駐在日記:無知と恐れと差別と
私の親族が、私を訪ねて遥々ドイツまでやってきた。
彼らにとって、初めての海外旅行である。
半世紀以上を日本の地方都市で過ごしてきてきたので、東京などの大都市のように海外の観光客と接する機会はほとんどない。
彼らにとって「外国」との身近な接点は「youは何しに日本へ」という番組を見るのが好き、というくらいだろうか。
この旅行準備に際し、自分の初海外を思い出していたが、10歳にもならない子どもの頃の家族旅行で、あまり覚えていなかった。
空港での過ごし方も、エコノミーでのロングフライトも、時差ボケ対応も、ロストバゲージも、スリや置き引き対策も、もう慣れっこで普通になってしまっているため、彼らが何がわからないのかわからず、念のため一から十まで教え、「無事搭乗しました。12時間後にね」というメッセージを受け取った。
そうして彼らは半日のフライトを終え、ドイツにやってきた。
初めて見るドイツの街並み。
電車やスーパーなどの違いに驚き、店に並ぶ商品に日本製品を見つけると喜ぶ。
ドイツの中のアジア人というマイノリティへの扱いを直に触れ、また色んな人が生活するドイツ社会を目の当たりにして、色々考えることがあったようだ。
私は彼らの温厚な人柄と、謙虚さがとても好きだ。
だからこそ、彼らの口から出る人種やLGBTQ+に対する差別的な言動にとてもショックを受けた。
身近な人が差別主義だとしたら、あなたはどうするだろうか?
私がドイツに住んで知ったのは、思ったよりも差別が少ないということ。
どちらかというと、アジア人という見かけから「ドイツ語が通じないだろう」という思いを発端に倦厭されることの方が多かった。
これも差別という人もいるだろうが、私は未知なるものへの無意識の恐れであり、生物として備え持つ防衛反応として考えている。
日本でも旅行客に英語で話しかけられた途端、「No, English! 」とだけ言って、そそくさと去っていく人を見たことがあるが、同じようなものだ。
ドイツは日本ほど英語にアレルギーはないものの、サービス業に従事する年齢を重ねた方々は英語を話せない(もしくは話さない)人が多い傾向がある。
でもドイツ語を少しでも話すと無愛想な態度が変わり、ドイツに住んでいると言うと更に雰囲気が柔らかくなるのだが…。
同時に私がドイツに来て気づいたことは、私自身が知らず知らずのうちに、無知による倦厭を行なっていたということだ。
ドイツにきてしばらくして、アフリカ系の人たちに根拠のない恐怖を感じて、電車の席が空いていても彼らの近くに座らないことに気がついた。
また、ドイツに移民してきた中東系の人にキツく当たられがちなことを理由に、スーパーのレジが中東系の人だと別の列に並んだり。
人が経験や見聞で学ぶ生き物である強みが、この場合は裏目にでてしまっている。
自分と同じグループの人からされた時は大きな問題にしないような些細なトラブルに対し、人種や社会的な立場などを結びつけて、自分の中で大きな事件のようにしてしまう。
実際、アフリカ系の人と隣同士で座っても特に何も起きないし、中東系移民でも親切な人はたくさんいる。
そうやって、このカテゴリの人が皆悪い人ではないと一つずつ覚えていく必要がある。
しかし、それは意識的にやらないといけないので、時間も労力もかかる。
メディアで言っているような事例が本当かどうか検証しに行く手間はとても面倒だし、もしそれが本当なら自分が不利益を被る可能性が高い。
信憑性がありそうな人が言った、本当らしいことを、無条件に信じている方が楽なのだ。
話を戻そう。
私の親族も、自分で得た経験ではないことを信じ、自分に実害がないことも自分のことのように受け止め、怒る人たちだった。
あの人たちは卑怯だ。うるさい。マナーがない。ずるい。気持ち悪い。おかしい。
日本人は礼儀正しい。きちんとしている。規則正しい。謙虚だ。発展している。
彼らの口から簡単に発せられるネガティブな言葉や日本賛美の言葉に、私は塩をかけられたカタツムリのように萎びて弱ってしまった。
自分へのダメージと議論する労力を考えると、彼らの発言を受け流す方がよほど楽なのだけれど、一つ一つ、丁寧に伝えていくしかない。
もう還暦を過ぎた親族に、敢えて耳の痛いことを言う他人はいないのだ。
滞在中、何度もケンカになりそうになりながら繰り返し伝えたが、正直無駄なことだったかもしれない。
でも、初めての海外旅行の思い出と一緒に、何かが彼らの中に残ってほしいと願う。
彼らを空港で見送って、小さくなる背中に祈った。
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