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夢の外でどうですか

チーズの芳香が充満したリビングで僕は横になって本を読んでいた。飢餓の世界を飛び回るチーズ蒸しパンマンの話。
「できたよー」
ミトンを手に嵌め赤い耐熱食器を持った長身の西洋人がキッチンから出てきた。食器の中では沸々とチーズが泡を吐いている。
ダニエルが日本にやってきたのはテレビチャンピオンがきっかけだった。気怠い日曜日の午後、何ともなくノートパソコンでネット上に転がっている動画をザッピングしていた時にたまたまテレビチャンピオンの動画にあたった。異国の言語で何を言ってるのかは分からなかったが、数人の人間が横並びに座っているところにホットドッグの山が運び込まれてきたのでフードファイトが始まることは分かった。分からなかったのはその中にギャルが居たことだった。興味を惹かれ視聴を続けると、結果ギャルは誰よりもよく食べ優勝した。
「なんだこのギャルは!どうなってる!」
「衝撃だったわけだね」
一万回はくだらないこの話に適当に相槌をうちながらグラタンを食う。この話には飽きたけど、このグラタンは飽きることなくうまい。
ギャル曽根がいくらでも食べられるのは夢の中だからだと思う。夢の中でいくら食べても夢を見ている方のギャル曽根の腹が膨れることは無い。そしてギャル曽根が食べ続けるのは、夢を見ている方のギャル曽根が腹を空かせているからだと思う。夢を見ている方のギャル曽根がギャルである保証は無い。
冗談にそんなことを言ってみると、ダニエルは目頭を熱くして言った。
「だったら、本体に、おいしいグラタンを食わせてやりたい」
その日から毎日グラタンを作っている。
年に13億トンもの食品が廃棄されており、日本であっても年に600万トンに及ぶらしい。フードロスの原因は当たり前に、作った分を食べずに捨てることから起こる。ならば全部食べてしまえばいいのだ。そう言ったフードロス対策部門の偉い人はこの現実にフードロス対策エージェントを送り込んだ。腹を空かせて夢を見るようなやり方で。その内の一人がギャル曽根なのは当時日本に住んでいた人なら皆知っている。
フードファイター全般がフードロス対策エージェントなんじゃないかと思った取材班がジャイアント白田に尋ねると「ははっ、そんな、訳なーいじゃないすかー!はっはっ!」と答えていた。だから正直者のジャイアント白田はエージェントではないんだと思う。
だからまあダニエルの野望というのはフードロス対策エージェント潰しとも取れる。フードロス対策エージェント対策エージェントダニエルってことになる。
でもそれはダニエルには言わないでおく。一人の届かぬ女性を想い、毎日グラタンを作る男にそんなことを言うのはあんまりだから。でもこのままっていうのも非道い。いっそ僕がギャル曽根の本体であったりしたらいいのだが。
「美味しかったよ」

どこかの世界のカフェテラスで、とある二人の男女が昼食を取っている。女はサンドイッチを一つ残した。
「貰ってもいいかな?」
男は微笑みかけてサンドイッチを手に取り齧る。女は小食で、きっとダニエルの作ったグラタンを平らげることはできない。

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