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滋賀一周ラウンドトレイルができるまで〜奥伊吹トレイルの整備・後編

奥伊吹の方々との出会い

整備の途中、奥伊吹スキー場でリフトの整備作業をされていた方にご挨拶をすると、僕たちの活動にとても興味を持ってくださった。前川さんと草川さんという方で、お話してみると、なんと前川さんは高島トレイルを作られた方だったことが分かった。トレイル整備の大先輩である。

前川さんは現在、奥伊吹観光でお仕事をされているが、その前は高島市におられ、その時に高島トレイルを整備されたということだった。その当時、各集落の方や消防の方など、たくさんの方との調整を行い、トレイルを作ったお話を伺い、とても参考になった。

また、奥伊吹観光の草野社長にも、駐車場を使わせて頂いたり、一時期ゲレンデを通らせて頂きお世話になった。(現在、ゲレンデ内を登山で通行するのは推奨されていない)

奥伊吹エリアの入口、道の駅「伊吹の里」の向かいにある「若いぶき」の皆さんにもお世話になった。「若いぶき」のご一家は、もともと奥伊吹スキー場のとなりにあった「若竹荘」という宿を営まれていた。「若竹荘」は今はもう営業をやめ、取り壊されているが、もともと甲津原集落で育ち、登山の拠点となる宿を営まれていたご一家だ。

女将さんはお若い頃、よく新穂峠を越えて岐阜の親戚の家に行かれていたそうで、日帰りで峠越えの往復していたと言う。さらに、岐阜県側の諸家から、牛が峠を超えて甲津原まで来ていた話などを伺った。新穂峠は整備の際に何度も通ったが、今は通る人も少なく、かなり荒れている。尾根の途中にあるお地蔵様がかつての往来を偲ばせるが、女性が一日で往復したり、牛が通るなど想像ができない状態になっている。

自分たちが通い、通そうとしている道を、かつてどういう人たちが通っていたのかが分かり、長い時間を越えたつながりを感じた。「若いぶき」を知ってからは、整備作業の後にここでお風呂に入り、夕食を食べるのが日課になっていった。冬はイノシシの鍋が絶品である。

笹ヤブとの闘い

さて、そんな奥伊吹の「品又峠〜国見峠」区間。あの笹ヤブに立ち向かうには、どうすれば良いだろうか。

そもそも、最初は全部自分たちで整備を行うとは思っていなかったのだが、この頃にはだんだん、「これは自分たちでなんとかするしかないのかな」と諦め始めていた。地元の方に部分的に協力してもらうくらいはできても、「あとはよろしくお願いします」とお願いできるような人がいるとは思えなかった。あるとすれば、何かしらの予算を取って、事業としてどなたかに請け負って頂く方法だろうが、そのような予算も今から春までに準備することは難しいだろう。

正直、毎週末トレイルの整備作業に通い続けるのは大変だったし、メンバーにも大きな負担となる。交通費なども一切手当できない中、全て持ち出しでの作業を前提としてこのプロジェクトを進め続けてよいのだろうかという思いがあった。しかしこのプロジェクトは、始めてしまった以上、最後までやり遂げないと意味がない。「9割整備しましたが、残り1割はできませんでした」と言って終わってしまったら、結局大会では通れないのだから、もはやここまで来ると、「やり遂げる」以外の選択肢がなくなってきていた。覚悟といえば聞こえが良いが、半分諦めのような気持ちだった。

そんな中、笹ヤブの攻略方法について、あれこれアイデアを練るうちに、余呉トレイルの前田さんが「羊を使うのはどうか」と言い始めた。滋賀県は羊を貸し出しており、その羊たちを放っておけば、笹を勝手に食べてくれるそうである。実際、羊を使って雑草を無くした事例があるらしい。さらにこの話を丹羽薫さんにしたら、「私もオーストラリアで同じことしてた。良いアイデアですね!」と言い始めた。どうしてみんなそんなに羊に詳しいんだ。

笹を刈るのにあれだけ苦労しているのだから、「勝手に食べてくれる」というのは魅力的な響きだ。しかも、羊が群れになってトレイルを作っている姿を想像すると、笑いがこみ上げてくる。何なら地元の新聞などに取材してもらったら話題にもなるし、「羊が作ったトレイル」として知名度も上がり、みんなが来るようになるかもしれない。

羊のアイデアは面白かったが、現実的にどうやって山の上まで羊を運ぶのか、や、どうやってトレイルの部分だけ上手に笹を食べてもらうのか、などを考えていくと、どうも難しそうで実行には移せなかった。(未だにこれは良いアイデアだとは思うが・・)

やはり自分たちで何とかするしかなさそうだ。でも、もう少し対策をしなくてはいけない。まず行った対策が、より強い刃を手に入れ、刈払機につけることだった。これで幾分ましになり、少なくとも作業中に刃が欠けてなくなってしまうことがなくなった。

それでも、ヤブは次から次へと現れ、熟練の谷川さんが先頭を休まず切り続けても、1日に300mほど進むのが限界だった。そうこうしている間に、季節は夏になり、猛暑がやってきた。

猛暑の整備作業

コース整備は、ヤブと格闘するために、肌を出すことができない。長袖長ズボンは必須になるし、手は手袋で守り、頭は帽子やヘルメットで保護し、目にはゴーグルを付けて作業する必要がある。その格好で、猛暑である。気温が30度を超えるような環境になってくると、さすがに作業ができなくなってしまった。

8月は少し休むことにして、9月の到来を待った。日本でも有数の豪雪地帯である奥伊吹は、11月ころには雪が降り始め、その後は4月ころまで長く雪に閉ざされてしまう。来年のゴールデン・ウィークに大会を開催するためには、なんとしても雪が降り始めるまで、11月上旬には開通させておかないと間に合わないだろう。

そう考えると、残りの日数も残り少なかった。9月から毎週末通ったとしても、10回ほどしか通えないのである。

そこで、9月に入ると作業を再開したが、まだまだ猛暑は続き、30度を超える日もあった。あまりに暑いので、頭がおかしくなりそうだった。一番熱い日には、作業をしていたみんながおかしくなり、ヤブに倒れて起き上がれなくなった畝本さんが、「助けて」と言っているのに、誰も助けようとせず、お互いのことをかばう余裕が全くなくなってしまうような日もあった。

ちなみにこの日は、全整備の中でも最も暑い日で、僕や畝本さん、松田さんが全員暑さにやられて熱中症のような状態になり、精神も崩壊していたが、そこに突如、山元さんがガリガリ君を持って現れてくれた。午前中に用事があったので整備はできなかったが、午後から差し入れのためにクーラーボックスを持って上がってきてくれたのである。生まれてからこれまで食べた中で、一番美味しいガリガリ君だった。

この頃、作業は土日にまたがって行うことが増えていた。そのたびに宿泊施設を利用するのは予算的に厳しかった。こんなに泊まるなら、家を借りたほうが安いだろう、ということで、長浜市に家を借りることにした。

コース整備チームで「基地」と呼んでいる家だが、この家は、「いざない湖北定住センター」という、湖北エリアへの移住を促進する組織の川村さんがご紹介してくださり、大家さんも融通を利かせていただいて、お手頃な値段でお借りすることができた。川村さんは、偶然にも仕事で手がけている「物件ファン」のファンであり、そのご縁もあって、熱心に大家さんとお話をしてくださった。

これで、何日か作業する場合でも、宿泊費を気にせずに作業を続けることができるようになった。

この頃には、自分の刈払機も購入した。チェーンソーに続き、2台目のエンジン付きの道具である。それぞれ、谷川さんに紹介してもらった長浜市の機械屋「藤田機械店」の渡部さんにお世話になり、おすすめの機材を選んでもらった。

渡部さんは、シガイチのfacebookページも見てくださっており、刈払機を買いに行くと「そろそろ買いに来ると思っていました」と仰った。そして、「近藤さんにおすすめするならこれかな、と思って用意していました。」といって、シンダイワの刈払機を見せてくれた。

最初のチェーンソーも、渡部さんがおすすめされたスティール製の小型のものを使っていて、とても具合が良かったので、今回もおすすめされるままに刈払機を選んだ。小型のエンジンがついていて軽い上に、シャフトをジュラルミンのものに変えて更に軽量化し、長いトレイルを現場まで持ち運ぶ際に負担にならないように、と考えてくれていた。また、通常ついているV字やO字のハンドルがなく、一本の槍のような形になっており、歩く時に邪魔にならないだけでなく、あらゆる角度の笹や木を切りやすいのではないか、ということだった。

正直、使ってみないとどんな刈払機が一番適切なのかは自分にも分からなかったが、プロの言うことを信じておすすめされるままに購入した。結果的には、軽くて持ち運びしやすく、あらゆる角度で切れるので、渡部さんの見立通り良い選択だったと思う。

刈払機には他にも重要な選択肢があって、先に付ける刃をきちんと選ばないといけない。谷川さんですら、笹に勝てない刃をつけていたことで、すべての刃がなくなってしまうような日もあったし、付ける刃によって整備の効率は全く変わってしまう。

渡部さんがお勧めしてくれたのは、ツムラの笹刈刃と、ブルーシャークというチップソーだった。笹刈刃の方は、一枚の金属からなる「刃」であり、ある程度使ったら、ヤスリで研いで目立てをする必要がある。一方のチップソーは、円盤の先端に硬いチップが付いており、基本的には研がずにある程度の期間切り続けることができる。

「笹や木を長い時間切り続けるのであれば、このどちらかがおすすめです」とおっしゃるので、その両方を使ってみることにした。ありがたいことに渡部さんは、「自分にはこれくらいのことしかできないので」と、その2つの刃をプレゼントしてくれた。

実際に現場でこれらの刃を試してみると、最初はツムラの刃がよく切れたが、少し使っているとだんだん切れなくなった。うまく刃を研げば再び切れるようになるのかも知れないが、目立ての腕が未熟で、そんな時間を取るのがなかなか難しかった。

一方のブルーシャークは、長い期間切れる力が衰えず、笹に対してもかなり有効だった。ブルーシャークが登場してから、笹ヤブを刈る効率はそれまでの数倍に上がった。圧倒的な差である。

メンバーの整備技術も向上し、季節も秋になって涼しくなり、次第に1日あたりに進める距離がまた延びていった。そうは言っても、国見峠までは長い。毎日数百メートル進んだとしても、やはり数十回は整備を行う必要がある。さらに、作業が進むに連れて、どんどん現場が遠くなる。現場にたどり着いて作業を開始するまでに、2時間以上歩かなくてはならなくなっていった。

それでも「雪が降るまえに開通させよう」を合言葉に、毎週末通い続けた末の11月、ついに奥伊吹エリアのトレイルが開通した。通算で、30回以上も整備に通った末の開通だった。

なんとか雪が降る前に間に合った。一番最後に道を通した山には、「笹刈山」と名前をつけた。深い深い笹ヤブに閉ざされていた山に、僕たちが道を作り、まるでバリカンで刈ったように遠くから見ても一本の道が見える。頂上に立つと、南北に山々が連なって見え、眼下には琵琶湖も望める。この山が、奥伊吹トレイルの整備作業を象徴する山となった。一つくらい僕たちの気持ちを込めて、名前をつけさせてもらってもバチは当たらないだろう。

その翌週には、奥伊吹トレイルの開通を記念して、関係者で試走会を行った。国見峠から鳥越峠、高山キャンプ場まで、ずっと整備を行って来た区間を、30kmほど全部通しで走ってみた。

ここまでに全部で33回、のべ135名のボランティアの方が作業に携わり、奥伊吹トレイルは開通した。

滋賀一周トレイルには、この区間以外にも、整備したほうが良い場所はたくさんあるのだが、ひとまず「ここが通らないとどうにもならない」という区間を片付けることができた。


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Junya Kondo

カメラをもってぶらぶら歩くのが好きです。山を走るのが好きです。温度感のある仕事をしたいです。

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