やりたいこととやるべきこと


そもそも何か一つのことに集中するということは苦ではなかった。苦ではなかったが、じゃあその集中力を保てるのかと言えば話は別で。集中した結果、何か成果を残せるのかと言えば、それもまた別の話な気がする。

そんなこんなで約一年、私が刀剣乱舞にハマったのは2017年1月17日、友達に連れていかれた刀ステのライビュの日だったからその日、から数えてまあ約一年、私はずっと刀剣乱舞の絵を描いた。それはもう描きまくった。多分人生で一番描いた気がする。あとからあとからネタは出てきたからとりあえず描いた。冷静に見つめ返してもだいぶおかしい。何枚描いたっけ、確か漫画含めたら300枚は越してたはず。それってどうなの、いやおかしいんだろうけど、何か意味はあったの、いや無かったわけではないんだけど。

無かったわけではない、絵は上達した。300枚以上描いて上手くならない方が問題なんだけどとにかく絵は上手くなりました。よくやった私。

ただ、この一年でめちゃくちゃ悩むことになったのがいわゆる”評価”というやつでして。ちょっと話脱線するかもなんだけど、私の絵が人目に触れた一番最初の絵ってやっぱりくりんばだったんですよ。なんだったかな、なんか、くりからとまんばがなんかこう、イチャイチャしてるような、ネタ的な絵だったかな、それが10いいねを超えて私はびっくりしたわけで。たった10いいねとおもうかもしれないけど、それまでひっそりと一人でぽつぽつと描いてたから、いいね貰えないとか当たり前で、貰えても8いいねとか。そんな世界にいたからまあ驚いた。当時フォロワーにくりんば好きはいなかったから、多分くりんばで検索した人がRTしてくれたんだなあってすぐに分かった。ありがたや。

そこからしばらくして、くりとんばがこう、抱き合ってる…?別にいやらしい意味じゃなくて普通に幸せそうに(見えるように)くりからがまんばを抱っこしてる絵、を描いて、それが初200いいねを超えました。初100いいね超えでもあったんだけど。その通知がスマホをずっと鳴らしてて、バイト中に暇だからってちょろっと画面付けたらわあああ~~~通知めっちゃ来てるじゃん怖っってなったのは今でも覚えてる。

あの頃は本当に絵を描くのが楽しかった。やっと芽が出たって思った。芽が出たっていうか、描きたいものが具体的になってそれを表す様になったっていう方が正しいってのは今だからわかるんだけど、当時はもうそれはそれは嬉しくて。次も描こうって思わせてくれたのは間違いなく初めて貰う評価たちでした。

はい、ここから泥沼です!!!”評価”という泥沼へようこそ!!!!

あんまり脱線しなかった。

お察しの通り、一度評価を貰うともうだめで、依存してしまって、評価貰えないと自分はクズだカスだ絵を描く意味なんて無いだのうんぬんかんぬん。

そんなことは無いし、100いいね貰える時点で自分は恵まれてるし、そもそも評価が欲しくて絵を描き始めたわけではないし、とかそんなこと重々承知で重々受け止めてて、でもまあだからって20数年で出来上がったこの承認欲求の強さや負けず嫌いっていう人格は一筋縄じゃどうにもならない。そりゃそうだ、どうにかなってたら友達に泣きついたりしないしこの文章も打ってない。

自分より年下の人が私よりフォロワー多かったり絵が上手かったり、同じようなネタなのに大手絵師が描くと私の数倍のいいねを貰ってたり、大手と大手が仲良くしてたり、頑張って描いた絵がさほど伸びなかったり、そんなことをtwitterで見てたり経験したりしたらものすごく泣きたくなるので、その度に友人に泣きついていました。その節は大変お世話になりました。多分これからもずっとお世話になると思う。

友人ってのは私の中でいわゆる精神安定剤で、壁であって、本当にまじで話聞いてるのかわからないぐらい壁な時あるけど、ただあまりにも同じこと愚痴りすぎると飽きられてしまうのでほどほどにしたい。したいけど無理だろうなあというのも薄々気づいてる。そんなもんだ。

絵を描くのが怖い、せっかく考えたネタを見てもらえないなんて勿体なさすぎる。見てもらえてるのに何が不満なんだろ、評価が足りないのかな、だとしたら最悪な性格じゃん私。とか、まーーたぐすぐす言い出すんだよなあ……疲れないのかな私。疲れてんだけど。

ただまあ不思議なことに、これだけグチグチ言ってても絵を描くのをやめることはきっと無いんだろうなあとなんとなく思う。現に今描きたい。さっさとこの文書き上げて描きたい。思うんですけど漢字ってこういう時便利ですよね。

このブログ(と呼んでいいんだよね)を書こうと思ったのは、絵のことでめちゃくちゃ悩みまくった結果、三年くらい前からめちゃくちゃ尊敬してる物書きさんがブログやってるの見つけて、見つけてっていうか思い出したというかとにかく、その物書きさんの真似しようと思ったのが発端です。精神を癒すには何かの信者になるのが一番だって見た。

そんなこんなで何の話だ、集中力がどうだって話だったんだ。

評価を貰うには絵が上手くなるしかない、ネタとかの発想力は磨くのに時間がかかるからまあゆっくりと頑張るとして、画力だ、画力を磨きたい。そうなったときに私に足りないのは(メンタル的なものを省いたら)集中力なわけだ。集中力が無いから一枚絵にとてつもなく時間がかかる、時間がかかると他の絵が描けない、その分経験が詰めない。意味のある”時間がかかる”ならいいんだ、超絶丁寧に描いたとか、そんな理由なら意味はある。けど、集中力が無いって理由で時間がかかるのは意味が無い。

ので、私に必要なのは集中力である。

と言ってもやりたいことに対してやらなきゃいけないことはたくさんあるわけで。明日から大阪なわけだけどキャリーケースの中身は空だとか、表紙頼まれたからそのラフ案あげなきゃとか。あと就活とか。これが一番クソ案件。



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