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まえがき公開 ミネルバ大学式思考習慣

「未来の大学」と聞いて、どんな学校を思い浮かべますか?

その名を手にした大学は、設立わずか4年あまりで2万人を超える入学希望者を集め、第三者が行う思考力評価テストでトップ大学を大幅に上回る結果や世界の一流企業から高い評価を獲得しました。2018年には全米大学協会の会長に「彼らは、我々が最も重視している点で、素晴らしい成果をあげた……全ての大学が参考にできるし、またそうするべきだ」と言わしめました。

校舎を持たず、世界の7つの国際都市を移り住む
講義を禁止、テストを廃止。授業はすべて少人数のディスカッション
最新の情報技術を活用した学習・キャリア構築支援

こうした先進的な取り組みは、教育に変革を求める人々から熱狂的に受け入れられ、世界的に注目されています。

しかし、この最先端の大学「ミネルバ大学」が最も重視しているのは、こうした点ではなく、学生が卒業後も自分で未来を築いて行くために必要な、「未知の世界で適切な意思決定を導くことができる思考・コミュニケーションスキル」を提供することです。
これが、本書のテーマでもあり、約113項目のコンセプトで構成される「実践的な知恵」と呼ばれるもので、それぞれのコンセプトが情報判断力、問題解決力、情報発信力、統率/協調力というコンピテンシーに紐づいています。

ミネルバ大学は「高等教育の再創造」を目指すミネルバ・プロジェクト社が「既存の進化型ではなく、大学産業を“本来あるべき姿”に戻すための目標となる大学」という趣旨で設立しました。

「本来あるべき姿」とは何を意味しているのでしょうか。

大学は本来、狭い分野でしか活躍できない専門家を育てるのではく、どんな職業に就いても、難しい決断を迫られる場面でも「良き市民」としての教養、判断、コミュニケーション、意思決定力と社会的責任の自覚を授けるエリート教育機関でした。
しかし、こうした本来の設立目的は、大学進学者の大幅な増加による“効率的な教育方法”の採用によって失われてしまいました。研究機関としての大学が肥大化していく一方で、多くの学生が入学し、4年間学費を負担してくれる学部教育は研究者養成を担う大学院部門の資金源としての役割を担う、という経営的な事情が優先され、学部教育の質は劣化していきました。

いまは高度な情報化社会となり、人工知能も社会に実装され始めています。
今までの慣習や仕事のあり方が大きく変わろうとしている、変わらざるを得ないことが実感できるようになってきたことで、
「知識を詰め込む教育は終わった」
「この変化の激しい時代に教育の役割は何か」
という声や疑問が投げかけられています。

私は2015年からミネルバ大学に注目し、そのカリキュラムに魅せられて、頼み込んで日本での認知活動を行う許可をいただきました。

「まだ存在していないような職業においても役に立つ知識、覚えたらそれで終わりではなく、自ら発展させていける、思考・コミュニケーションスキル、つまり「実践的な知恵」を提供する」

ステファン・コスリン学長(当時)の言葉は、「未来の大学」の名に相応しいものであり、まさに現在の教育の課題を直視したものだと感じました。大風呂敷にも聞こえましたが、内容を調べれば調べるほど納得感があり、この大学が提供するプログラムやその教え方に感心しました。

2年間に渡る日本での認知活動は、単なるミネルバ大学の学生募集ではなく、「大学教育の再創造」という世界的な動きを日本の学生、企業、慈善投資家や行政関係者に知っていただく活動でした。

おかげさまで、日本からの進学者が継続的に出ただけでなく、毎年30名近い学生が日本でインターンシップを行える受入先を開拓したり、日本のメディアでも度々取り上げていただけました。ミネルバ大学の概要については本書の第1章と拙著「世界のエリートが今一番入りたい大学 ミネルバ」(ダイヤモンド社)をご参考いただけましたら幸いです。

認知活動は当初の目的をほぼ達成できたのですが、一つだけ心残りがありました。
それは、ほとんどの日本の教育機関がミネルバ大学のカリキュラムや教授法、運営方法について賞賛してくださる一方で、ミネルバ大学が提供している「実践的な知恵」を反映した教養過程を導入するといった、根本的なカリキュラム改革には踏み込めずにいることです。

このままではミネルバ大学も研究者達が「一世を風靡した風変わりな大学」として、論文を書く程度で満足し、メディアもブームがされば、取り上げることなく、忘れ去られていくだろう、という危機感を覚えました。
本書を書き始めたのはこうした危機感からです。

また、企業で新規事業開発、マーケティング、経営戦略、事業再生などに携わった経験から、「実践的な知恵」は、特にビジネスパーソンにとって役に立つものだと考えています。
変化が速く、見通しが効きにくい今日のビジネス環境では、
「変化に対応するよりも、変化を創り出す側になる」
「一つの決められた計画に合わせるよりも、複数のシナリオを描き、柔軟な成長軌道で目標を達成する」
ことが日々のオペレーションを正確に回すことと同様、あるいはそれ以上に必要とされます。

そのためには、情報を的確に見極め、まだ気づいていない課題を発見し、解決法を設計する。複雑な問題を分解し、他人とチームを組み、アクションまで導き、改善点を話し合いながら、目的を実現する責任を果たしていく。
こうしたスキルが必要であり、それを支えるものが実践的な知恵なのです。

本書でご紹介する実践的な知恵は、ミネルバ大学の公式ガイドブック「Building the Intentional University」(The MIT Press, 2017)で公表されているコンセプトに基づいています。
ミネルバ大学では、各コンセプトについて、学生、教員、スタッフ、インターンシップ受入先からのフィードバックを受けて更新しているので、現在、同大学が提供しているものとは名称も、場合によっては定義すら変わっているものもあります。また、本書における各コンセプトの解説は、筆者が独自に解釈・作成したもので、ビジネスパーソン向けにアレンジしています。
ミネルバ大学では、実践的な知恵を構成するコンセプトの特性を「思考習慣(Habit of Mind)」と「基礎コンセプト(Foundational Concept)」という概念に分類して解説しています。これは脳科学の観点から、コンセプトを学習する際に参考になる分類なのですが、本書ではこの分類についてはあえて省きました。ご興味がある方は、公式ガイドブックをご参考ください。

各コンセプトは既存の学問(心理学、認知科学、統計学、経済学、会計学、生物学、物理学など)で教えられてきた思考・分析ツールや理論で、相互に関連しているものや、複雑系のように複数の学問領域を横断的に捉えたものまで、幅広い分野から選ばれており、いま最先端の大学が何に注目しているのか、把握する上でも役立つでしょう。
また、ミネルバ大学では学習したコンセプトをもともと利用されている分野以外の日常的な思考・コミュニケーションの際に自然に用いることができること「ファー・トランスファー」を重視します。そのため、各コンセプトが実際にどのような場面で使えるのかなるべく事例を用意しました。

本書は次のような構成になっています。
ミネルバ大学について初めて知った、という方のために第1章にミネルバ大学の概要についての解説を、第2章には実践的な知恵の具体的な内容や特徴、分類について解説しています。
第3~6章に情報判断力、第7章に問題解決力、第8章に情報発信力、第9章に統率/協調力に関するコンセプトを紹介する、という構成にしておりますが、順番に読むこともできますし、各章を別々にお読みいただいても大丈夫です。

実践的な知恵は自分で使うことで育っていきます。本書を読み、各コンセプトを日常業務での判断や意思決定に反映していくことで、みなさんの知的生産性は必ず向上するでしょう。
2019年6月
山本秀樹

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目次

第1章 アイビー・リーグを超える驚異の大学ミネルバ
―Minerva Schools beyond the Ivy League

トップエリート大学の100年以上の歴史にたった3年で肩を並べる
問題解決力が全米の上位1%に!
アイビー・リーグ超えるための4つのアプローチ
社会に出る準備︱「実践的な知恵」
効果的な教授法︱ 講義・テストなしの反転学習
海外・異文化経験︱世界中の都市がキャンパス、多様性のある学生
投資対効果︱ 低学費、高品質授業
大学の常識と問題を破壊するテクノロジー
全ては「高等教育の再創造」のため

第2章 これからの世界を生き抜くための「実践的な知恵」とは?
―Practical Knowledge for Surviving the Future World

人にしかできないことが明確になる
教育の根本的な目的が変わる
ミネルバ大学で教える「実践的な知恵」
現象の原点回帰と拡張する未来の予測
幅広い分野で応用し、世界の変化に対応する
新たな知恵を発見するための知恵

第3章 情報を検証する
―Evaluating Claims in Thinking Critically

情報判断力の4つの思考動作
主張と根拠のつながりを確認する
根拠が妥当かを判断する
疑似科学を見破る科学的根拠の確認
数字の根拠をチェックする
確率とサンプリングの確認と統計学の注意事項
確率に関するコンセプトの確認事項
偏りを確認し、対象を揃える
統計の特徴や傾向を把握する
相関関係や因果関係を発見・検証する推計統計

第4章 認識の差を埋める
―Analyzing Inferences in Thinking Critically

認識の差を埋める
論理展開を理解する
認識の歪みを確認する
バックグラウンドと解釈のデザイン
情報の関連性を分析する

第5章 判断の優先順位をつける
―Weighing Decision in Thinking Critically

判断の優先順位をつける
譲れない判断軸を意識する
どんな実益があるかを考える
不確実性とリスクを使い分ける
意思決定の理論を活用する
心理的影響を考慮する

第6章 問題を分析する
―Analyzing Problems in Thinking Critically

問題を分析する
理想と現状の差を分析する
本質的な問題に気づく
要素へ分解する
変化を分析する

第7章 問題を解決する
―Thinking Creatively

問題を解決する
新たな問題に気づく
仮説思考で調査する
研究手法とその特徴
本質的な問題の解決と検証
問題解決のテクニック
解決策を検証する
製品・プロセス・サービスを開発する

第8章 情報を発信する
―Effective Communication

情報を発信する
効果的な言語表現
非言語表現が与える影響
対話を設計する

第9章 統率/協調する
―Interacting Effectively

統率/強調する
人を動かす技術
相互利益の作り方
議論の作法
うまくいくと思われているが、実際にはうまくいかない戦略
うまくいく戦略
説得の種類と技法
リーダーとなり、フォロワーとなるリーダーシップ
群集心理に陥らないフォロワーシップ
自己を俯瞰する
他者への思いやりと公益の精神

あとがき
付録 実践的な知恵コンセプト一覧

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