらの記事を第2部と考えていただければと思います

「ギリシャ神話ってなんだっけ?の会」の当日は、前編で名前を挙げたヘシオドス「神統記」などを基本とする、ギリシャ神話の世界観についてお話をしたいと思っています。星座と関連して知られるような著名な神話の物語が繰り広げられるギリシャ神話の世界は、元からそのような場が成立していたわけではなく、起源にまつわるエピソードがあり、紆余曲折を経て、一つの安定的な世界が形成されました。会の当日には、その歴史的な経緯をたどることでギリシャ神話の世界観を立体的にお伝えできればと思っておりますが、その前提として、主たる登場人物であるオリュンポス十二神について、ごく簡単な紹介をしておきたいと思います。

【ゼウス(ローマ名:ユピテル)】
ギリシャ神話における最高神とされ、雷の神であり、雨をもたらす天空の神です。ティタン神族農耕神クロノスは、自分の権威を冒されるのを恐れて、自らの子が生まれるそばから飲み込んでいましたが、母親のレアは最後にゼウスが生まれると、赤子と偽って産着に包んだ石をクロノスに飲み込ませ、密かにゼウスを育てます。やがて成長したゼウスは、クロノスが飲み込んだ神々を吐き出させ、ティタン神族との戦い、さらに巨人族(ギガンテス)との戦いを制し、その活躍からオリュンポスの主神の地位に着きます。

前編でも述べたように、正妻は女神ヘラですが、神から人まで(男女を問わず)さまざまな愛人を持っており、そこから生まれた者たちが、ギリシャ神話のなかでさまざまな活躍を見せます(後述のヘパイストス、アレス、アテナ、アポロン、アルテミス、ヘルメス、ディオニュソスなどの神々から、ヘラクレスペルセウス双子のカストールとポリュデウケースなど半神的存在まで、多数)。ゼウスを象徴するものとしてはなどが知られています。

【ヘラ(ユノー)】
クロノスに飲み込まれていた神々のうちの一人、すなわちゼウスの姉でもあり、正妻である女神です。貞淑結婚などを司るとされます。だからでしょうか、神話のなかでは、ゼウスの浮気に対して嫉妬の炎を燃やして復讐をするエピソードが多く見られ、その愛人に容赦のない制裁を加える恐ろしい神、というイメージが強いかもしれません。

【ポセイドン(ネプチューン)】
やはりクロノスの息子であり、男性の神であるゼウスとハデスの3兄弟でくじを引き、海の世界を割り当てられました。三叉の鉾を携え、海の馬に乗って海原を走る海の王であり、津波や地震などを引き起こす荒々しい神として知られています。女性遍歴はゼウスに負けず劣らずで、海の精など多数の子供がいます。

【アフロディテ(ウェヌス)】
前編でも紹介したように、天空神ウラノスの切り取られた性器に生じた泡から生まれた、の女神です。その歩くところには花が咲き乱れ、緑が生い茂るとも。海から天空の神々の元へやってくると、みなその美しさに心を奪われ、アフロディテを取り合ったとされています。

とある経緯から、鍛治の神ヘパイストスと結婚することになりますが、愛欲の女神の面目躍如か、アレスやポセイドンなど多くの神々と交わり、また美青年とされる人間との関わりについても、印象的な神話が残されています。

天使の姿で描かれることの多い神エロス(キューピッド)を従えていることもあります。

【ヘパイストス(ウルカヌス)】
ヘラの息子ですが、父親はおらず、ヘラがゼウスに対抗して(後述)一人で生んだ神です。ところが、生まれたときから醜い外見であったためにヘラに投げ落とされたとも、あるいはゼウスとヘラの喧嘩を仲裁した際にヘラの味方をしたことで、怒ったゼウスに天から投げ落とされたからとも言われていますが、足の不自由な不具の神とされています。

見た目は醜いとされるヘパイストスですが、非常に器用で、神々の武具を始めとして優れた道具の数々を手がけます。そのため鍛治工芸職人の神として崇められています。ローマ名のウルカヌスは、火山(volcano)に通じるものですが、これも火を扱う鍛治の神ということから来ているのでしょう。

前述の通り、アフロディテを妻としますが、彼女はヘパイストスを置いてあちこちで愛を交わします。ただし、ヘパイストスもただでは起きません。自分を捨てた母ヘラや妻アフロディテに対する、巧みな技術を用いた復讐劇は、非常に痛快なエピソードです。

【アレス(マルス)】
ゼウスとヘラの息子という嫡男的な位置にありますが、粗暴な戦いの神として描かれ、ギリシャ神話ではあまりよい扱いは受けていません。同じく戦いを司る女神アテナが、同時に知恵と思慮の神であるのに対して、残忍で殺戮を好む破壊神と理解されていたようです。

実の父たるゼウスにまで酷評されてしまうなど、ギリシャ神話においてはネガティブな印象の強い神ですが、ローマに入るとその地位は一変します。軍神マルスはローマ建国の祖ロムルスの父という立場になり、ローマにおいては最重要の神として崇められます。

【アテナ(ミネルヴァ)】

アテナとヘラクレス/グリュプトテーク(ミュンヘン古代美術博物館)蔵
※画像については、Creative Commons のものを使用(以後同)。

ゼウスとその最初の妻メティスの子にあたりますが、アテナを生んだのはゼウスでした。祖父ウラノス、父クロノスと同じく子の反乱を恐れたゼウスは、身篭ったメティスを飲み込んでしまいます。やがて月が満ちると、ゼウスの頭を破って、完全武装で生まれてきたと言います(これに対抗して、ヘラは一人でヘパイストスを生んだとされています)。

生まれてきたときの姿から、戦いの神として崇められていますが、アレスとは対照的に軍略に優れ、知恵の神としても知られています。芸能技芸を庇護する神でもあり、非常に万能な存在です。

前編でも紹介したアイギスという防具を持っています。また、フクロウがその象徴として描かれ、これは知恵を司るものとされています(出版社のミネルヴァ書房のマークは、フクロウの図案ですね)。

【アポロン(アポロ)】
ゼウスと女神レトの間に、アルテミスと双子で生まれた神です。光明を司る神であり、芸術音楽医学哲学などの諸学問を守護する神でもあります。後には太陽神ヘリオスと同一視されて、太陽の神とも考えられるようになります。

アポロンといえば「デルフォイの神託」。デルフォイの神殿では、巫女の口を通して、あらゆる質問にアポロンが答えを出すと伝えられ、その神託を受けにギリシャ全土から人々が訪れたと言われています。アポロンが下したという神託が実際に数多く伝えられていますが、さまざまな解釈ができるような、奇妙で難解なものだったとか。

月桂樹の冠がその象徴であり、優れた詩人に与えらえた「桂冠詩人」の称号はこれに由来します。

【アルテミス(ディアナ)】
アポロンの双子の姉で、女神ヘラの画策により難産だった母を助けて、アポロンの出産を手伝ったことから、子供を守る女神とされます。また、処女神として、女性の純潔を守る神として知られています。狩の名人でもあり、狩人の神でもありますが、男勝りの性格で描写され、特に女性の領域に入り込んだ男性に対して容赦のない仕打ちを加える、厳しい神でもあります。

ローマの月の女神ルナと同一視されたことで、を象徴する神ともされています(ギリシャ神話においては、ほかにセレネという月の神がいます)。

【ヘルメス(メルクリウス)】

ヘルメス(メルクリウス)像/ジャンボローニャ作/未詳〈おそらくフィレンツェのバルジェロ美術館(フィレンツェ)蔵のもの〉

ゼウスと女神マイアの子ですが、その誕生からユニークな逸話を持っています。生まれたばかりなのにもかかわらず、異母兄にあたるアポロンが飼っている牛の群れをすべて盗み出します。そしてまったくばれないような仕掛けをし、なに食わぬ顔でゆりかごに戻ったのです。状況証拠からアポロンに訴えられるも、神々の前で弁舌巧みに対応。そのような背景もあり、盗人詐欺賭博を司るという異能の神で、ギリシャ神話におけるトリックスター的な一面を持っています。

成長すると、その身軽さから、伝令旅人の神に。また幸運商売の成功をもたらす神として、庶民に人気の存在となります。神話の物語のなかでも、しばしば他の神々や英雄たちの助力に訪れるありがたい存在です。2匹の蛇が絡まったかたちの杖がその象徴として知られています。

【デメテル(ケレス)】
クロノスに飲み込まれた神々の一人で、穀物や豊穣を司る神です。ゼウスとの間に設けた娘ペルセポネ(コレー)が冥界の王ハデスに連れ去られると、悲嘆に暮れて姿を隠してしまいます。すると穀物が実らなくなり、世界は危機に瀕してしまいます。神々の説得、そしてヘルメスによるハデスとの交渉を経て、ペルセポネは地上に帰ってきます。しかしハデスの画策でコレーは冥界の食物を口にしてしまっており、1年の2/3は地上にいるものの、1/3は冥界で暮らすことになりました。そのため、ペルセポネのいない季節には、地上から実りがなくなると言われています。

【ヘスティア(ウェスタ)】
クロノスの最初の子として、やはり飲み込まれた神の一人です。神話の物語においてはあまりエピソードが見られませんが、炉(暖炉、かまど)を守護する神として、おそらくギリシャ以前の古い時代から、重要な位置を占めていた神が原型であると考えられています。

【ディオニュソス(バッカス)】
ヘスティアの代わりに、ディオニュソスが十二神に数えられる場合もあります。前編で紹介したように、ゼウスとテーバイの王女セメレの間に生まれた神です。ゼウスの太腿から生まれたあとも、一度八つ裂きにされてから再生するなど、不思議な来歴を持つ神です。酒と酩酊に関わる神ですが、狂気を引き起こす神であり、秩序とは逆の陶酔・狂乱に関わる異様な神でもあります。人間のなかにある原始的・本能的な部分を象徴しており、ニーチェは『悲劇の誕生』にて、その「ディオニュソス的なもの」について、秩序だった理知的な「アポロン的なもの」と対照させて論じています。

【ハデス(プルート)】
通常、オリュンポス十二神には含められませんが、その世界における立ち位置からここで紹介を。クロノスから生まれた神々の一人で、兄弟神のゼウス、ポセイドンとくじ引きを行い、死者の世界である冥界を治めることになります。

死と結びつくために、あまり良いイメージを持たれる存在ではありませんが、神話の物語には意外と多く関わっており、前述のデメテル・ペルセポネ母娘との関係ほか、ヘラクレスオルフェウスなど、ギリシャ神話上のよく知られた登場人物たちと縁のある神です。


さて、長々と神々の紹介を続けてきましたが、ギリシャ神話の世界の柱となる神々について、少しでもイメージを持っていただくことができれば幸いです。会の当日には、ここで述べたようなことを下地として、ギリシャ神話の世界像や神話の意味することなどについて、一緒に話し合っていければと思っております。

当日もお話しすることになると思いますが、ギリシャ神話について、神々の造形について、確たる一つの姿があるわけではなく、さまざまな伝承のバリエーションがあります。ここで紹介したものも、多くの本・資料を参考に、私の視点でおおまかにスケッチをしたものとご理解いただければ幸いです。

最後に、今回の記事で参考にした資料を紹介します。

次の3点は、前編でも紹介しました。

吉田敦彦『名画で読み解く「ギリシア神話」』
呉茂一『ギリシア神話』(上下)
フェルナン・コント『ラルース 世界の神々・神話百科』

そのほかに、さらに2つほど。

藤村シシン『古代ギリシャのリアル』

バルバラ・グラツィオージ『オリュンポスの神々の歴史』

前者は、以前からその存在を知りながら未読だった藤村シシンさんの本で、今回の会の準備をきっかけにようやく読むことができました。テーマも文体も、気軽に読んで楽しめる本ですが、付された注や資料情報を見ると、しっかりとした資料・研究に基づいていることが伺えます。予習的に読んでいただくならば、この1冊をお勧めしたいと思います。

また、イメージでサッと掴みたいという方には、杉全美帆子『イラストで読む ギリシア神話の神々』をご紹介します。。文字で追うだけだとどうしても混乱しがちなギリシャ神話については、ビジュアルで概要を押さえる、というのもよい方法だと思います。なお、同じ著者の手になる姉妹編として『イラストで読む 旧約聖書の物語と絵画』も刊行されています。


前編・後編とも、急ぎ書き綴ったので、ややとりとめもない記述になってしまいましたが、少しでもイメージを膨らませていただければ嬉しく思います。

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