いち小児性犯罪被害者から、ジャニーズファンのあなたへ


タイトル通りの立場の成人女性です。
※性被害経験がある方はフラッシュバックの可能性が非常に高いので、閲覧に注意して下さい。


ジャニーズ会見のたびに苦しくて、知らない人の言葉がささって、だれか一人でも良いから現実を知ってほしくて、noteに登録してこの文章を書くことにしました。

以下の私の文章は、
①事件直後に陥った精神状態
②刑事事件としての捜査協力で経験すること
③実際に受けた二次加害
④被害後にでた生活支障
⑤性被害者たる自分がどう見られるかを知って
⑥小児期に被害にあったことが思春期に及ぼした影響
⑦雑記
⑧事務所を庇うあなたたちへ
⑨最後に
で構成されています。


小児性犯罪被害者の身に起こる現実、いま報道に触れ被害経験者はどう思っているかを知ってほしい、というのが主題であり、
・ジャニー氏が実際に加害行為をしたか
・その検証の必要性
・被害を訴えている方々の発言の信憑性
・金銭賠償の是非
を議論する気はゼロです。これらに対しては
・事務所が加害の事実を認めた
・金銭以外に賠償方法がない
という回答で全て解決すると思っています。

今の私の物言いに腹がたった方はきっと、ジャニーズ事務所の存続を希望していたのだと思います。ネットでそういった意見も目にしました。
そしておそらく、性を知らない幼児/小児の時期に、性被害にあったことがないのだと思います。それ自体は素晴らしいことです。あんな経験は無いにこしたことありません。
ですが、できることなら、少しだけ優しさをもって、現実をしって、想像力を働かせてもらえたら嬉しいです。
被害経験者としての声を書きます。


①事件直後に陥った精神状態

私は、性的知識がほぼ皆無の状態で被害を受けました。女性器の存在もはっきり理解していなかったし、セックスという単語も知らなかったです。
ただ、「痛い」「わからないけど嫌なことをされた」という気持ち、大きすぎる困惑と恐怖がありました。
それをどうにかしたくて、その場で一番身近にいた、信頼できる成人女性に、子どもなりの言葉で事実を伝えました。そこから私の家族、警察に連絡がいき、その日のうちに私は現場検証に立ち会い、産婦人科に向かうことになりました。

私を迎えに来た母は、私を抱きしめて泣きました。そこでまず、「私のせいで母さんが泣いてる」「よくわからないけど、私があんなことされたから、母さんが泣いてしまった」と思いました。
今思うと、母のそれは、私と居なかった自責の涙でもあり、私が生きている安堵の涙でもあるのですが、幼すぎる私には解りませんでした。
「自分の身に起きたことのせいで、母親が泣いてしまった」
幼少期にこの事実は重くのしかかります。ただ、母のこの行為を責めたり、二次加害と捉える気持ちはありません。私が事件に遭うまで母は「小児性犯罪被害者」に接することも無く、その対応の専門知識も無かったのですから。
母は私を抱きしめて、ひとしきり泣いたあと、「今から沢山の人に会うけど、それはあなたを守ってくれる人だから安心して、大丈夫だよ」「今日あった出来事は、今から会う、あなたを守ってくれる人以外には話したら駄目だよ」といった事を説明しました。

②刑事事件としての捜査協力で経験すること
③実際に受けた二次加害とその影響

これは私個人の体験で、一般的な現場検証でこのような発言や流れがあるかはわかりません。また、記憶の混濁もあるため、出来事の順番は、実際の捜査の流れとは異なる可能性があります。
また、私は捜査機関から二次加害の発言を受けたので、②③は一緒くたに記載してしまうこと、ご容赦ください。

まず負担になったのは、現場に戻り、自分がされたことの説明をすることです。現場に戻ること自体、ものすごい恐怖がありました。
私の事件の加害者は顔見知りではなく、全くの他人でした。生活スタイルや、どこに住んでいる人間かもわかりません。私が被害にあい、家族と合流し、この現場に戻ってくるまでに、どこかで見られたかもしれない。いまも見られてるかもしれない。そうしたら、もっと酷いことをされるかもしれない。ずっと不安を感じていました。

現場検証をするにあたり、被害者である私は、
・いつ
・どこで
・誰に
・何を
されたのかを、調書に載せられる程度に、断定する必要がありました。「ここらへん」「ここかそこ」では調書にまとめられないため、警察としては、被害者に断言を求めてきます。
ですが、当時の私には、「調書に載せられる程度に」「断定する」必要があることなど、わかりません。被害にあった困惑がそのまま続いてる自分は、知らない大人の男性から
「ここ?」「ここだと思うじゃ駄目だから」「ここであってる?」「本当にここで良い?」
と詰問されるのは、恐怖でした。刑事事件とは何か、も知らない年齢だし、自分がもし間違っていたらどうなるんだろうか、という未知の不安もありました。もっと言うと、そもそも、知らない男性に囲まれていることも恐怖でした。

また、私が被害にあったのは集合住宅の敷地内だったのですが、現場検証の最中に、玄関を開けて、こちらの様子をうかがっている家が数軒ありました。その中の一人の女性と、明らかに目があいました。
すごく怖くて嫌でした。もしかしたら犯人がいる家かもしれない、もしかしたら同級生のお母さんかもしれない、もしかしたら私が何をされたか知られたかもしれない、もしかしたらそのせいで友達に私が何をされたのか知られるかもしれない。具体的に私が何をされたのかわからないけど、痛くて、すごく嫌で、母親を泣かすようなことを、私がされたって、他人に知られるかもしれない。「知られたくない」という感情は、この時点ですごく強かったです。

それから警察署で、口頭で説明をしました。これに関してはあまり記憶がありません。
刑事さんに、「なんで逃げなかったの?」「なんで本当の名前とか教えたの?」と言われた一点は覚えています。これ以外の記憶が正直飛んでいます。その瞬間、今なら解るのですが、絶望しました。

母は、この人たちは、私を守ってくれる味方だっていってたけど、その人に責められてる。私が悪かったんだ。私が逃げなかったから、私が逃げることもできない馬鹿だったから、だから私はこんな嫌な目にあったんだ、私のせいだったんだ、私が、私が馬鹿だから。私のせいだったんだ。

私はあの時、なんで逃げなかったかって、殺されると思ったからだよ。私は背もまだ高くなくて、相手は大人の男の人で、父さんより背が高くて、きっと私よりすごく足も早くて、それで私が逃げて追いつかれたら、もしかしたらこの廊下から投げ落とされるかもしれない、そしたら死んじゃうかもしれない。そしたら母さんにも父さんにももう会えない。叫んでも誰も気付いてくれなかったら、逃げ切れなかったら、殺されるかもしれない。だったら、すごく怖いけど、何をされるかわからないけど、我慢して、声を上げなかったら、まだ一番マシかもしれない。
私はずっと考えて、考えて、考えて、一番安全だと思ったから逃げなかった。
知らない人に名前や電話番号教えちゃダメって知ってる。でも、咄嗟に全く知らない名前なんか思いつかないし、友達の名前を言っちゃいけない気がするし、電話番号ってどうやって嘘付けば良いかわからなかった。私の年齢で名前も電話番号も言えないなんて不自然かもしれない、嘘をついたってバレるかもしれない、バレたらもっと酷いことされるかもしれない。
犯人に連れ回されている間、私はとにかく、「殺されるかもしれない」「嘘をついたのがバレたら、怒らせてしまうかもしれない」「そしたら何されるかわからない」と怯え、考え続けてた。どうすれば生きて解放されるか。小児からみた成人男性は、それだけで「強者」だったから。

でも、これを、わざわざ説明しないと、私を守るつもりの刑事さんでさえわからないくらい、私が逃げなかったのは、駄目なことだったんだ。普通逃げるんだ。私が馬鹿だから、あんな目にあったんだ。私が全部全部駄目だったんだ。
私のせいで、あんな目にあったんだ。

この思いは、10年以上私を縛ったし、呪いとも言えるし、今こうやって書いていても、思い出して、涙が出ます。
私は幸いにして、「絶対にあなたのせいじゃない」と言ってくれる恩人に出会えました。数年を要しましたが、その考えを自分の根底に据えられたので、近年は自責に苛まれず、日常を過ごせています。
でも、最近の報道に触れ、あの頃に戻ってしまう瞬間が増えました。思い出すと言うより、「あの時に還る」という感覚です。根幹が揺れて、自己肯定感がゼロになって、全部が嫌で自分が一番嫌で、消えたくなる。

④被害後にでた生活支障

私の場合は犯人が逮捕され、執行猶予なしの実刑判決となったため、(この言葉には抵抗感がありますが)ラッキーな方だったと思います。「確実に犯人に会わなくて大丈夫な時期」があったことは、様々な面でプラスに働いたからです。
ですが、精神的にも肉体的にも、PTSDといえる反応が出るようになりました。

まず、一人での出歩きが出来なくなりました。
私は「男女で行う特別な行為があって、それを性行為(性的接触)という」「それは通常、大人同士が同意のもと行うものである」「例外的に同意なく行われたり、大人が子どもにそれをすることがあり、それは悪いことで、刑事犯罪という」「私はそれをされた」ということを、事件を契機に一度に学びました。
自分のような子どもを性的に見る大人がいること、これ自体、ものすごい衝撃でした。
あんな嫌なことを、子どもにしたいという願望を腹にいだき、隠して生活してる大人がいる。もしかしたら学校の先生もプールの先生も、あの人もあの人も、内心はそうかもしれない。男の人は全員、その可能性があるかもしれない。
この「全員」には、父や祖父も含まれてしまい、いっとき私は家族内でもコミュニケーションに難が出てしまいました。振り返ると、申し訳ない気持ちになります。

また、事件後から、私はとあるチック行為が止まらなくなりました。
これは、「私が何をされたのか、周りの人が知っているのではないか」「私が逃げなかった馬鹿だと知られているのではないか」という不安からでした。
現場検証で目があった人は、知り合いの知り合いだったりしないか。犯人の知り合いではないか。私は警察に咎められるような馬鹿だから、見放されて話題にされたりしてないか。そこから誰かに知られていないか。
私とすれ違う全員が、実は私を嗤っているのではないか。

親の目にとまり、私はメンタルクリニックに行くことになりました。ただ、非常に幼かったため、それが精神科か、心療内科か、小児精神科か、今の私にはわかりません。
ですが、先生と私の二人きりで話をしたのは覚えています。私は「なんで逃げなかったの?」と警察に言われたことを、親には隠していました。私を守ってくれるはずの大人に咎められたことが、情けなくて恥ずかしくて、親には知られたくなかったんです。

だから、医師と二人きりになって、自分の身に最近起きた出来事と、「刑事さんに、なんで逃げなかったのって言われて、つらかった」と伝えました。
すると、「なんで逃げなかったの、って言われたことが、どうしてつらかったの?」と問われました。

あ、まただ。それって、説明しなきゃ解ってもらえないんだ。言われて然るべきことだったんだ。つらいって感じる私が、お医者さんからみても、おかしいんだ。

これが明確な二次加害だったのか、私には未だに解りません。精神科のプロセスとして、なにか必要不可欠なことだったのかもしれません。つらくて恥ずかしい過去すぎて、この病院での出来事は、人に話したことが一度もありません。

ですが私は、この瞬間、諦めました。「なぜ逃げなかったのか」と問われることは仕方無いんだ。少なくとも、私の状況では、言われても仕方無いんだ。私が悪かったんだ。
同じような被害にあった他の子はどうかわからない、でも少なくとも私は、私が被害にあったのは、私が逃げなかった馬鹿だから。逃げなかったのを咎められても仕方無い。それに傷付くのも不自然。お医者さんが説明を求めるほどには不自然。
なぜ逃げなかったのかと咎められても、傷付く権利が、私には無いんだ。

家族には医師との会話は明かさず、もう行きたくない、ということだけ伝えました。結局私のチックは止まらず、犯人が収監されている間に、引っ越すことになりました。
転居と転校により人間関係が一掃され、「周りの人が知っているかも」「犯人が報復に来るかも」という恐怖がうすれ、段々とチックもおさまり、一人で出歩いたり、外で遊ぶことも可能になりました。
ですが、事件現場に似た集合住宅に近付くと泣いてしまう、目眩で立っていられない、呼吸が浅くなる、犯人に似た背格好の男性がいると足が動かなくなる、などの症状は、10年近く続きました。家族に心配をかけたくないし、もう医者にかかりたくなかったので、誰にも言わず一人で順応に努めていました。

⑤性被害者たる自分がどう見られるかを知って

事件から数年を経て、「性被害にあった人が世間からどう思われるか」を知りました。
つまるところ、「汚れてる」「穢された」「キズモノ」、そういった評価です。
当時はまだ、セカンドレイプや二次加害という概念さえ世に浸透しておらず、今書いたような感覚が強く世間にはあり、それが肯定されていました。また、それを恋愛対象として忌避する男性がいることも知りました。

自分でも、漠然と「きたない」とは思っていました。風呂に入ったさい、過剰に洗ってしまうとか、言葉にできないけれど、「勝手に触られた不快感」が肌に残り続けている感覚は、事件からずっとありました。

ですが、被害者が向けられる目を知り理解した時、「あっ私、女の子として終わってたんだ」「こんな私を好きになる男の人はいないんだ」「万が一いたとしても、私の過去を知ったら、汚いって思われちゃうんだ」「私は生涯、母さん父さんみたいに、愛しあう夫婦にはなれないんだ」と、一気に理解しました。
そしてそれらは、「私が逃げられない馬鹿だったんだから仕方無い」と、自責の念とともに、納得しました。
ヒラヒラしたウェディングドレスは綺麗で大好きだけど、私は一生、着られないんだな、仕方ないな、と思ったことを、鮮明におぼえています。


⑥小児期に被害にあったことが思春期に及ぼした影響

中学校に入って、制服を着るようになってすぐの頃です。下校中、駅の近くで、スーツのサラリーマンに道をきかれました。簡単にそれに答えると、彼は礼を述べ、私を頭から爪先まで見て、また頭まで見たあと、「この後って忙しいのかな?もし時間があるならどこかで、お茶とかケーキとかー」と言いました。
振り返るとこいつ変質者ですね。しかし当時は、それに気付く冷静さもありませんでした。

私は全力で走って逃げました。事件以来の、「性的に見られた瞬間」でした。嫌悪感と気持ち悪さで、帰ってすぐトイレで吐きました。家人が不在で良かった。

そして鮮烈に思い出しました。一方的に性的に見られる不快感。恐怖。自分が女であることへの嫌悪感。
事件にあってから、「女の子に生まれなければ、こんな目にあわなくてすんだのに」とは、ずっと思っていました(そういう訳ではないと後年理解しましたが)。
私は性被害にあって、女として終わってるけど、客観的にはそれはわからないんだ。だから、今日みたいな目でみられることもあるんだ。性的価値があると。一方的に。制服を着るようになったら、ああいう目で見られることがあるんだ。嫌だ。あんな目線を向けられたくない。どうしたら回避できるんだろう。客観的にも女の価値が下がれば大丈夫だろうか。どうしたら価値が低いと見た目で判断してもらえるだろうか。

以降、私は、肥満を目指すようになります。親に隠れて小遣いでお菓子を買い、体重を増やしました。「太っていたらそういう目で見られる確率が下がる」という考え(思い込み)は、私を守る手段となりました。一種の自傷なのですが、後年まで自覚なく続けていました。
街で声をかけられたり、あまり仲良くない異性から誘いを受けると、過食に走る癖は今でも残っています。

⑦雑記

それ以外にも勿論、当然に影響はありました。
女性の体になっていく自分への嫌悪感。
男性全員にうっすら恐怖と嫌悪感を感じながらの生活の不便さ。
それを薄めるために、「自分は女の価値もう無いから大丈夫」と自分に刷り込む日々。
女性として誰かに愛されたい気持ち。
でも性的に見られると、恐怖感と嫌悪感でいっぱいになってしまうという矛盾。
かと言って同性を性的には見られない。
では誰とも愛し愛されるのは無理なのか。
友人が笑顔で、葛藤無く恋愛しているのを、羨ましく思う。
私は仮に誰かを好きになり、万が一好いてもらえても、自分が汚れていることを明かさなければいけない。
でないと、私に触れた相手も汚してしまう。私はきたないから。
私の過去を知ったら、私を好きだと言ってくれる人も、きっと離れていくだろう。
キズモノだから。
仮に、相手が、私は悪くないといってくれても、実は違うから。
私は特別に落ち度があるから。逃げなかった馬鹿だから。
警察に咎められても仕方ないほど馬鹿だったんだから。
なのに友人を羨み、奇跡に期待する自分への嫌悪。

思春期以降、周りが恋愛をするようになってから、このような悩みは日常でした。特に、
・性的に見られる恐怖を抱えていない
・思いを告げるにあたり、相手が自分を好きか否かしか、検討する事柄がない
この二点には、特別に羨望をいだいていました。私には、不可逆的に、手に入れられないものだったからです。私は穢れているから。

先述以外のPTSDもありました。そういった悪夢で叫びながら目が覚めることも当然にあったし、息ができなくなって泣きながら目が覚めることもありました。
全部記載はつらすぎるので勘弁してください。無理です。


私が書いたこれらの感情は私個人のものですが、おそらく小児性犯罪被害にあった経験者には、共通する部分が多いと思います。

そしてそこに、性別は関係ありません。

・初めての性的接触が犯罪によるものだった絶望
・自分の意思に反して身体に触られた不快感や恐怖
・自分は穢されたという感覚
・自己嫌悪や自己肯定感の低下
・被害経験を理由に異性から拒絶される可能性がある
・「人に知られてはいけない」「知られないほうが良い」という世間の風潮からうかがえる、「被害者になったことは恥だ」という目線
・他の人が自然にできている恋愛事に自分は無邪気に参加できない
・仮に思いが通じても、過去を告げたら翻意にされるかもしれない、そのことへの恐怖
・それでも仕方ないと受け入れなければならない諦め
これらを受け入れて生きていました。

今の私は、当然、このように思っていません。
世に起こる性犯罪はすべて、加害者の身勝手で一方的な、暴力行為です。どんな状況であれ、被害者に落ち度はありません。どんな状況でも、です。同意なき性的接触で、被害者が責められる謂れはゼロです。絶対です。

ですがこれは、私が人や縁に恵まれ、10年以上かけて辿り着けた場所であり、全員がこのように思えるようになるかというと、残念ながらNOです。
何年、何十年経っても、自分を責めている被害者もいるはずです。恋人ができても、家庭を持っても、払拭できてない人もいると思います。
「受け入れてくれたこの人が特別なだけで、私は汚れたまま」と思って生きている人も、たくさんいると思います。もっと言うと、生き続けられなかった方も、たくさんいるはずです。

また、「自分にも落ち度がある」という考えに囚われるのは、自分が遭遇した理不尽な暴力に、納得するための考えでもあります。「なぜ私があんな目に?」と考えた時、いま私が考える答えは、「運が悪かった」の一つに尽きます。
ですが、それを受け入れるのは、本当に本当に、本当につらいんです。運が悪かっただけで私は、あんな嫌な目にあい、自分を責め、自己の性に苛まれる思春期を過ごさなければならなかったのか。ただ運が悪かっただけで。

「自分が悪い」という考えを抜け出せたとしても、じゃあ何故と突き詰めると、「運が悪かった」という事実を受け入れなければならない。そもそも過去の被害を振り返ることがつらい。思い出すのも嫌だから、自分を守りたいから、考える時間を減らす。
だから、「自分にも落ち度があった」という思い込みから抜け出せない。囚われてしまう。
それは、自然な反応で、一種の自己防衛でもあります。



⑧事務所を庇うあなたたちへ

今回のジャニーズ事務所の件では、被害者の方々は、私がここまで記したような心情を抱えて生きることに加え、
・信頼していた相手からの裏切り行為
・日常的に加害者の名前を目にしなければならない
・相手は世間的に評価されている人物
・民事裁判であのような判決が出ても、加害者は大手を振って陽の当たる場所で生きている
・同性からの性加害であり、そもそも男性の性被害自体が、世間での認知度は低い
このような環境で、生きていかなければならなかったわけです。

つらくないですか。私はつらい。考えただけでつらい。よく生き抜いたな、頑張ったんだなって、本当に思います。

今回の性加害問題で、ファンの方々の、様々な意見を目にしました。

・性加害の存在自体を疑っている方
・こんなに時が経過しているから証言が疑わしいと主張してる方
・信頼関係があり、実質は同意があったと主張している方
・対価があったんだから被害者ではないと主張している方
・ジャニーズのネームバリューを利用してきたのに今更、という方
・どこまでが被害者と認められるか、線引のラインを模索している方
・刑事事件にしなかったのは不自然だという方

あなた達は全員、加害者です。二次加害をしている自覚のない加害者。私に、「なんで逃げなかったの」って言った警察官と一緒。私の被害経験を知りながら、私に、「子どもの証言なんか当てにならない」って言った人と同じ。
違うと思うでしょうか。私の経験や、一般的な性犯罪被害者が遭遇するケースと、ジャニーズの被害者は違う、と。

その考え自体が差別であり、二次加害です。被害にあったなら、被害にあってるんですよ。対価やその後の行動は、その事実に影響しません。その後、ジャニーズ事務所にいた経歴で仕事をしていて、どうしてそれが、被害事実に影響するのでしょうか。しません。

そして、加害の事実が存在したことは、事務所が認めているんです。であれば、先に列挙した様々な意見は、ただ被害者を疑い、責め、貶めるものでしかありません。

そして私は、被害を訴える彼らに投げられるこれらの意見を見て、被害経験者として泣きました。

何十年経っても、これだけ鮮明に記せるほどこびりついた記憶も、時の経過により薄れると思われている。そもそも子どもだったから信憑性がないとか。性犯罪に対しての軽い扱い。逃げなかったから同意があったと扱われるのか。逃げられなかったのに。怖いと動けないのに。恐怖で腹が震えて声が出ないあの感覚を知らないか。対価があれば被害はないと言われるのか。一方的な押し付けでも。じゃあチョコレートあげるという甘言につられた子どもは、そのチョコレートを食べた瞬間から被害者ではないのか?被害にあったら恩恵は許されないのか。被害者はただ黙って離れて距離を取り、大人しく生きろというのか。せめてそこから得られる私利を追求することも許されないのか。口にするのもつらい体験を、恥を、周りに知られるリスクを負って警察に言わなければ、無かったことにされるのか。


被害経験がないということ、こちらの心情を知らないということ、それでこんなに、こんなにも無理解な事が起きるのか?
知らないという事が、こんなにも加害性をうむのか?
そう思ったことがきっかけで、このnoteを書いてみることにしました。


こうやって書いても、たぶん、伝わらない方には伝わらないんだろうな、と、頭ではわかっています。
被害経験がなくても、寄り添ってくれる人はいるし、理解/無理解に性別が関係ないことも知っています。
ジャニーズ事務所を長く応援してきた方の中にも、一回目の会見直後から事務所名の変更必要性をうったえたり、事業継続に疑問を呈する方がいらっしゃるのも、知っています。

おそらく、二次加害に及んでいる方の多くが、二次加害をしている自分に無自覚なんだと思います。これは特別だから、これは責められる方が悪いから、だから二次加害には当たらない、と。

これだけ長く、たくさんのファンをかかえている事務所です。独自の演出やエンタメがあり、その特徴を含めて応援してきた方には、アイデンティティが揺らぐほどのことだと思います。私の友人や職場の仲間にもファンクラブ会員はいるし、長年その姿を見てきました。熱量を知らないわけではありません。
私にも応援し続けている俳優さんがいますし、好きなものが一気に悪として叩かれたら、つらいだろうな、と思います。

でも、当然に、被害者だって、つらかったんです。つらいです、今でも。ゼロじゃない。時が薄めてくれたり、自分で埋めたり、つらさを意識しないように生きてるだけで。

ジャニーズ事務所に所属していたタレントさん全てに罪があるなんて、毛頭思っていません。皆さん、移籍して頑張って欲しいって思ってます。本当に。

ただ、加害者の名前を冠する事務所は存在してはいけないし、それを一度は貫こうとした事務所を、信頼するのは難しい。
加害者側の100%株主が、泣いているのも理解できない。なぜあなたが泣くの。
「いま成功している皆さんが被害を受け入れたからだとは思わないでほしい」って、泣くほどのことなんだ。
被害を受け入れたって勘違いされることが、可哀想で不名誉だと思ってないと、出ない発言じゃないかな。
男児たちを囲って、性加害から守らなかった事務所なのに、まだ男児たちを集めて事業を続けようとしているのは、理解できない。
それを言われて、笑って「マジっすか?」と言われると、ああ何も通じてないんだなって絶望する。
そういう行為があったことを責められる場で、「子どもが見ている」を言い訳にした、これは一番許せない。

事務所のこういった対応や反応を見る度に、小児性犯罪被害者は傷付いています。
それは何故か、伝わるでしょうか。
事件が軽く扱われているからです。自分のつらい過去を、被害経験を、軽んじられている、そう感じるからです。

自分と同じような苦しさを訴える人が数百人いて、ジャニーズ事務所はその人たちへの償いをする、と言っている。数百人ですよ。

でも加害者の名前はそのままです。
一度は「全く知らなかった」と嘘をついた株主はそのまま。
やっぱり名前は変えます。
記者会見のルールは事務所が決めますね。
追質問は駄目です。
少年たちの夢はサポートし続けます。
知ってて見ぬふりした社員は居ないものとして、そのまま新会社で働かせます。
前社長は確実に一度は「知らない」と嘘をついていたけど、そういう前提でいきます。
えっ?駄目なんですか?なんで?
加害者一人がいなければ問題ないでしょう?
子どもも見ているんだからルールを守って下さい。

これらは全部、被害者を軽んじています。
私のような、そういう経験をした人が何百人相手だろうと、「この程度で良い」って扱いをしている。それで良いと思っている。

一点理解して欲しいのは、私は、少なくとも私はですが、悲しい。ジャニーズ事務所の対応、事務所をかばう人たちの言説に触れて一番大きな感情は、「悲しい」です。
怒りもゼロじゃないです。井ノ原さんが、「子どもも見ている」を言い訳にしたあの瞬間だけは、明確に怒りが沸きました。
ただ同時に、絶望したし、瞬間涙が出た。子どもへの性加害、何十年にもわたり、何百人の被害者がいる、それを見逃してきた事務所が記者会見しているんです。
「事務所側の人間が子どもの存在を盾にする、それをすることは許されない」、それさえ解らないんだ、と。

事務所を応援していて、いまの報道に傷付いているというファンの方、たくさんいらっしゃいますね。
被害者も傷付いていますよ。報道のたびに。
家でテレビのニュースを避けても、例えば携帯に飛び込んでくるニュース速報、職場の昼休み、病院の待合室、SNS、友人知人。
避けきれません。そして、黙って、自分の中に、濁りを沈殿させるしかありません。

だって、自分は小児性犯罪被害者だって、知られたくないから。払拭しきれてない、私の中に残ってしまった「恥」の感覚。人生で受けてきた、たくさんの二次加害。先に記した以外のことも、当然にありました。でもそれを詳細に記して、万が一にも特定されたくないんです。こわい。
後ろ指をさされるかもしれない恐怖。一度知られてしまったら、もし無理解な人にまでひろまってしまったら、という恐れ。
だからSNSでも、被害者の声は、ほとんど出てこないんです。知られたくない。だから発信できない。
私も、こんな長文書いておきながら、私がどこの誰か知られるのが怖くて、被害の詳細は書けません。

それでも、私が被害にあった過去は存在して、そしてそういう過去を抱えて生きている人が、何万人、いえ、それ以上にいます。隠れた被害が多すぎる犯罪類型だから、全体数が幾らかなんて、まるで想像もつかないけど。
集まってないだけで、目に見えづらいだけで、本当にたくさんいるんです。そしてその多くは、事務所の対応に傷付き、事務所を庇い被害者を貶めるファンの行動に傷付いています。

せめて知っていて欲しい。あなたたちの行動が、どういうものなのか。誰をどんな気持ちにさせているのか。
事務所を庇う呟きのリポストが、被害者を疑う呟きへのイイネが、誰をどんな気持ちにさせるのか。
あなたの友人に、職場の同僚に、フォロワーに、小児性犯罪被害者やその家族は絶対にいないなんて言えないこと、ご存知ですか。
ちゃんと知っていて欲しい。「知らなかったから仕方ない」、これだけは、やめてほしい。そう思うことくらい、許してほしい。
いち小児性犯罪被害者から、あなたたちへ。唯一のお願いです。


⑨最後に

おそらく、ここまで読んでくださった方の多くが、ジャニーズファンではない方や、事務所解体は已む無しと思っているファンの方だと思います。
精神力を削る乱文にお付き合いいただき、ありがとうございました。

ここまで読んでくださった、私と意見を異にする、ジャニーズファンの方、
怒ったり悔しかったり、そういう感情もわいて、大変だったと思います。それを抱えながらお付き合いいただき、ありがとうございました。


人間は内心において絶対的に自由です。ですが、外部にそれを吐露するとなると、そこには様々な制約や効果がうまれます。
本人にとって意図してなくても、人を傷付けたり、貶めたり、そういう効果が発生してしまうことがあります。
その齟齬は、無知や、認識/認知の相違、価値観の違い、様々な原因からうまれると、私は思っています。

私が書いた乱文が、誰の目にとまるかわかりません。誰にも読まれないかも(笑)
でも、たった一人でも、今書いた「無知からの齟齬」が無くなれば、そのきっかけになれば、私は、涙が出るほど嬉しいです。

ここまで付き合ってくれた人全員が、今日という日を、穏やかに過ごせますように。

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