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自分の発信に自信を持てない方への処方箋

「こんなこと書いて、誰のためになるんだろう?」
「こんな投稿しても、別に意味ないよな…」
「わたしの発信って、誰の何のためになるんだろう?」


こんな気持ちになったこと
ない?


わたしは、あります。

今年の春頃だったかな、
何様でもないわたしがブログだインスタだfacebookだで
わざわざ記事を書いたり投稿したりするって一体何なんだろう?

誰がわたしの気づきや想いなど
聞きたいんだろう?

そんなもの、
有名人でも何かの分野の権威でもないわたしが
声高にお伝えして
何の価値があるというのだろう?


心の底からこんな気持ちになり、
全て
やめたくなったことがありました。


確かそのときに
それまでやっていたアメブロも嫌になり
このnoteに移った気がするので、
もしかしたら記録があるかもしれない…

あった笑笑


ここに書いてあることとも重なる話を
先日久しぶりにスタエフでお話ししたら、


結構たくさんの反響をいただいて。

同じような気持ちになっている人が
結構いたんだなぁ…と
改めて。

同じものに触れても
どこに何をどう感じるか、は
本当に人それぞれ。


それは、
発信者(スピーカー/ライター)と受信者(リスナー/読み手)の間でも言えることで、


地味にドヤ顔して
ここ、いいこと言ってるでしょー😏
と思って書いたり話したりしているところに

めっちゃスルーで
その代わり
何の気なく書いたり話したりしたところに
めちゃくちゃ感銘を受けている

そんな人が、
いるかもしれないし


その逆もまた、然りで


ここ、めちゃポイントー💫
と思って発振(こっちの方ね)したところに
見事に共振してくれる人も、いるかもしれない。


つまりは、
放った後のことはもう
あなたの/わたしの
責任の範疇にはない、
ということなのね。


「『責任』の範疇にない」という表現がしっくりこなければ、
「知ったことか」みたいな感じになるのかな?笑


放った矢はもう
勝手に進むのであって
いつまでも
射手の手中には、ない。


つまりもう、
放った人がどうこう思う領域には
ない、ということ。


執着だ、ということかも
しれないよね。


こんなことを話したわたしのスタエフを聴いて
「自分もやってみよう!」と思い、
スタートした方がいらしたようで😍


当然、こんな流れ
想定外。


こんなことも、あるんだよね!


だから、
あなたが勝手に
その可能性を消したら
アカンよ!

ここまで読んで
発信に対しての意識が変わってくれたら嬉しいですし、
もう一押し欲しい、という方は

スタエフ、聞いてみてください🌺


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