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「アフターコロナのナイトタイムエコノミー 〜街づくりや観光に求められる多様な夜に向けて〜」をテーマとしたトークセッション開催リポート(前編)

2023年6⽉19⽇(⽉)、会場となった東急歌舞伎町タワー17F『JAM17』には主要デベロッパー各社をはじめ、中央・地⽅⾃治体、⾳楽・ライブ・観光・飲⾷関連事業者等、約100名が来場。壇上ではナイトタイムエコノミーの活性化について、コンテンツ視点から見据えたトークが繰り広げられました。トークイベントの様子を2回にわたってご紹介します。

開会の挨拶で、JNEA理事 永谷亜矢子が、東京は都市総合ランキング(森財団調べ)では第3位に選ばれながら、ナイトライフの充実度では27位にまで後退することを紹介。続いて登壇したJNEA代表理事齋藤貴弘は、コロナ禍におけるJNEAの活動を報告しました。パンデミックが去った今、改めて官⺠⼀体となってナイトタイムエコノミーの推進体制を整え、政策化していくことが必要と訴えました。

齋藤:風営法が改正された2016年以降、ナイトタイムエコノミー推進の気運が大変な盛り上がりを見せ、私たちも「ナイトタイム議連」という民間のアドバイザリーボードで、夜をどう面白くしているのかを議論するほか、海外の推進都市との関係づくりにも力を入れていました。特に夜の捉え方については海外から学ぶことが多く、様々な人が出会って多様な文化が生まれる夜を「大切なもの」として捉える文化や、それを支える政策やビジネスモデルなど、見習うべき点が多いと実感しました。

夜の文化的な価値についても、欧米の大学などと共同でリサーチしました。ベルリン、ニューヨーク、東京、この3都市の比較では、夜の魅力や文化的な価値のトータルスコアを見ると東京は最下位なのですが、じつはコンテンツに関しては東京がいちばんユニークで、高得点を得ていたことが判明しました。「行政と文化の価値がとても遠い」ということで、総合的な評価が下がっていたんです。

アフターコロナに向けてJNEAは活動を継続
インバウンド需要が見込め、オリンピック・パラリンピックなどの大型イベントが目前に迫っていた2019年当時は、日本でも観光庁が中心となってナイトタイムの政策化に動き出し、色々な観光振興策が論じられました。夜を使ってどう観光消費を上げていくのかは、地方においても重要な議題となっていきましたたが、その矢先にコロナで「夜」の活動が制限されるようになってしまいました。その間もJNEAは活動を止めていたわけではなく、色々な経済支援を事業者やアーティストへも拡充すべく、ロビー活動なども行っていました。また、オンラインで欧米のナイトタイムのキーパーソンたちと交流を続け、グローバルネットワークを形成。「グローバルナイトタイムリカバリープラン」と銘打ち、どうコロナ禍から回復していくのか、戦略とレポートを作っていきました。

「密」が制限されているということで、逆に自然や人が少ない地方の価値に光が当たったのもこのタイミングでした。そして1年前、ようやくコロナの終わりが見えてきたのを機に、夜の価値について改めて考えようと、東京・京都・福岡でワークショップやトークイベントを自主開催。「コロナの前に戻すのではなく、新しい面白い夜をどう作っていくのか」。そんな未来に向けた議論を展開しました。

とりわけ重要だと思ったイベントが2022年9月に行われた「全国エリアマネジメントネットワーク」の総会とシンポジウムで、ここではナイトタイムをメインテーマに議論が繰り広げられました。夜と都市開発は、近しいようであまり議論されてこなかった分野なのですが、コロナでテレワークが普及したことで、従来のオフィスを中心とした街づくりを見直すようになったのです。何がこれからの街には必要かといえば、例えばそれは文化や人との出会い、大切な人との特別な時間などだと思い、その機会を見込める「夜」こそ、新しい街の価値として重要なのではないか。そのような議論で、大変な盛り上がりを見せたのも、大きな収穫だったと思います。



夜の重要性を再認識し政策化を再開させるチャンスは今
最近では、来日したアムステルダム市長から「なぜ都市にとって夜が必要なのか」を聞くことができました。彼女は「観光客向けのテーマパークになったら都市の終わりを意味するので、私は市長としてそれは絶対に避けたい。都市というのは自分が自分らしさを見つけて、人とのつながりを持って、自分の生き方を実践していく場所であり、都市をテーマパークにしないためにも、夜はとても重要」だと語り、政策化も視野に入れているようでした。シドニーやロンドン、ニューヨークといった先進都市でも、夜に関する政策的なビジョン、戦略、推進体制、そしてそれを支える財源はどこもしっかりしていると、強く感じています。一方、日本には面白い文化がたくさんあるのに、それを生かしきれていない。アフターコロナの時代に突入した今こそ、3年前に頓挫した政策形成を再開させるタイミングではないかと思います。

面白い夜を作っていく――これは個別の事業者だけでも、もちろんアーティストだけでもできません。民間だけでも、行政だけでもだめで、色々な人が集まって、少しずつ体制を整えていくことが非常に重要です。本日、この場に来てくださった皆さんとも、何かご一緒できる機会を作っていけたら幸いです。

新宿・歌舞伎町に新たなランドマークが誕生
続いてトークセッションに登壇したのは、日本最大級のエンターテインメント商業施設として2023年4月にオープンした東急歌舞伎町タワー支配人であり、東急株式会社執行役員、TSTエンターテイメント代表取締役社長も務める木村知郎さん。モデレーターのJNEA理事 永谷亜矢子を相手に、国家戦略特区でもある東急歌舞伎町タワー開発プロジェクトにまつわる裏話や、歌舞伎町エリアの現状・課題について語りました。

木村:東急は新宿ミラノ座という映画館とボウリング場を1956年から2015年まで運営しており、歌舞伎町とは大変長いお付き合いです。再開発事業においては2018年に国家戦略特区となり、国や地方自治体、地元の皆様の様々な思いを受け、「世界のエンターテインメントシティ・歌舞伎町」を目指して事業を進めました。歌舞伎町、あるいは新宿という街のレガシー、文化、観光、街づくりを融合し、新しい都市開発のパッケージとすることで、この歌舞伎町に多くの新しいお客様にお越しいただく。その結果として、都市全体の発展につなげていけたらよいと思っています。

街の核となる観光拠点と回遊性を高めるインフラ整備
木村:
この再開発事業には、大きなポイントが2つありました。1つが街の「核」となる観光拠点づくりで、まさしくこのタワーのことです。ナイトタイムの魅力も含め、様々な「好きを極める」をコンセプトに、タワー及びその周辺エリアが観光拠点となる仕掛けを作っていきました。もう1つは街の「回遊性」と「賑わい」を創出する都市観光インフラの整備です。西武新宿線の新宿駅前から高田馬場までの歩道を歩きやすくするほか、エアポートリムジンをビル1階に乗り入れるようにするといった道路整備をさせていただきました。

永谷:実現にいたるまで、ご苦労はありましたか。

木村:着工が2019年夏ということで、着工してすぐにコロナ禍に突入しました。コロナ禍では「やってはいけないもの」の集合体となるわけですから、会社としても計画通り進めるべきか議論を重ねました。ただやはり、当初から携わってきたメンバーは情熱をもってやってきましたし、街の人々にも「いつまでもコロナが続くわけじゃない」という思いがあったため、「このプロジェクトを、東京再生の旗印にするんだ」という気概で、逆風を追い風に変えてプロジェクトを進めていきました。

永谷:地下にあるクラブの運営はTSTさんにとっても初めてのチャレンジだと思います。昼と夜とで店名も業態が変わり、いわば二毛作的な運営となるのもユニークです。そのあたりについてのお話をお願いします。

木村:デベロッパーが直接ナイトクラブを運営するという、初めての試みです。実際には、東急とソニーミュージックエンターテインメントが作った「TSTエンターテインメント」という会社が直営で運営していく形ですが、新たなお客様に対してどういうアプローチをしていったらいいか、世代間でギャップがありました。僕ら世代は「最終的にシャンパンをたくさん開けさせれば勝ちなんじゃないの?」という感覚でしたが、若い世代はクオリティを重視しました。「ちゃんと音を極めないと」と言われてハッとしましたね。以降は彼らの気持ちをしっかりと支えながら、プロジェクトを進めていきました。

開業から1カ月半で100万人を集客する観光スポットに

永谷:そのほかにも想定内のこと、想定外のことがあったのではないでしょうか。

木村:開業から1カ月半で来場者数が100万人を突破したのは想定外でした。ホテル・映画館・劇場・クラブなどで構成された、目的性の高いタワーなので、そこまで多くの方に来ていてだけるとは予想していませんでした。4月14日、マスク無しでもOKとなったタイミングで開業したこともあり、それを喜ぶお客様がどんどんいらっしゃいました。その一方で、テナントには相当の負荷がかかり、いくつかの店でスタッフが音を上げたと聞いています。サステナブルな運営をするために現場のオペレーションを調整しながら、今ようやく落ち着き始めたところです。

永谷:入場料が5000円以上する映画館の集客については想定内でしたか。

木村:映画館は全席プレミアムシートで、一部はS(スーパー)プレミアムシートとなっています。プレミアムは鑑賞前と鑑賞後の1時間、フリードリンク、フリーポップコーン付き。Sプレミアムは鑑賞後、さらにアルコールドリンクのサービスもあり、映画の余韻に浸りながら語り合える専用ラウンジも設けていて、4時間ほど滞在するお客様が多いようです。映画も動画も持ち歩ける今、わざわざ足を運ぶ価値のある映画館との評価をいただいています。

永谷:しっかりと滞在時間も長くなっているんですね。想定外でいくと、例のジェンダーレストイレの話題は避けられません。

木村:それについては、我々としてはもう少し世の中に受け入れられると思っていたのですが、説明不足や利用する方への配慮が足りず、お叱りを受けてしまいました。トイレを見にわざわざ来る方もいて、「東急は話題づくりでこんなトイレを作ったんじゃないか」との声まで寄せられました。今後は皆様に安心して使っていただけるよう改良していく予定です。

永谷:難しいところですよね。先陣を切ってマーケティングしたということで、他のデベロッパーの指針となるわけですし、決断には大変な勇気がいったと思います。

木村:実際、デベロッパーからの問い合わせがいちばん多かったですね。

永谷:上層階を占めるホテルについてはいかがでしょうか。1泊300万円のお部屋があるとか。

木村:広さは270㎡で、主に海外からの長期滞在のお客様を対象としている部屋です。キッチン付きなので料理人を同伴したり、ホテルのシェフを招いて料理してもらったりもできます。

永谷:購入意向の話があったそうですね。こちらは想定外だったのでは?

木村:世界的に有名なアーティストの方で、宿は別に取っているけれど、どうしてもここで遊びたいと仰って。将来的にご利用いただくこともあると考え、部屋をご案内し、食事もしていただきました。そうしたら、「ここはいくらで売ってるんですか」と聞かれたんです。ここはホテルなので販売はしていない旨お話しましたが、将来的には、可能性はゼロではないかもしれません。

永谷:長期滞在型の施設としてどういったシステムをとるか、今後検討の機会はあるかもしれませんね。さて、歌舞伎町ど真ん中ということで、治安についても皆さん気になっていると思います。その点はいかがお考えでしょうか。

木村:まず、治安は夜だけの問題ではなく、昼間集まってくる若者たちに対する行政や警察のアプローチや、彼らが集まる原因は何なのかも理解した上で解決すべきだと考えています。コロナのせいでここ数年、特に若い世代は夜に飲み歩くことがなかったのでしょう。夜の街に慣れていないな、と思うことはあります。とはいえ、歌舞伎町の治安だけが特別悪化しているわけではないと思いますし、私たちが新たな客層を呼び込む仕掛けを作っていくことで、街の治安も変わっていくと考えています。

夢を持った若者が集う場を作りネガティブなイメージを払拭
木村:
例えばこのタワーの敷地内には公開空地が結構ありまして、そこでライブ活動を行ってもらおうと、若い路上ライバーやミュージシャンに声をかけています。公道ではないので取り締まりの対象になりませんから、落ち着いてライブをしていただけます。若い人たちが夢を持って集まってくる安全な場所とわかれば、そうした雰囲気が少しずつ周囲にも染み出し、街の様相も変わっていくのではないでしょうか

永谷:夢を捨てて流れ着く場所ではなく、夢を目指すためにここに来てほしいということですね。インスタなど見ていると、公開空地のライブも盛り上がっているようです。今後、どのような施設を目指していくのでしょうか。

木村:このプロジェクトは半分がホテルで、全620室のうち、530室がライフスタイルホテル、90室がラグジュアリーホテルです。5月15日の開業以来、特にライフスタイルホテルは稼働率がよく、ラグジュアリーの方はグレードに見合うサービスをこれから徐々に提供していこうという段階です。現在ホテル全体としてインバウンド客が80%を超えており、おかげさまで、滑り出しは好調です。こうしたお客様にさらに楽しんでいただけるタワーにしていくためには何が必要なのか。皆様からもご教示いただきながら、より魅力的な施設にしていきたいと思います。