ロールスロイスよりフィリピーナ話

昔、自動車の図鑑を見た事がある。

地球上の自動車らが三百台近く掲載されていたその図鑑、とりわけ気になるロールスロイス。おれはこれが人生初の所有欲掻き立てられた瞬間だったと思い出す。畳の上には、カラーボックス。赤い絨毯の切れ端。プラスチック製の玩具。牛乳パックとハサミ。白い大きな「あゝ」と鳴く鳥。味噌汁のにおい。豚の生姜焼きのにおい。刻まれたキャベツのにおい。しかしロールスロイス、案外カトリック教会だなというコメントもここに織り込んで置こうか。海からそう遠くないところに家があったが、父は、インドア派だし、母は、家事が好きだったので雰囲気的に海とのコラボはなかった。どんな所でもいい。本とペンがあれば。あと紙。

楽しい。

時は、巡ってはじめて物資的ロールスロイスと向き合った、つまり三和四次元的にコンタクトしたのは、さらわれてフィリピン諸島のどこかで軟禁していた時だ。その話しないとダメです。いつも偉そうしてるのにたいしたことない中年男が運転している車体を目撃。後部座席にやたら黒い影の紳士が座っていた。英語で印刷されていた新聞を見ていた様子。スイス銀行の重役なら、話がしたかった。どんな感じですか?って。

フィリピンの地方、どこかわからないところでおお、物理的にロールスロイスを見た。雰囲気も覚えている。ココナッツと生姜の匂いがする時間だった。ひとりのフィリピーナが早口にこんな事を言った「アンタは今からあたしと町に買い物に行くのよ。そのさいお利口ちゃんにしていたら何か買ってあげるから」と。そのフィリピーナは、人使いが凄くあらいので、いやだなと思ったがついて行った。何か買ってくれると言っているし。

その時のロールスロイス、色はベージュ。に出くわして、ぶったまげていた。雰囲気では、どの角度からアクセスしてもコレは無理だと思った瞬間。あの自動車図鑑でその存在を確認してから、生のロールスロイス遭遇までのディスタンス、何をしても上の空だった理由がピンと来る。

フィリピン、また会う日までには連絡します。その時はロールスロイス、居てくれたら嬉しいが無理しない所でお願いします。もはや人工物に執着などないのだ。カラーボックス以外は。

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