40歳でEVOに行くという事(1)

はじめまして、情報屋と申します。今年40歳になったどこにでもいるようなサラリーマンです。今年初めて世界最大級の格闘ゲームの大会、EVOに挑戦することにしたのですが、e-sportsを趣味として、はたまた仕事として何らかの形で関わっている方に、今回の自分の試みに参考になるところがあればと思いまして、今回のEVOに参加するに至った経緯を紹介させていただくことにしました。思ったより長文になってしまいましたが、興味のある方、お付き合いいただけますと幸いです。

今年40歳になった自分がEVOに初参加する事を決めたのは、今年4月の事でした。ここ数年、仲の良いゲーマー達とLeague of Legends(LoL)をプレイしていたのですが、ついに今年、国内のLoLプレイヤー待望の日本サーバーが公開されました。早速4月にその国内トップリーグの決勝大会が代々木体育館という大変立派な会場で開催されました。これを友人たちと実際に現地に見に行った際に、今後の日本のe-sportsの発展に興味を持った事、現在40歳という年齢から、今後の自分の人生を考えて、本場の大会を体感しておきたいと感じたのがきっかけです。また、プレイしていたスト5が競技に採用されている事や、現在単身赴任中である程度練習時間が割ける事、日程的に海の日が重なっており、比較的業務への負担が少ないといった実益の面がいくつか重なった事も大きな追い風でした。

格闘ゲームにはまるきっかけになったストリートファイター2が出た頃は当時高校生でした。多くの若者達が夢中になったように、自分も学校帰りにゲームセンターに通っては、限られた小遣いから対戦台に小銭を投入しては対戦結果に一喜一憂する毎日を過ごしていました。当時はインターネットという文化が全く無い時代で、技術や大会の情報はゲーメストからもたらされるものが全てでした。当然街のゲームセンターの対戦レベルも地方であれば今と比較するとそれほど高くなく、ちょっとコンボが上手なお山の大将が多数存在しており、自分もそんな村勇者の一人でした。そんな自分が最も時間と情熱をかけられたのは、やはりアルバイト等で多少の小銭があり、何より時間を持て余していた大学生の頃でした。当時の自分にとってゲームセンターに行くという行為はもはや生活の一部で、例えばアルバイトの1時間の休憩時間の間にゲームセンターに行ったりと、そこには一切の迷いはありませんでした。

特に当時人気があったストリートファイターZERO2はそれこそ寝食を忘れる勢いでプレイしており、強キャラと言われていた春麗というキャラクターをメインにしていた事もあって、当時全国各地のゲームセンターで開催されていた予選の一つで優勝、全国大会だったゲーメスト杯にも出場しました。その後リリースされたストリートファイター3も必死でプレイしました。こちらのゲーメスト杯にも参加できたのですが、当時就職活動真っ最中の大学4年生の春でした。スケジュール的に全国大会と面接を兼ねて上京したりもしていましたが、同時に何とも言えない罪悪感に近い複雑な感情を感じていたのも良く覚えています。このようにひたすら格闘ゲームに明け暮れていた4年間の大学生活でした。

ゲーム漬けの4年間でしたので、就職活動ではゲームを仕事にする事も考えました。当時ゲームを「プレイする」事で飯を食う、というキャリアは、一部のゲームライターになるしか道がありませんでした。同時に、ゲーマーにとっては大変憧れのキャリアで、かつ大変狭き門でもありました。バーチャファイター2で鉄人の称号を持っていたキャサ夫氏やブンブン丸氏などが有名でしたが、雑誌やメディアでの彼らの活動の幅は大変広いもので、格闘ゲームに限らず、バトルガレッガという高難度のシューティングゲームや、対戦ぱずるだまのようなパズルゲーム、時にはRPGや美少女ゲームの攻略も担当していたのです。こんな芸当は一部の格闘ゲームで少し強い程度の自分には真似が出来るようなものではなく、一般企業への就職を選択せざるを得ませんでした。

また、ゲーム企業への就職もそれなりに考えたのですが、ゲーム作りのハードさでゲームが嫌いになってしまうのではとも思い、ユーザーであり続ける為にあえてゲーム企業以外の会社から選択することにしました。「ゲーム好きなので、とにかくコンピューターに関わっておこう」、という浅い考えで情報系の国立大学に進学していた事が幸いしたのか、運良く大手外資系のIT企業に内定が決まったのですが、「これは来年からは格闘ゲームはまともに出来なくなるかもな」と思ったものでした。

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