柴田政人が好きだ

柴田政人が好きだ

引退調教師が発表されたので思いつくままに書いていこうかなと。
まず先頭は表題の人。

馬事公苑花の15期生にして義理人情を重んじる職人肌の仕事人。
その姿勢が調教師としては足を引っ張った。
と評するのが穏やかな表現であるが、正直なところ調教師としては無能であった。
調教師一次試験免除の1000勝特典が消えた理由の8割は田原の責任だが、残りの2割は加賀と郷原と政人が悪い。

こんなことを書くと気分を害する人がたくさんいるだろし、批判もあるだろうが20年以上調教師を続けて重賞0という事実は、単に巡り合わせや運だけで終わらせては駄目だろう。
印象深いのはヒメサクラの使い方。
14年秋に本格化し府中のD1400を好時計で逃げ切り連勝。
調教師としては同じくアレな成績だった加賀や郷原も最晩年に障害ながら重賞馬が周ってきたように、政人にもチャンスが来た。

このまま根岸Sなり交流重賞なりを狙えば1つぐらいは拾えそうだったが、調子の良い時に休養入り宣言。
厩舎コメント曰く「冬場は馬が固くなる」
まぁ、仕方がない。
が、半年後に帰ってきたら馬柱に「骨折休養」の文字。
曰く「休養中に軽度の骨折が見つかった」
・・・まぁ、仕方がない。
復帰戦シンガリ負け。
・・・・・・まぁ、仕方がない。
状態を上げつつ使うのかなぁ、と思ったら直後に函館D1700m戦を転戦。
府中D1400を好時計で逃げ切った馬を函館D1700。
しかもスタートから藤田が追っつけて強引に逃げて4角一杯バタバタ×2。
そして10ヶ月の長期休養へ
まぁ、仕方がない。

と思えるかっ!!!

調教師の仕事は相馬に調教の指示にスケジューリングにと職人としての腕だけでなくマネージメント力が要求される。
柴田政人師はこの部分が致命的に欠けていたように思う。
馬質にしても伊達秀和のマル外やセールの中間価格を超える馬も預かってきたが、結果は乏しい。
実働24年でJRA190勝で重賞0勝は、はっきり言って低調である。

厩舎の成績は従業員の問題もあるだろうが、それも含めて人に対しても馬に対してもマネジメント力が欠けていた。
腕のいい職人が人を扱える棟梁の大旦那になれるとは限らないのと同様に、柴田政人はとことん職人肌な人で、経営者として結果を残すタイプでは無かったのだろう。
厩舎経営から引退すれば、元職人らしく技術的に若手の騎手連中を叱咤激励してほしい。
でも、新聞で持ってた連載コラムの内容的に評論家としても微妙な可能性高くない?」なんて決して言ってはいけない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?