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転生輪廻の思想10

諸人よ、これより後、
この真実の法を体して日々努力してゆくがよい。
仏の教えは、噛めば噛むほどに味が出、
聴けば聴くほどに味が出、
実践すれば実践するほどに、
その悟りの芳香が、あたり一面に漂うものとなる。
おまえたちは、ほんとうに悟りの味というものを知らねばならない。
ただ単に活字を読んでも、
ただ単にテープを聴いても
それが真実、魂の糧にならないならば、
ちょうど銀の匙がスープをすくっても、
スープの味を知らないのと同じだ。
おまえたちは、悟りの味を味わえる人間とならねばならない。
悟りの香りをかぐことができる人間とならなければならない。
悟りの音色を聴きわけることができる人間とならなければならない。
そうであってこそ、はじめて、
おまえたちは真実の修行者と言うことができるのだ。
悟りへの道は、目の前に開けていると言ってよい。


教えを 経典で読んだだけで、自分のものとして実践してゆくことができなければ

銀の匙がスープをすくっても、
スープの味を知らないのと同じだ。

ということなのです。

悟りというのは、宗教的には奥が深く
どこまでも どこまでも
高みを目指す
ものであろうと思います。

そこまでの悟りを求めていない人にとって、

宗教に無縁であって、宗教の組織票に属する飲もう厭う現代人にとって、

悟りは必要ないものなのでしょうか。

けれども、自分の人生を幸福にするという
悟りは
自分で手にすることは できるはず。

毎日の時間で反省や瞑想の時間を取ることは、
仕事や子育てで忙しい人はなかなか難しい思いますが、
毎日 ちょっとした瞬間に自分の思いや行いが 神さまの目から見たらどう見えるだろうかと 考えるだけでも 

暴走しそうな自分の感情にブレーキをかけることができるかもしれません。

自分のなかにも 他人のなかにも 素晴らしいものを見いだして、

小さな光を灯していくことだけは
できるかもしれません。




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