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#16日目: 生まれたことが犯罪 - トレバー・ノア

歴史の授業は好きじゃなかった。教科書に書いてある通りに出来事、固有名詞、年号を覚えるだけで面白い要素がひとつもなかったんだよなぁ。

「アパルトヘイト」だって、南アフリカで白人と黒人を隔離したっていうやつだよねというレベルの記憶だった。この本を読むまでは。

ポップな字体に「ウッ」ってきた方、私もそうだったんで大丈夫です、まだ帰らないで。。

トレバー・ノアは南アフリカ出身のコメディアン。アメリカのコメディ・セントラルというチャンネルで「The Daily Show with Trevor Noah」という番組をホストしている。トランプ大統領と金正恩総書記の会談に関する動画がきっかけで知って以来、YouTubeにアップされる新着動画を毎日チェックしては笑っている。淀みなく繰り出される冴えた風刺と、人前に立つために与えられたかのような声質が耳に心地いい。私はアメリカ政治の9割をここでキャッチアップしていると言っていい。それが適切かはさておき。


この本は、アパルトヘイトを生きたノアの壮絶な半生記。彼の母親は黒人で、父親はドイツ系スイス生まれの白人。本の1ページ目には「背徳法」という1927年に制定された法律が記されている。

英国王陛下、南アフリカ連邦上院及び下院は次のように制定する。1、現地女性と性行為を持つ欧州男性、また欧州女性と性行為を持つ現地男性は、違法行為の罪で、5年を上限とする禁固刑に処する。 2、 欧州男性に性行為を許す現地女性、また、現地男性に性行為を許す欧州女性は、違法行為の罪で、4年を上限とする禁固刑に処する。

ノアの両親は犯罪者で、ノアは犯罪者の子であると同時に犯罪そのものであった、というところから本書の原題「Born a crime」がつけられている。ノアは、黒人の集団にも白人の集団にも、背徳法が制定される前オランダ入植時代から存在していた「カラード」と呼ばれる黒人と白人の混血の集団いずれにも分類ができない特殊な存在だった。(もちろん他にもノアのような混血児はたくさん生まれていたが、南アフリカを離れるのが普通であったと書いている。)当時はそれぞれの集団に専用の居住区が指定されていたため、ノアの家族が住む黒人の居住区にカラードであるノアがいるのは警察に摘発されるレベルの事案であった。(前述の背徳法違反があった、ということであるから。)存在が見つからないように、外遊びが禁止された幼少期。どこのグループにも属していないが、持ち前のユーモアがあったからどのグループにも入っていけた。ただし、「どこでも誰とでもいっしょにいながら、いつもひとりだった。」という青年時代。

本書では、アパルトヘイトという制度の実態と、それが世の中に生み出した歪みをノアの実体験から知ることができる。ノアの身の回りで起きた出来事はもちろん、街や人もとにかく描写が詳細で、書かれていないはずの人いきれやニオイ、場の空気まで感じる。ノアと一緒にその場にいたような錯覚さえ覚える。

いつだったかに学んだ「アパルトヘイト」という言葉の明度が一気に上がった。そこには人がいた、人生があった。私はそんな当たり前のことさえ意識したことがなかったんだと思った。

あと、ノアの母親がすごい。確立された自己があり、ユーモアがあり、頭が良くて、生命力がある女性。ノアとは親子ではなく、一人の人間として向き合っている感じだ。子育て中の身として刺激が多かった。彼女のエピソードで印象に残っているのが、自らの居住区を出て白人の暮らしをノアに垣間見させる彼女と周りの人との会話。

近所の人や親戚はかあさんによく口うるさく言っていた。「黒人の子に白人のすることを教えてなんになるの。この子は一生ここにいるのに。世の中を見せたってどうにもならないよ。」するとかあさんはこう答えるのだった。「この子が一生ここから出ることがないとしても、ここだけが世界じゃない、とわかるようになること。それさえ成し遂げれば、私は十分」

これは子育ての真理だと思うし、アパルトヘイトのような状況下で、この母親のスタンスがノアに及ぼした影響は計り知れない。この母にしてこの子あり、だ。

番組での語り口そのまま、小気味良いテンポで書かれているのですぐ読める。ただ、前述のようにこれはノアの半生記なので、彼のことを知ってから読んだほうが面白い。

まずはトランプ大統領と金正恩総書記の会談に関する動画で笑って、

次は、ワールドカップで優勝したフランス代表に黒人が多くいたことに番組で触れたノアに届いた、在米フランス大使からの手紙に関する動画でノアの人となりを知り、黒人が生きる今の時代に思いを馳せてほしい。

そして本を読み終わったら、ぜひ、この動画を。ノアが故郷のソウェトを訪ね、本書にも登場するノアの祖母、ココにアパルトヘイト時代の話を聞いている。本を読んで頭に浮かんだイメージにビビッドな色が付きます。

友人の言葉を借りれば、「きっと、あなたの世界の解像度が上がる」。


あとがき。この文章は友人が主催するアドヴェントカレンダーに寄せて書いた。人に本を紹介してもらうのは楽しい。このアドヴェントカレンダーで紹介された本も次々に欲しいものリストに追加されている。年初に出産し、今年は手一杯で全然本を読まなかった。自分の琴線に触れそうな素敵な本がこんなにもあるというのに。2019年はもっともっと、本を読もうと思う。


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