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古事記の時代から生ける峠、御坂峠MEMO

おいしいものを食べると、思わずメモをとってしまいます。写真に残すよりも、見返したとき味がよみがえる気がするんです。

初めましての方は初めまして、そうでない方も初めまして。今田ずんばあらずです。旅をしていました。

今回の旅は長野県の霧ヶ峰高原と美ヶ原高原でした。インバーターという、車のなかでコンセントが使える装置を入手したので、それを活用したひとり執筆合宿でした。
今回は、その帰りに立ち寄った御坂峠で書き留めたメモをご紹介します。

その前に御坂峠って?

御坂峠は山梨県の笛吹市と富士河口湖の境にある峠です。古い道は県道708号、新しい道が国道137号です。

ちなみに峠とは、説明不要かもしれませんが、簡単にいえば集落と集落を結ぶ山道の一番高いところを言います。
山道はキツいので、なるべく早々に終わらせたい……というわけで、多くの峠は稜線のなかで可能な限り低いところにあります。

「峠」という漢字は国字、つまり日本で創作された漢字です。山を上下する、という会意文字で、集落と集落を行き来するために山を登って降りる、ということを意味してます。
ただ、それと同時に、峠は山の頂へ伸びる尾根道のスタート地点でもあります。つまり峠は、人の領域たる道と、山の神が住まう頂を結ぶ、人の世界と自然の世界との交差点でもあるわけです。
うーん、峠はロマン・ポイントですね……!

ロマン語りは、youtubeの動画でもたくさんしてますのでよろしければ。

……いつの間にか話が逸れてしまいました。手短に御坂峠の概要をお伝えいたします。

御坂峠、その歴史は古く、神話と歴史のあわいに生きた男、日本武尊の時代まで遡ります。
当時、「峠」という字は存在しておらず、代わりに「坂」ということばを用いておりました。御坂峠の北、静岡県境の篭坂峠や、静岡市と焼津市を結ぶ日本坂峠(直下に東名高速や新幹線が通ってますね)、日本三大峠のひとつ、雁坂峠も「坂」の字が使われていて、古の時代から人々が行き来してきた道だということが伺えますね。#また話が逸れる

日本武尊が通った坂なので、御坂峠、という名前になったようです。
この峠には現在、二本の道路が通っています。新道と旧道なのですが、実はこの旧道には、素敵な茶屋が存在するのです……!

というわけで、大変長らくお待たせしました。皆様を旧御坂みちドライブへご案内いたします!

甲府盆地(笛吹市)より旧道へゆく

道中、日本猿が多い。
7、8頭の群れをなす。曲がりくねったS字を曲がるたび、群れが待ち受けている。

猿は逃げない。車は近づきはすれども、轢きはしないだろう。そこそこ道をあけてやれば、どうせ隙間を通ってくれる……ということを理解しているらしい。そうしてぐーたら胡坐を掻いて木の実を齧っている。

あまりに警戒心が薄いので、一度教えてやろうと道の右側でくつろぐ日本猿に向かって車を突っ込ませた。
すると、猿は「目を見張った」のだ。あの猿の顔は、もしかすると二度と忘れられないかもしれない。その顔は人間が轢かれる寸前に見せる表情とまったく同じであったのだ。

無論、僕は人を轢いたことはない。ただ、自転車に乗っているとき、一度だけ路地からひょっこり顔を出した車にぶつかったときがある。そのときの運転手の顔ともそっくりだった。だからもしかすると、猿がその表情を浮かべたとき、僕もまた同じ顔をしていたのかもしれない。
猿にぶつかる手前でよけたものの、僕の心は罪悪で満たされた。猿も人も同じだ。

旧御坂隧道

トンネル。


昭和の初頭に完成したらしい(昭和6年)。立派なセメントづくりのトンネルで、中間点にかけてわずかに登り坂になっているため、出口が見えない。車で入ったときは真っ暗な印象だったが、中を歩いてみると案外明るい。

ぴた、ぴた、と水の滴る音があって、外より2、3度涼しいので歩いてて心地よい。茶屋のほうで、芝を刈る音が反響する。鬱陶しいとも思えるが、きっとこの音がなかったら心細く感じていたかもしれない。

トンネルを通るとき、外界とのつながりがあるのは大変心強い。トンネル内はスマホの電波も届かないのだから。

ふもとの直売所で買ったすももを食べながら歩いた。

茶屋での会話

古風な茶屋。天下茶屋という名前らしい。太宰治ゆかりの地らしく、奥に太宰治文学記念室があるようだが、今回は断念する。

手前は食事処で、先客がいた。女性6人組で、大月市から来たらしい。大月市であれば、場所によっては国道20号で笹子峠を越えて甲府盆地へ入り、それから御坂みちを登っていくのが最短ルートだが、どうやら桂川沿いに車を走らせ、富士河口湖から御坂みちを登ってきたらしい。茶屋娘や店主と会話を楽しんでいる。

「大月市ってどんなところなんですか?」
「寂しいところだよ。会社がないからね」

それはとても当たり前のことかもしれないが、僕にとっては盲点だった。人を留めるには会社が必要なのだ。会社がないから、人は外へ流れてしまう。砂防堰堤だ。

「あっち側は多いですよ。ずいぶん繁殖しているようですね」
猿の話が出てきた。女性6人組を乗せた車も、猿を目撃したらしい。
「でもこちら側の猿は、ええと……(言葉を選びながら、順調に駆除が進んでいる旨を語る)」
こちら側、というのは河口湖側の話である。つまり彼女たちがやってきた方面である。6人組のひとりが、「私、猿見るの初めてよ」とはしゃいでいた。

「次はカモシカが見られるといいですね」
彼女たちが席をはずすころに、茶屋の娘が別れの挨拶のついでにそんな一言を加えていた。カモシカ。見たことがない。見たらきっと僕ははしゃぐだろう。

とろろきのこそば(1000円)

おもちのような歯ごたえ。噛むと歯に張り付くほど。そして呑み込む瞬間に甘味とともに香りだかいそばの芳しさが鼻の裏側から攻めてくる。不意打ちであった。呑み込むのを後悔するほどである。


馴染みのないきのこが多く入っていて、反った笠が特徴の、やや茶みがかったきのこに、ずんぐりとしたロケット型の白きのこが目につく。
この白ロケットがいい。ほどよい弾力に、ぬめりと酸味、それと噛むごとに細胞がほぐれていくようにほろろと崩れていく。
汁を含んでいるので、吸ってみるとまた旨味が溢れてくる。

好物の蕨ももちろんあって、独特の苦味と繊維感がたまらない。
とろろの量がやや物足りないので、今度食べるときは汁を軽く飲んでから加えることにしよう。
とろろが別皿で来るのは大変ありがたい。とろろには小さな卵が入っている。ウズラだろうか。尋ねればよかった。黄身があるだけで見映えがよく、味もまろやかになる。

御坂みちの旧道は冬季は封鎖される区間なので、夏秋に一度は訪れて味わいたいものである。
今回は頼まなかったが、甘酒や山椒みそおでん、ほうとう鍋、いもだんごなどもある。軽食だけでも存分に楽しめる。

太宰治

太宰治の『富嶽百景』にも記されている。
河口湖の後ろに富士山がそびえる風景。僕が訪れたときは厚い雲がおおっていたが、深い緑色の樹海が見えるので、おおよその位置と大きさは検討つく。
さぞや美しかろうと思う。

秋の初雪を過ぎたころ、再び行けたらいい。

φ

今田ずんばあらずが書いた旅のエッセイ、あります。
自転車で関東を一周したお話です。
真夏の熊谷でテント泊した話や、あやしいオジサンとおしゃべりしたりした、濃密な13日間の紀行文です。

本を閉じたら、旅がしたくなった。


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