神域のカンピオーネス4巻・用語集

 恒例、一作家の奇特な読者さまたちに向けた企画です。
 集英社DX文庫より発売の『神域のカンピオーネス4巻・英雄界ヒューペルボレア』。
 その副読本となる用語集。いつもどおり無駄知識づくしの雑文、お楽しみいただければ幸いです。

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【1章】

●アポロンの出生
 ギリシア神話の主神ゼウスは好色なことで有名である。
 美女とくればティターン神族、妖精、人間と種族を問わずに交わり、種をばらまいた。ティターン神族のコイオスとポイベーの娘・レトも毒牙にかかったひとりだった。
 彼女の懐妊を知って、ゼウスの正妻ヘラは激怒する。
 そして、送りこんだのが大蛇ピュトン。太陽の光の下では、決して女神レトも出産を許すなと厳命されて、ピュトンはどこまでもレトを追いまわす。
 困ったレトはデロス島のあたりで地下にこもり、ようやく分娩できたのだ。
 ついに誕生したアポロンとアルテミス。
 アポロンは生後わずか四日で弓矢を求め、母を苦しめた大蛇ピュトンに報復すべく旅立った。そのままみごと大蛇を殺め、本懐を遂げるのである。

●アポロンを巡る諸説あれこれ
 オリュンポス十二神のなかでも、アポロンはギリシア土着の神ではない。
 それを証明するかのように、ホメロス作とされる『アポロン讃歌』で、誕生まもない彼はゼウスはじめとする古参の神・妖精が集うオリュンポスの宮殿に堂々と乗りこみ、居合わせた神々を威圧している。
 物語ではなく、神話学上のアポロンには諸説ある。
 まず神名の語源。ギリシア語の『滅ぼす者:Apollyon』とする説。
 ドーリア方言での呼び方アペローンに着目し、『家畜小屋・集会:Apellai』との類似から、やはりアポロンは牧畜の守護神なのだとする説。
 出自についても諸説が錯綜する。
 小アジアでのアポロン崇拝がさかんだったところから、このエリアと大地母神レトに彼の起源を求める説。
 ヒューペルボレア伝説を傍証とする北方起源説。この説ではアポロンと狼の関係性、牧畜の守護神としての側面を重視する。
 また、あくまでアポロンはギリシア土着の神とする説も。
 さらには、アポロンはギリシア人が移住する以前から地中海一帯で崇められていた神格という説まで……。
 要するに、どれも決定的な説ではないのである。
 この問題、西洋古典学者の呉茂一先生は「たぶん小アジアのイオニア系の神だったアポロンに、北方系の植物神、青春神、光明神の説話が合体融合していったのでは?」とまとめておられる。くわしくは新潮社『ギリシア神話』を参照のこと。

【2章】

●ヒューペルボレア伝説
 北風の彼方の地ヒューペルボレアがアポロン崇拝のさかんな理想郷で、国中にアポロンの頌歌が満ちている――。
 この物語を伝えていたのはアポロン信仰のメッカ、デロス島である。
 歴史家ヘロドトスいわく『デロス島にはヒューペルボレア人からの奉納品がよく届けられた』らしい(ときどき酒場で聞いた与太話でも書きつづったのではと疑いたくなる人でもあるので、無条件に信用できないが)。
 ヒューペルボレア=ブリテンと言う者もいれば、リビア説も存在した。
 尚、作中で紹介したド貧乏説、アイリアノス著『ギリシア奇談集』の『ミダス王とセイレノスの対話』に書かれている。

●土偶・神像の東西
 古代人はこねた粘土を焼き固め、女性の身体的特徴を強調して、人形にした。
 いわゆる『土偶』を作ったのは日本の縄文人だけではなかった。同種の女神像は世界各地に存在した。
 どれもおおむね肉付きのゆたかさ、臀部の丸みが共通している。
 土偶型のみならず、多彩な形状の神像を古代人は石・粘土などで製作した。

【3章】

●披帛
 中国の古装ドラマや、最近では古装コスプレでもおなじみの『披帛』。いわゆる唐代に流行したショールのことでもっぱら女性用。

●弾指神通
 作中でいう『弾指の神功』。
 中国武侠小説っぽく書けば『弾指神通功』。
 もうひとつの神殺しの物語『カンピオーネ!』シリーズの読者は、このあたりでもう白蓮王の正体に気づかれていたのでは?

【4章】

●イエー・パイアーン
 ここでいう『パイアーン』は癒やし手の意だとされる。
 アポロンは医療を司る治癒神でもあるのだ。彼を讃える頌歌のなかで、『イエー・パイアーン』は何度もリフレインされる歌詞となる。

●青銅斧と木工
 木工技術の発展には、工具の発明が不可欠である。
 特に青銅冶金技術の確立と、青銅斧の出現で木材の調達が比較的かんたんになったことが大きく影響した。
 そして、車輪の発展にも青銅斧の存在は欠かせない。
 何しろ古代の車輪はスポークにいたるまで木製だったのだから……。

【5章】

●権能《宝船厰》
 白蓮王こと羅濠教主の持ち物として、4巻ではたびたび『船』が登場する。
 実はあれら、彼女の権能で自作されたもの。
 古今東西の神話上で『最大』の船乗り・ノア氏を倒したときに『魔法の船を製作する』権能を簒奪したのである。
 シリーズ『カンピオーネ!』21巻より後日のエピソード。

●ティマイオスとクリティアスの記述
 さて、四巻最大のパワーワード『アトランティス』の登場である。
 神の怒りによる洪水で海に沈んだ大陸。その名を歴史上、初めて記したのは古代ギリシアの哲学者プラトン。
 彼は著書『ティマイオス』『クリティアス』にアトランティスの逸話を書いている。
 すこし紹介すると、
「神々が大洪水で地上を洗い流すとき、山に住む牛飼いや羊飼いらは難を逃れます」
「金をのぞくと最も貴重な金属オレイカルコス(オリハルコンのこと)は島のあちこちで採掘されました」
「建物を建てるための木材はたくさんあり、あらゆる家畜と獣がおりました」
「あらゆる種類の香り高きもの、ハーブ、花や果実が無造作に生いしげっておりました」
「神殿には雄牛が放たれていました。一〇人の王は神をよろこばせるため単身乗り込み、棍棒と縄で雄牛を捕らえ――喉を裂きます」
「法文を刻んだ柱の上で雄牛の喉を裂き、法文を血で染めます」
「雄牛の四肢を神に捧げたあと、残った血をワインに混ぜて、生け贄の火に注ぎます。そうして法を守り、法に従い、罪を罰すると誓うのです」

【6章】

●法華経
 有名すぎるお題目『南無妙法蓮華経』。
 ここでいう“妙法蓮華経”こそがすなわち法華経である。“南無”は帰依するの意。あのお題目は「私は法華経に帰依しますよー」という呪文なのだ。
 法華経の内容をざっくり語るならば――
 仏教ワールド紳士名鑑+『仏陀や観音さまに帰依するとこんなにすばらしい御利益が!』的ガイドブック……だろうか?
 ここまで言っちゃうと、さすがにざっくりしすぎか(苦笑)。

●ギリシア神話と牛の丸焼き
 梨於奈が言ったとおり、ホメロスの詩での『牛の丸焼き』描写は生々しい。
 肉の部位まで明言していて、具体的である。
 羊バージョンなどもあり、ギリシア神話の登場人物は畜獣の肉をぽんぽん焼いて、神に捧げている。
 ホメロス作とされる一連の叙事詩が形成された時代、それだけ獣の解体と丸焼き、儀式・祭事としての宴会が一般的だったのだろう。火葬の描写のくわしさなど、ホメロスの詩には当時の風俗がうかがえる描写も実は数多い。

●ミスラの伝説と牛殺し
 古代ペルシアの主神ミスラ――。
 丈月城の旧シリーズ『カンピオーネ!』読者は主人公・草薙護堂が最初に倒した神のことを覚えておいでだろう。その名はウルスラグナ。古代ペルシア(イラン)の軍神で、神々の王ミスラの側近として仕える者――。
 ミスラは太陽神、光明神であり、法の神。戦士の神。牧畜の守護神。
 ひどく多彩な職能を持つ神なのだ(アポロンと同じく)。
 単にペルシア一帯の神にとどまらず、ミトラやミトラスの呼び名で小アジア、広大なローマ帝国領内でも信仰された。ミスラ/ミトラの神殿はロンドンの前身ロンディニウムにまで存在し、おそらく弥勒菩薩(マイトレーヤ)の語源である。
 世界の神話・宗教にあたえた影響は甚だしく大きい。
 そして古代、ミスラ/ミトラを信仰する者たちの密議では、しばしば雄牛が生け贄に捧げられていた。
 それは彼の『牛殺し』伝説に由来するのかもしれない。
 ――捕らえた野牛を洞窟に連れかえったミスラ/ミトラ。
 彼は短剣で横腹を刺して、牛を殺害する。その亡骸からはありとあらゆる植物・ハーブが誕生して、大地をおおった――。

●牛を神聖視するアトランティス
 前述のとおり、古代の伝説では、ミスラ/ミトラに殺された雄牛の亡骸からはあらゆるハーブ・植物が誕生した。
 そして、プラトンの語ったアトランティス伝説。
 これも前述のとおり、
「建物を建てるための木材はたくさんあり、あらゆる家畜と獣がおりました」
「あらゆる種類の香り高きもの、ハーブ、花や果実が無造作に生いしげっておりました」
 である。
 そして牛を特別な聖獣として、王が生け贄に捧げている。
 プラトンがミスラ/ミトラの伝説を知っており、それを下敷きにアトランティスの逸話を書いた可能性について指摘したのがメアリー・セットガスト著、朝日出版社『先史学者プラトン』である。
 内容が“濃すぎて”他人にはおすすめしないが、作者は非常に楽しみました(笑)。
 さて、プラトンに東方のミトラ伝説を伝えたのは何者か?
 同書は彼が傾倒していたオルフェウス教を挙げている。古代ギリシアのオルフェウス教は東方、それもゾロアスター教の影響を強く受けていたとされる。
 尚、オルフェウスとは黄泉の国を旅して、亡き妻を連れかえった詩人。アポロンの司祭でもあったと伝えられている

●印欧祖語の文化圏=ヒューペルボレア?
 さて、ヘロドトスの『歴史』には、ヒューペルボレアからの供物がしばしばアポロンの聖地デロス島にとどけられると書かれている。
 そのルートはこうらしい。
「麦わらにつつんだ供物がヒューペルボレアからスキュティアに着き、そこから人づてに西へ運んでいって、最後にデロス島へ着く」
 スキュティア。騎馬民族スキタイの勢力圏。黒海~カスピ海の一帯。
 つまりヒューペルボレアはその近隣、ないしスキュティア領内のどこかに位置する……という見方もできる。
 このあたりはおそらくインド・ヨーロッパ語の発祥地であろうとされている。
 印欧祖語を話す人々の原郷。そこは古代イランの主神ミスラの信仰が原始的な『生け贄の獣を火にくべ、天に捧げる』という形ではじまった場所であり、その痕跡がゴブスタン遺跡の洞窟画にも残されている。
 そしてアポロン。
 数多い彼の異名のひとつヘカトムバイオスはヘカトム『百牛の贄』が語源。またヒューペルボレアには、彼にロバ百頭を生け贄に捧げる儀式があったともされる。アポロンとミスラ/ミトラの共通性。アポロンの司祭でもあったオルフェウスを開祖とするオルフェウス教によって、プラトンはアトランティス伝説の着想を得たならば――

 等々の素材をもとに、今回ヒューペルボレアとアポロンを描いてみたわけです。
 あとがきにも書いたとおり、これはトンデモ&陰謀史観を構築するときと同じ手法。あくまでエンターテイメントとして受容していただければ幸いです(苦笑)。

●アポロンとヘクトールの関係
 もともとトロイアびいきだったアポロン。
 なかでもヘクトールは、アポロンにただならぬ恩義がある――はずだった。
 アキレウスとの決闘に敗れて『死んだ』あと。
 親友パトロクロスを殺された恨みから、アキレウスはヘクトールの亡骸を際限なく傷つけ、陵辱する。紐を足首に通して戦車で引きずったり、野犬に喰わせようとしたり、兵士たちに暴行させたり……。
 そこから何度も守ったのがアポロンなのである(実は女神アフロディーテも)。
 が、『神域のカンピオーネス』一巻では、ヘクトールの亡骸を守ったのは蓮と梨於奈であった。そのことも今回の展開に影響したのかもしれない。
 しかしアキレウス、本当に外道で(以下略)。

【追記】

●オーディオドラマ
 さて――。
 4巻『英雄界ヒューペルボレア』で書いた謎。
 アポロンが“大地を広げる者”として次々と屠り、海に投げ込んだ“犠牲の獣”。獣たちの骸は『島』に変化していった――。あのくだり、特装版でダウンロードできるオーディオドラマでより細密に解説しております。
 しかも『草薙護堂』役の松岡禎丞さんと、『鳥羽梨於奈』役の大久保瑠美さん、おふたかたの美声で!
 さらに『水の乙女』と『焔の剣士』、二柱の神がさらなる謎を加えます。
 そもそも本編で主神ミスラの名前が出たのだから、その懐刀に当たる軍神ウ●●●●ナの名前が出ないのも、ねえ?
 その辺が気になる方は是非、4巻特装版セットのオーディオドラマを参照されたし!


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joetakeduki

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